特集㉜ 宗教弾圧の構図——政治家と宗教者、メディアの共謀

ライター
青山樹人

日顕を脅した山崎正友

 創価学会を恐喝して服役していた元弁護士の山崎正友。山崎は1993年に刑務所を仮出所した直後から、罪を反省するどころか、創価学会への憎悪の念をいよいよ強くしていた。
 出所した山崎は、政局の動きを睨みながら、日顕に数通の手紙を送った。
 この中で山崎は、1980年当時、自分が「ニセ法主」と週刊誌に書いた日顕に〝信伏随従する〟(信じ帰伏し、身も心も従うこと)ことを表明し、かつて「宗門きっての遊蕩児」「ゼニゲバ」と酷評したそのペンで、〝人格高潔な方〟と歯の浮くような世辞を連ねた。
 そして、人脈を築いてきた〝学会嫌い〟の大手出版社の名を挙げ、今後、マスコミと政治家と連動した創価学会攻撃を仕掛けてみせるので、自分を〝軍師〟として採用するよう日顕に迫ったのである。
 もちろん、山崎が本心から日顕に〝信伏随従〟するわけがない。手紙には、79年当時に日顕の相承疑惑を週刊誌に書いたことに触れ、「書いた内容は、調査で判明した事実の四割にすぎません」と、脅しを利かせることを忘れなかった。法主詐称について、まだ6割のネタを握っているのだぞと日顕の喉もとに刃物を突きつけたわけだ。

自社さ政権と「四月会」

 山崎が出所した1993年夏、自民党が割れて38年間の単独一党支配に終わりを告げ、細川連立政権が誕生した。公明党は連立の一翼を担い、閣僚を出した。
 ここから日本政治は〝連立〟の時代に入るのだが、慌てふためいた当時の自民党の一部議員は、公明党と支援団体の創価学会に攻撃の焦点を定める。彼らは「民主政治研究会」なるものを結成。計6回開いた勉強会の4回に、山崎正友を講師として迎えている。
 彼らはさらに「憲法20条を考える会」(代表・亀井静香議員)を結成。創価学会と公明党を攻撃する国会議員の集団が誕生したのである。
 94年4月、細川首相が辞任を表明。連立政権にいた社会党(当時)と新党さきがけ(当時)は閣外に飛び出し、秘かに自民党との協議を重ねた。
 6月30日、自民党は社会党党首の村山富市を首相に担ぐという奇策で「自社さ政権」を発足させる。そして、この水面下での協議とタイミングを合わせて、先の「憲法20条を考える会」の議員らの主導で「四月会」なる団体が設立された。
 評論家の俵孝太郎が代表幹事となり、表向きは「信教と精神性の尊厳と自由を確立する各界懇話会」などと称していたが、実態は自社さの政治家と、そこにすり寄って創価学会を弾圧させようと謀る宗教団体の野合だった。
 設立総会には自社さ3党の党首が勢ぞろいし、亀井静香議員の口から「創価学会の粉砕」が叫ばれた。与党となる政治家たちの肝煎りで、一宗教団体の粉砕をめざす異常な組織が設立されたのである。
 自民党の分裂と、連立政権から新進党の誕生へと動いていく政界再編は、旧来、保守政党を支えていた宗教票を二分してしまう状況を生んでいた。この時期に政治家主導で四月会が発足した目的の一つは、この離れた宗教票を自社さ側に奪還し、束ね直すことだった。
 日本の宗教界といっても当然ながら各教団の思惑や政治色はバラバラで、しかも教団同士で反目し合うものも少なくなかった。だが、創価学会の支援する公明党が発展し、全国で3000人の議員を議会に送り出していることについては、どの教団も嫉妬や脅威の感情を抱いていたといえる。
「反創価学会」というキーワードは、公明党の政権入りに嫉妬の炎を燃え上がらせていた宗教界を呉越同舟に束ね直す上で、ことのほか有効だった。
 四月会はみずからが与党政治家と宗教団体の集まりでありながら、公明党と創価学会の関係を憲法違反の「政教一致」だと騒ぎ立てた。

オウムに便乗した宗教法人法〝改悪〟

 1995年3月に、オウム真理教が地下鉄サリン事件などを起こすと、四月会はそれまでの「政教一致」を引っ込め、「創価学会は犯罪集団」というキャンペーンを開始した。国民のオウムへの怒りと不安を、創価学会へのネガティヴ・キャンペーンに利用しようとしたのである。
 そして、四月会勢力の政治家たちのあいだでは、彼らが早くから主張していた宗教法人法改正への工作がはじまっていた。
 95年7月の参議院選挙で、新進党(当時)が自民党を抜いて比例で第一党となった。すると、宗教法人法に不備があるかどうかを議論していただけのはずだった「第22期宗教法人審議会」が、なぜか急速に〝法改正〟へと暴走を開始する。
 この法改正の意図について、首相の村山富市は、当初は「オウム真理教対策だ」と弁明しながら、法改正をしてもオウム事件の再発に何の効果もないことが明らかになってくると、「オウムとは関係ない」と本音を漏らした。
 1951年に制定された宗教法人法は、憲法20条の「信教の自由」をより実効的なものにするため、宗教団体に法律上の人格=法人格を与え、国家権力の干渉を極力排除しようとする法律である。
 法改正論議は、オウム事件の再発防止を口実に、宗教団体の活動内容を監督官庁が掌握するべしという方向で進められた。これは、「信教の自由を担保する」ために作られた宗教法人法を、「国家が宗教に介入し監督する」法律に180度変えてしまおうとする、とんでもない暴挙であった。
 宗教法人法が一気に改正へと滑り出していた95年9月、東京都の東村山駅前で朝木明代という東村山市議がビルから転落して死んだ。
 同議員は、その2カ月前に市内の洋品店で万引きをし、店主に現行犯で捕まえられて窃盗容疑で書類送検されていた。
 検察への出頭が数日後に予定されていたこと、他殺を疑わせる状況証拠が皆無であること、なにより第1発見者に対してまだ息のあった朝木本人が救急車を断っていることなどから、警視庁は自殺の疑いが濃厚と判断したのである。
 1997年4月には東京地検も「自殺の疑いが強い」という最終結論を出し、「事件性なし」として捜査を完全に打ち切っている。

最高裁に断罪されたデマ報道

 だが、この朝木明代は「反創価学会」の市議として知られていた。同僚議員の矢野某らとともに、創価学会を中傷するミニコミ紙も発行していた。
 この朝木が死亡したことで、『週刊新潮』『週刊現代』などが、あたかも学会の関与があったかのようなデマ記事を出したのである。
 とりわけ『週刊現代』(1995年9月23日号)は悪質で、「夫と娘が激白!『明代は創価学会に殺された』」などと題する記事を掲載。何の根拠もなく、学会が朝木を殺害したに違いないなどと主張する夫や娘の発言を載せるデマ報道をした。
 この時期、オウム真理教による数々の殺人が明らかになっていたことに便乗し、学会が同じような犯罪集団であるかのように印象づけようとしたことは明々白々であった。宗教法人法の改正を進めていた自社さ政権や、学会へのネガティヴ・キャンペーンを開始していた四月会勢力と歩調を合わせたデマ報道である。
 創価学会は即座に、『週刊新潮』編集人と発行元の新潮社、『週刊現代』編集長と発行元の講談社、『週刊現代』に悪質な発言を寄せた朝木の夫と娘を名誉毀損で訴えた。
 1999年7月、東京地裁は記事をデマと認め、講談社と『週刊現代』編集長(当時)に謝罪広告の掲載と200万円の損害賠償を命じた。
 さらに2001年5月15日、東京高裁での控訴審判決でも創価学会側の主張が全面的に認められて、講談社と元編集長、朝木の夫と娘の共同不法行為を認定して、謝罪広告の掲載と200万円の損害賠償を命じたのである。
 講談社と朝木らは(元編集長は上告を断念)最高裁に上告したが、2002年10月、最高裁はこれらを棄却。2003年3月、『週刊現代』誌上に講談社代表取締役と元編集長が連名で、創価学会への謝罪広告を掲載した。
 この裁判の過程でも、『週刊現代』は「遺族の言葉を〝公正中立〟に報じただけで問題はない」などと強弁していたが、提訴から1年以上も経った第7回口頭弁論で、朝木親子は突如として「単独取材を受けた事実はなく、記事は『週刊現代』の捏造である」と言いはじめた。
 悪質なデマを口にして裁判で窮地に立たされた朝木親子は、わが身を守るため途中で『週刊現代』を裏切ったのである。だが、朝木親子が取材に答えてデマを述べていたことは物証もあり、裁判所は朝木親子の責任を認定した。
 また『週刊新潮』と発行元の新潮社を訴えていた裁判では、2001年5月18日、東京地裁が創価学会側の主張を全面的に認め、新潮社側に損害賠償金200万円の支払いを命じる判決を下した。新潮社側は控訴せず、創価学会に賠償金を支払っている。

※この記事は『最新版 世界広布新時代への飛翔』(青山樹人著/鳳書院)をベースに加筆修正したものです。

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あおやましげと●著書に『宗教はだれのものか』(2002年/鳳書院)、『新装改訂版 宗教はだれのものか』(2006年/鳳書店)、『最新版 宗教はだれのものか 世界広布新時代への飛翔』(2015年/鳳書店)など。WEB第三文明にコラム執筆多数。