コラム」カテゴリーアーカイブ

アジアに広がる創価の哲学(上)――発展著しいインド創価学会

ライター
青山樹人

「仏法西還」の誓願

 池田大作SGI(創価学会インタナショナル)会長が世界への平和旅の第一歩をしるしたのは、創価学会第3代会長に就任した1960年の、10月2日。今年で60年目となる。
 アーノルド・J・トインビーが英訳版『人間革命』に序文を寄せ、「創価学会はすでに世界的出来事である」と書いたのは1972年のことだ。
 この大歴史学者が言明したとおり、SGIは今や192ヵ国・地域に広がる世界最大の在家仏教運動の連帯として地球を包んでいる。
 なかでも近年、発展著しいのがインド創価学会(BSG=バラット創価学会)だ。バラットとはヒンディー語でインドを意味する。
 インドは仏教発祥の地でありながら、12世紀ごろにはヒンズー教や西方から侵入したイスラムにほぼ全土を覆われていた。 続きを読む

野党再結集の欺瞞と驕り――あの「民主党」の復活

ライター
松田 明

「元のさやに収まるだけだ」

 あっけなく消えたあの「民主党=民進党」が、懲りもせずにまた蘇りつつある。
 9月19日、立憲民主党の枝野代表と国民民主党の玉木代表、社会保障を立て直す国民会議の野田代表が国会内で会談し、衆参両院で「共同会派」を結成することで合意した。
 同じ日には、民主党政権で財務相だった安住淳氏も立憲民主党に入党し、同党ならびに共同会派の国対委員長に就任。
 さらに9月24日には、民主党政権で国交相だった馬淵澄夫氏も共同会派入りを表明。小沢一郎氏への反発から国民民主党を離党していた階猛氏も、同日、共同会派入りを表明した。
 いやはや、続々と集まってきている面子は、あの雲散霧消した旧「民進党」そのものである。 続きを読む

沖縄伝統空手のいま~世界に飛翔したカラテの源流
第40回 沖縄古伝武術空手 剛毅會空手道 岩﨑達也宗師インタビュー

ジャーナリスト
柳原滋雄

 戦後の日本本土で隆盛を極めたフルコンタクト空手の元祖・極真空手。実際にその歴史をたどれば、沖縄発祥の空手から枝分かれした一部にほかならない。その極真空手に人生の若いころに命を賭け、その後、源流である沖縄空手に価値を見出した空手家を何人か取り上げてきた(「極真から沖縄空手に魅せられた人びと」《第26回第27回第28回》参照)。この連載の最後にインタビューを行った剛毅會(ごうきかい)空手道の岩﨑達也宗師(いわさき・たつや 1969-)もその一人だ。取材の最初にクギを刺されたのは、「武術性があるかどうかが問題であって、自分にとってそれが沖縄空手でなければならないということではない。たまたま師事した(沖縄空手の)先生がものすごい武術性を持っていた」という言葉だった。沖縄空手の本質とは何なのか、インタビューを試みた。 続きを読む

沖縄伝統空手のいま~世界に飛翔したカラテの源流
第39回 沖縄固有の武術「ティー」は存在したのか(下)

ジャーナリスト
柳原滋雄

弱者の武術として始まった沖縄空手

 最も初期に一般的に記録に残された空手に関する資料は、当時まだ沖縄の小学校教員であった船越義珍(ふなこし・ぎちん 1868-1957)が1913(大正2)年に『琉球新報』紙上に発表した「唐手は武藝の骨髄なり」(1月9日付)と題する文章とされる。
 そこで船越は、15世紀初めに琉球王朝が統一され、中央集権化が図られ武器をことごとく取り上げられたこと、さらに薩摩の琉球侵攻によって「ひどい目に逢わされた」結果、「無手勝流唐手の必要を痛切に感じ」、「護身用として唐手の練習をやらねばならぬ立場になったのであろう」と推測した。
 ご存じのとおり、船越の師匠は、安里安恒(あさと・あんこう 1828-1914)と糸洲安恒(いとす・あんこう 1831-1915)の2人だが、その2人の口伝を取り入れた見解であったことは容易にうかがえる。 続きを読む

民主党政権とは何だったのか――今また蘇る〝亡霊〟

ライター
松田 明

戦後8番目の短命内閣

 10年前の2009年8月30日。
 日曜日の朝、全国紙の一面広告を使って、次のようなメッセージが掲載された。

 あなたは言う。どうせ変わらないよと言う。政治には裏切られてきたと言う。しかし、あなたはこうも言う。こんな暮らしはうんざりだと。私は言う。あなた以外の誰が、この状況を変えられるのか。あなたの未来は、あなたが決める。そう気づいた時、つぶやきと舌打ちは、声と行動に変わる。そして、あなたは知る。あなたの力で、世の中を変えた時の達成感を。

 この、いささか抒情的なメッセージの横には、紙面いっぱいに鳩山由紀夫氏の写真。そして、大きな白抜きの文字で「本日、政権交代。」というコピーが躍る。
 そう、この日は第45回衆議院議員選挙の投票日だったのである。
 そして鳩山氏が率いる民主党が史上最多の308議席を獲得して政権交代が決定した。
 鳩山氏が国会で首班指名を受け、民主党政権が発足したのが9月16日。発足直後の内閣支持率は72.0%(共同通信社調べ)にもなった。
 だが、政権交代への大きな起爆剤になった普天間飛行場の「最低でも県外」も、単なる思いつき同然の言葉だったことが次第に明らかとなる。 続きを読む