ひとりの地下鉄運転士の内面を徹底して描き切る
藤原智美著/第107回芥川賞受賞作(1992年上半期)
無機質な運転士の変貌
第107回芥川賞を受賞したのは、当時36歳の藤原智美の『運転士』だった。『群像』(1992年5月号)に掲載された127枚の作品だ。
主人公には名前はなく、「運転士」と表記されるだけだ。この無機的な表現方法は、主人公の内面とうまく共鳴し合う。主人公が地下鉄の運転士を仕事に選んだ理由は、時間と方法が確立されていて、いい加減なものが入り込む余地のない明確な仕事だからだ。彼にとって曖昧さは不自由さと同じ意味を持つ。あえて地上の電車ではなく地下鉄を選んだのは、天候によって運航が乱されることも昼夜の光量の差もなく、常に一定の条件で運転できるからだ。 続きを読む