迷惑千万でしかない真冬の選挙
1月19日夕刻、高市早苗首相は官邸で記者会見を開き、1月23日に衆議院を解散することを発表した。1月27日公示、2月8日が投開票。解散から16日後の選挙は「戦後最短」である。
通常国会の冒頭で解散するのは、通常国会が1月開会となった1992年以来で初めて。それ以前にさかのぼっても1966年12月に冒頭解散した佐藤栄作内閣以来60年ぶりとなる。
なぜ歴代政権は1月解散を避けてきたのか。理由はさまざまある。
なによりも、国会としては新年度の予算編成がある。これが成立しないと国民への施策も実施できないし、全国の各自治体も対応した予算編成や事業計画が年度内に立てられない。本来、年度内の予算成立は内閣の最大の責務なのだ。
そして、1月末から2月上旬は日本列島、とりわけ北日本や日本海側で雪がもっとも多くなる時期だ。掲示板さえ埋もれるほど雪が積もる地域も多い。選挙活動にも有権者の投票にも非常に困難が多い。
さらに年度末は各自治体がもっとも多忙を極める時期である。
自治体にも新年度の予算編成への議会(第1回定例会)があり、職員にも膨大な作業がある。しかも今年は「おこめ券」など物価高対策の作業、年度末までに国民年金や生活保護などの国のシステムの仕様統一への作業などがあって例年以上に忙しい。
国政選挙となれば、掲示板の発注と設置、投票所と要員の確保、投票用紙の印刷・発送、開票作業など、膨大な作業を担うのは各自治体の職員なのだ。今回の解散でさまざまな業務が集中し、すでに日付が変わるまで職員が残業を強いられている自治体も出てきている。
選挙権が18歳からになったが、その18歳の大半はまさに受験シーズンの真っ只中である。
首相が国会論戦を回避したかった事情
高市首相は会見の冒頭で、解散に踏み切った理由を次のように述べた。
国民の皆様、私は、本日、内閣総理大臣として、1月23日に、衆議院を解散する決断をいたしました。
なぜ、今なのか。
高市早苗が、内閣総理大臣で良いのかどうか、今、主権者たる国民の皆様に決めていただく、それしかない。そのように考えたからでございます。(「首相官邸ホームページ」)
なぜ今なのか。それは自分が「今しかない」と思ったからだ――。1月20日にTBSの「ひるおび」に出演した政治評論家の田崎史郎氏も、さすがに「禅問答のような話」と苦言を呈した。
首相は、政権の枠組みが変わったことへの信任、高市内閣のまったく新しい経済再生政策への信任、高市内閣による予算編成の方針の見直しへの信任、安全保障政策の抜本強化への信任、などを選挙の「大義」として挙げた。
それならむしろ国会を開き、国民に見える形で国会審議で論戦し、新年度予算も編成し、そのうえで与党の考え方でよいのかどうか有権者の〝信を問う〟のが筋ではないのか。
小泉首相の郵政解散のときと同じようにワインレッドのカーテンを背景にした会見では、高市首相の〝熱量〟だけは伝わったが、肝心の中身はきわめて説得力に欠けるものだった。
勝敗ラインを問われて「与党で過半数」とし、「私自身も、内閣総理大臣としての進退をかけます」と述べた。
しかし、現状でも与党は既に過半数を確保している。つまり勝敗ラインは〝現状維持〟ということになり、なぜその現状維持のために予算の年度内成立を犠牲に、首相のクビを賭けて真冬の選挙をするのか、ますます意味が分からない。
物価高騰もあり、衆院選にかかる費用はおよそ780億円に達する。すべて国民の税金だ。
高市氏と吉村大阪府知事の個人的な関係だけは良好だが、自民党内には日本維新の会へのストレスや忌避感が高まっている。
昨年末、高市政権は連立の枠組みに国民民主党も加えたいと交渉していたものの、結局、国民民主党は乗らなかった。
年が明けて急に解散に舵を切ったのは、このことが大きいというのが大勢の見方だ。
さらに昨年12月には高市首相が代表である「自民党奈良県第2選挙区支部」が2024年に上限を超す企業献金を受けていたことが報じられた。
高市首相は参院予算委員会で、「たまたま私が支部長だった。高市早苗に対する献金ではない」と弁明。
ところが1月8日には過去7回の衆院選で、高市氏が代表を務める自民党支部から計6474万円の寄付を受けており、選挙のための総収入の8割超を支部からの寄付が占めていたことを共同通信が報道(「首相の答弁、実態と乖離 支部から個人へ6千万円超」)した。首相の弁明と食い違う。
加えて12月30日には、旧統一教会の徳野英治元会長が2021年の衆院選後、「私たちが応援した国会議員は自民党だけで290人にのぼる」と韓鶴子総裁に報告していたと韓国メディアが報道した(『日本経済新聞』2025年12月30日)。
連立を組む日本維新の会でも、複数の議員が脱法的な手法で「国保逃れ」をしていたことも明るみに出たばかりである。
1月6日には、レアアースを販売する中国の国有企業が、日本向けの新規契約を結ばない方針だと報道された。
この状態が長引くと、早ければ6月くらいには日本国内でも事業継続が困難になる企業も続出するのではという見方もあり、経済界からはかなり深刻な懸念が表明されている。
高市政権になって株価は上がっても円安は進む一方で、食品を中心に物価が上昇し、国民生活はますます苦しくなっている。潤っているのはひと握りの富裕層だけである。
通常国会に入ると、こうした問題で野党から追及されることは必至だった。
国会を開かずに異例の解散に踏み切ったのは、こうした厄介な問題を封印するためだったのではないのか。
今回、中道改革連合は財源を明示して食料品の消費税ゼロを打ち出す。これが争点になることをつぶすため、首相はこれまで自民党が否定していた消費減税にも言及した。
しかし与党が財源を示さないまま消費減税を打ち出したことで、日本の財政規律が緩んでいるとの警戒感が世界に広がり、1月20日の債券市場では一気に〝日本国債売り〟が加速。
外国為替市場の円売りにも波及し、一時は1ドル=158円台半ばを付ける場面があった。日本への信頼は急速に失われ始めている。
各紙「社説」も厳しい批判
右派の論調の産経新聞を除いては、さすがに各紙も厳しい論調で今回の解散を批判している。
首相が交代したり連立政権の枠組みが変わったりした場合に国民の信任を得ようとするのは理解できる。問題はタイミングだ。国民生活に直結する2026年度予算案の国会審議は選挙後にずれ込み3月末までの成立は難しくなる。
予算を後回しにしてまでなぜ解散しなければいけないのか。首相の説明を聞いても胸にすとんと落ちない。解散の大義がみえない。(『日本経済新聞』1月20日「社説」)
国民生活より自らの権力基盤の強化を優先した「自分ファースト解散」というほかない。
(中略)
高市内閣は今のところ、高い支持率を維持しているが、通常国会が始まれば、政権の内外の諸施策のみならず、自民の政治資金や世界平和統一家庭連合(旧統一教会)との関係をめぐる問題が俎上(そじょう)にのぼるのは必至だ。
人気がしぼまぬうちに、野党の不意を突いて、与党の議席を増やしたい。それが本音ではないか。(『朝日新聞』1月20日「社説」)
自民は前回選から一転し、派閥裏金問題に関係した議員らを公認する調整に入った。「政治とカネ」の問題に幕引きを図ろうとしており、反省が全くうかがえない。
首相は解散について「今しかない」と強弁したが、政権維持にきゅうきゅうとした身勝手な判断だと言わざるを得ない。国民の政治不信を高めるばかりである。(『毎日新聞』1月20日「社説」)
自民が国政選挙で消費税の減税を掲げるのは初めてのことだ。連立を組む維新の主張に引きずられたようだが、安易すぎる。(『読売新聞』1月20日「社説」)
首相は政策実現には「安定した政権基盤」が必要と訴えたが、説得力に乏しい。現状でも予算案の年度内成立は可能だったからだ。衆院で過半数を占める与党に加え野党の国民民主党も予算案の早期成立への協力を約束していた。
首相が自民党の衆院選公約にする考えを示した食料品の消費税減税も、すでに多くの野党が唱えており、解散などしなくても、約2年9カ月残る現衆院議員の任期内に実現できる状況だ。
冒頭解散は結局、内閣支持率の高いうちなら与党が勝利できるとの党利党略でしかない。台湾有事を巡る首相答弁や裏金問題などの「政治とカネ」、旧統一教会と自民党との密接な関係に対する追及を避ける意図もうかがわれる。(『東京新聞』1月20日「社説」)
今回の解散に〝大義〟と呼べるものがないことを、じつは誰よりも知っていたのは高市首相であり官邸であろう。
だからこそ会見で首相は、「自民党と日本維新の会で過半数の議席を賜れましたら高市総理。そうでなければ、野田総理か、斉藤総理か、別の方か」と語った。
選挙の争点をあえて首相の顔の人気投票にすり替えるしかなかったのだと思う。
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