本の楽園」タグアーカイブ

連載エッセー「本の楽園」 第72回 ドキュメント レム・コールハース

作家
村上政彦

子供のころ建築家に憧れた。伯父が建設会社を営んでいた影響もあったかも知れない。何もないところに一から物を築き上げていく仕事が魅力的に思えた。ところが僕には色弱という視覚障害があって、ある種類の色の区別がつかない。
建築家は、電気の配線図などを見ることができなくてはならず、そのために色の区別は必要で、色弱には務まらない。同じように、手旗信号などの色を見分けることができなくてはならない船員にもなれない。実は、船員も憧れの職業だった。
建築家にも、船員にも、なれない。これは、けっこうショックだった。母に文句をいった憶えがある。すると、「おまえはテレビ・ドラマの見過ぎだ。産んでもらっただけありがたいと思え」と鼻で笑われた。なんとハードボイルドな母親か。 続きを読む

連載エッセー「本の楽園」 第71回 アール・ブリュットの作家たち②

作家
村上政彦

アール・ブリュットの代表的な作家のひとり、ヘンリー・ジョセフ・ダーガーは、1892年に米シカゴ市内に生まれた。父はドイツからの移民で仕立て屋を生業とした。ダーガーが3歳のとき、母が女児を出産し、それがもとで亡くなった。妹は里子に出された。
父は教育熱心で息子が就学するまでに読み書きを教えた。8歳のとき、父が体調を崩して老人施設に入所し、少年は孤児院に預けられた。南北戦争における死者数を教師と論争するほど利口な子だったが、感情障害の兆候が見られ、12歳で精神薄弱児施設に入った。 続きを読む

連載エッセー「本の楽園」 第70回 アール・ブリュットの芸術家たち①

作家
村上政彦

最近、アール・ブリュットという言葉を、よく耳にするようになった。知ってはいたけれど、詳しく調べたわけではない。このコラムで鶴見俊輔の『限界芸術論』を取り上げたあたりから気になり始めて、アール・ブリュットの作家たちの作品集『アウトサイダー・アート』を手に取ってみた。
冒頭にジャン・デビュッフェのマニフェストがある。けっこう長いので、傍らの注を引いておく。 続きを読む

連載エッセー「本の楽園」 第69回 今日の限界芸術

作家
村上政彦

かつて、このコラムで、鶴見俊輔の『限界芸術論』について書いた。『今日(こんにち)の限界芸術』は、鶴見の思想をリユースして、芸術の新しい地平を探ろうとする試みだ。念のために、鶴見の説いた限界芸術について触れておく(僕のコラムからの引用です)。

『限界芸術論』において、鶴見は、芸術を3種類に分ける。純粋芸術(Pure Art)、大衆芸術(Popular Art)、限界芸術(Marginal Art)だ。 続きを読む

連載エッセー「本の楽園」 第68回 エリザベスの友達

作家
村上政彦

郷里にいる母は、今年で81歳になる。僕の妹、つまり、娘が近くにいて面倒を見ているのだが、このあいだ母は、妹の顔を見るなり、「あんた、誰や」といったらしい。彼女が名前を告げると、不思議そうに眺め、「顔が違う」とつぶやいた。認知症の気があるのだ。
しかし病院へ行こうといっても、人を病人扱いするな、と聞かない。幸か不幸か、脚が悪いので、外へ出ることはないから、徘徊の心配はない。家にこもって、ひたすらTVを視る日々を過ごしている。 続きを読む