【2014新春座談会】日本・韓国・中国のこれからを語る

脳科学者・茂木健一郎
現代美術家・宮島達男
明治大学法学部助教・金惠京
日本学術振興会特別研究員・三浦瑠麗

 日中韓の東アジアの関係では批判的な声ばかりが目立つが、アジアの時代を迎える中で東アジアの安定はより一層重要性を高めていく。批判ではなく提案と行動で、2014年の東アジアのビジョンを描き出す。

日中韓関係の現状認識

茂木健一郎 今日は日中韓関係の現状と未来について皆さんと大いに語り合いたいと思います。
 まず宮島さんは「MEGA DEATH」という作品で20世紀が殺戮の世紀であったことを振り返る作品を作られるなど、抽象的な深みにおいての「ラブ・アンド・ピース」を訴えてきたアーティストだと思いますが、芸術文化の立場から日中、日韓の現状についてどのように捉えていますか。

宮島達男 2012年の暮れに、ある象徴的な出来事がありました。それは韓国にアジア全域15ヵ国の芸術大学17校1機関が集まり、芸術大学の連合体をつくろうという動きです。
 そのころは、ちょうど竹島や尖閣の問題で東アジアに緊張感が高まっている時期でしたので、私自身ソウルに入る時はとても心配でした。しかし実際に現地に行くと、ものすごく大歓迎されたんです。
 韓国や中国の人に、今の政治状況の中でなぜ笑顔でいられるのかと聞いたところ、彼らは「その問題は政治の問題で、私たちには関係ありません。芸術文化は民衆の問題ですから」と大多数の方がそのように答えていました。
 政治的な問題は、エキセントリックな情報ばかりが取り上げられ、あたかも韓国や中国の人たち全員が反日であるかのように捉えられがちですが、必ずしもそうではないということをあらためて認識しました。

茂木 金惠京さんは韓国のソウルのご出身ですが、現状の日韓情勢についてどのように見ていますか。

金惠京 私はソウルで生まれ育ちましたが、ちょうど中学・高校生のころの1980年代に、韓国国内で日流ブームが起こりました。当時、サザンオールスターズやドリームズカムトゥルーといった日本の音楽をたくさん聴いていた私は、日本への憧れを抱き、その後日本に留学することになったのです。そうした韓国での日流の存在は、残念ながら日本ではあまり知られていません。
 これまでの経験から私は〝反日〟という言葉に疑問を持っています。韓国国内の市民レベルでは日本のことが大好きな人が大勢いるからです。反日として韓国メディアが取り上げるのは、一部の市民団体です。そして日本のメディアでもそこだけが報じられ、それを見聞きした人たちによって、韓国では一部にしか過ぎない〝反日〟が全体の意思のように広められているのが現状です。
 ただ、こうした印象は人を介して広まっているという点で、関係改善の可能性は十分にあると思っています。

茂木 三浦さんは国際政治学に携わる中で現状の日韓関係をどのように捉えていますか。

三浦瑠麗 私は職業柄、外国の研究者との国際会議を企画運営したりすることがあるのですが、昨年は韓国側からのキャンセルが相次ぎました。韓国政府からの補助のうち、日本関連のものが見直されいきなりお金が出なくなってしまったからです。日本側は働きかけていますが、韓国側は日本との交流プログラムはやらなくていいという判断のようです。
 その点では市民レベルのつながりと違い、政治・外交の分野では全体の流れに個人として抗うのはリスクもあり、非常に話しにくい状態にあると思います。

脳科学者の茂木健一郎さん

脳科学者の茂木健一郎さん

茂木 僕は科学者なので日中、日韓の現状を認知神経科学的に捉えています。動物行動学にはオーバーラップゾーンといって、同種の2つのグループの活動範囲は重なるという常識があって、尖閣や竹島の問題もこれと同じだと思うんです。単に日中、日韓の過去の活動領域が重なりオーバーラップゾーンになっている。これは動物界ではよくある話です。そこに人間が国境線という人工的な境界を引こうとしたために認知的失敗、つまりお互いに自分が正しいと信じる状況が生じているだけだと捉えています。
 それから僕は鳩山由紀夫さんと「友愛」について研究していて、これはとても素晴らしい骨太の思想なのですが、日本では誤解されていてなかなか受け入れられない。おそらくここにいる皆さんはとても理性的な人たちなので受け入れられると思いますが(笑)、社会にはいろいろな人がいて、どんなに美しい理想であったとしても必ずしも受け入れられるわけでもなく、政治力学が働いている中では、そのような理念で政治は動かないと捉えられてしまいます。
 先ほど金さんは、韓国の人すべてが必ずしも反日ではないとおっしゃっていました。僕も韓国には何度も行っていて同じように感じていますが、やはり政治ということになるといろいろな力学が働くので、人間の非合理性や愚かさも含めて、リアルに状況を見ていかないといけないんじゃないかと思っています。

ヘイトスピーチと差別の問題

茂木 昨年を振り返ると社会的に関心を集めたヘイトスピーチについては皆さんどのように捉えていますか。

三浦 韓国人の研究者仲間から、一部に自警団を組織しようという動きがあると聞いて、身の危険を感じるほどの状況だとするならばとても憂慮しています。

茂木 文芸評論家の高橋源一郎さんが朝日新聞の論壇で「凡庸な悪」と言っていましたが、僕はヘイトスピーチはまさに底知れぬ悪ではなく凡庸な悪だと思います。自然科学者の言葉で言えば〝トリビアル(証明するまでもなく自明なこと)〟な悪というか、深みがない悪というか。そうした凡庸な悪が社会の中にわき起こって来ているように感じます。
 日本の政治状況だと、実際の政治過程の中でヘイトスピーチの主張がのぼることはないと思いますが、民間の跳ね上がりみたいなことで、突発的な事件が起こる可能性は常にあると思います。

三浦 ヘイトスピーチをしている彼らは、根源的に自分を弱者だと認識していると思います。そうした彼らの弱者認識は日常生活の中から出てきたもので、貧困の問題や若者の世代間格差などさまざまな問題とつながっています。
 戦後、官界や大手メディア等の日本のエスタブリッシュメント(指導層)はアジアとの摩擦を避けようとするのが基本の行動様式でした。それが、長引く不況と国力の停滞を通じて、エスタブリッシュメントへの信任も弱まった。左右対立で物事を語ることはどんどん不毛になっていますが、「右」の立場をとる人の多くが自分を弱者だと認識しているのです。そして、もちろん「左」の人も自分たちは弱者に寄り添っているという認識ですので、弱者認識の奪い合いのような状況が、日本社会の中で展開されているように感じます。
 ヘイトスピーチの背景には、そうした自分たちが訴えたい問題をメディアへ政治課題として発信したいという「弱い声」があると思います。

茂木 僕もそう思います。ツイッター上でいろいろな人とやり取りをしていると、どちらかというと助けてほしいという叫びを感じることがあるんです。
 とても印象的だったのは、ずっとツイッター上でヘイトスピーチをやっていた子が、あとで中学生だとわかった時はすごいショックでしたね。
 人間は合理化する生き物なので表で言っていることと、衝動のもとになっている感情が違う場合があります。もしかすると、社会の中で孤立して将来の展望が見えなくなっている人が多くいるのかもしれません。

現代美術家の宮島達男さん

現代美術家の宮島達男さん

宮島 そうした〝叫び〟は何かでアウフヘーベン(止揚)できればいいのですが、それがどうしても届かないとなった時、表現ができなくなり暴力性に走ってしまう。この構造はナチスが台頭してきた時と同じで危険な雰囲気だと思います。

 私は国際法学者として日本の「差別」という言葉を考えてきました。日本は国際人種差別撤廃条約を批准しておきながら、差別に対する国内法が整備されていません。そのため日本国内では差別を生む土壌が定着してしまっていると思います。
 そうした意識が差別にとどまらず、他人を貶める行為を自然ととってしまう風潮につながっているのかもしれません。たとえば、学生の自殺の理由を日韓で比べてみると、韓国では受験の失敗を苦に自殺する人が多いのですが、日本では「いじめ」を理由にしたものが目立ちます。20年前に日本に来て、中学生がいじめを苦に自殺したニュースを見た時、とても驚きました。実は韓国には〝いじめ〟を意味する言葉がなく、日本の〝いじめ〟という言葉をそのまま使っています。
 日本では差別は悪いことという認識はあるのですが、人を貶める行為が犯罪だという認識は定着していません。国内法を整備しながら、その底流にある認識を改めていくことが大事だと思います。

宮島 それは知らなかった事実ですね。驚きです。

茂木 僕は、韓国が嫌いという人たちは、韓国に関心があるから嫌いって言っているんだと思います。つまり「love to hate」なわけで、hateの根底にはloveがあると。憎んでいるけど、「憎むことを愛している」ということです。そもそも関心がなければ嫌いにもならない。近くにいるから関心がある。だからコンゴ共和国をけしからんという人っていませんよね。それだけ遠くて関心がもてないから嫌いにもならないわけです。

均質化した日本社会

茂木 均質性の高い社会では、それを保つための安定化装置が必要で、だからいじめを必要とする人たちが出てきてしまう。僕なんかは、日本の中では自分は外国人枠だと思っているので(笑)、だから日本の就職活動における新卒一括採用なんかも全く理解できない。
 でも、学生はみんな大学3年生の就活時期になるとリクルートスーツを着て、おとなしく企業に行く。それはすごく均質な社会で、その中にいると一見居心地が良さそうなんだけど、ちょっとでも違うとはじき飛ばされてしまう。

宮島 茂木さんがおっしゃるような均質化した社会になってしまった背景には、文化的な教育がされてこなかったことが要因にあると思います。芸術文化というのは、差異化によってオリジナリティが生まれ、初めて成り立つ世界です。だからこそ均質化されて突出ができない状態は、芸術においては病とされます。そのオリジナリティを育む教育が弱いことが、日本社会にダメージを与えてしまった。

茂木 森美術館館長の南條史生さんは、同じようにいじめの文脈から、人と違うことが評価されるのがアートで、だからこそ小学生のころからアートの感性を身につけることが大切だと言っていました。誰もやったことがないことをやることはアートの世界では認められるのに、それが学校という空間ではいじめにつながってしまう。そう考えると教育におけるアートの存在はやっぱり大事ですね。

宮島 先ほど三浦さんがおっしゃっていたように、日中韓の関係は政治的には非常にシビアな現状だと思います。イデオロギーで語っていっても絶対に折り合わない。でも、本来民主主義の世界は違う考え方を持った人がお互いを認め合い、なんとか一緒にやっていくという世界です。
 先日、せんだいメディアテーク館長の鷲田清一さんから民主主義の中心に芸術があるという考えをお聞きしました。イデオロギーの違う人たちが街の中では対立していたとしても、たとえば夏の盆踊りが始まれば、なんとなく集まってきて盆踊りを踊り出す。このなんとなく人を集め、差異をつなげる力が芸術にはあるんです。

 

日本学術振興会特別研究員の三浦瑠麗さん

日本学術振興会特別研究員の三浦瑠麗さん

三浦 たしかに共同体意識の中にシェアされた芸術や伝統の存在があることで、利益や思想を乗り越えられる面はあると思います。EUのキリスト教のような共同体の基盤になるものがアジアにはない。あえて求めるならば植民地化の屈辱や戦後の一時期までは反共思想だったりしたのですが、それではいかにも弱い。これはもう半分願望を含んでいるんですが、アジアの共同体の基盤は相互利益を積み重ねながら、時間をかけて醸成させていく以外にしようがないんです。
 ただ、その相互利益も、アジアは、EUのように集団として国力が低下している中でまとまったのとは違う状況にあります。日本が経済面で相対的に優位を低下させている一方で、アジア全体は成長している。そうなると仮に日本がまとまりたいと思ったとしても、逆に「NO」と言われてしまう可能性すらある。だからこそ、日本が「まとまることの利益」を得ようと思えば、自らより一層アジアに利益を提供する覚悟が必要なんです。
 こう言うとすぐに、開発援助や市民交流の話になってしまうのですが、現在の日本が提供できる最大のものは日本の市場です。戦後世界がアメリカ市場の恩恵を受けて復興したように、アジアの成長に日本の購買力を活かせないか。しかも、これまでのように日本企業の下請けや工場としてだけでなく、アジアの企業や労働者が恩恵を受けるような形でです。
 私たちは市民であると同時に労働者でもあり、消費者でもあるわけで、中国や韓国の企業が日本で儲かって、雇用を増やして、税金を納めることは日本の利益です。アジア企業の日本進出が脅威として受け止められて政治問題化し、市民社会から切り分けられることはしごく不毛です。
 たとえば、中国企業が日本に進出して成功すれば、中国政府も自国の企業が不利になるような外交や強硬な行為を徐々に慎むようになるはずです。

日本の強さと弱さ

茂木 それでは皆さん。外交のことはいろいろと話しましたので、日本のことについて話し合いましょう。東京オリンピックも決まりましたが、日本社会は今後どうなっていくのか。日本の強さと弱さについてまずは宮島さんの視点を聞かせてください。

宮島 まず日本の弱さとしては、やはり文化的にまだ途上国であるということです。今や中学校の美術の授業は週1時間になってしまいました。芸術は多様性を生み出し、相手を思いやる想像力を培う土壌になります。それを削ってしまうことは、子どもたちの資質を先細りさせてしまうことにつながると危惧しています。
 その一方で日本には協調性という強みがあります。今後いろいろな国々の人が集まってきた時、その輪の中で接着剤の役割を果たしたり、ちょっと引いたところでおもてなしの心で対応できる。これは日本人の強みだと思います。

茂木 三浦さんはいかがですか。

三浦 私が一番の強さだと思うのは、国内市場の強さです。これは日本の強さでもあり、東アジアにおける東アジアの強さとして構成していくことが、日本の将来においてとても重要になると思います。
 日本は成熟した市場で、世界の企業がアジア進出する足掛かりの実験地としても機能してきました。しかし、これまではアメリカやヨーロッパの企業が日本に入ってくるという形でしか語られてきませんでした。アジア企業から見た日本市場は、非常に閉鎖的でそのポテンシャルを活かせていない状況にあります。
 強みの第2点は、日本は環境問題や少子高齢化などさまざまな課題に対して、アジアで一番初めに直面してきたということです。課題を完全に解決したとは到底言えませんが、日本はもっとその部分のハウツーを示すべきだと思います。国内改革など、これだけの解決策を講じたということをユニバーサルで理解してもらえる表現で示すことができれば、それは日本の強みとなり、また東アジアの安定化に貢献できます。
 逆に東アジア共通の弱さは、自分たちが直面している課題に対する普遍性を理解できず、表現できないところです。そこを解決することができれば、強みに変えることができます。

明治大学法学部助教の金惠京さん

明治大学法学部助教の金惠京さん

 私は日本の弱いところは社会が安定する中で、かつて世界を席巻した海外志向が低下してしまっていることだと思います。
 韓国の場合、日本以上に輸出に依存している国なので、否応なく海外志向が高まります。また、北朝鮮への警戒の中で若者に兵役が課せられているため、海外で勉強をさせて、その国で永住権を取り兵役を免除させようとする人もいます。ですから息子を持つ家庭では、小、中学校から海外に行き、移民申請をする人が少なくないのです。そのような状況に置かれているため、韓国では日本のように社会が安定したとしても外に目が向きます。
 また、日本の強みは安定した国内市場が成熟に向かっている点です。日本に期待するのは、世界の動向を意識しながら、独自性を高めて市場の特性を活かしてほしいということです。
 日本は周辺諸国の発展に対して、国そのものが追いこされていくのではと不安を抱いています。しかし、周辺諸国に富裕層が増えれば、世界一の品質と評価を持つ日本の商品や技術、サービスを世界に発信する機会が広がると捉えていく方が良いと思います。日本がこれまで培ってきたさまざまな成果は、世界的な評価につながっていることに自信を持ってほしいのです。

茂木 僕は日本の弱さはシステムにあって、皆さんがおっしゃるようにガバナンスの問題だと思います。でもこの1、2年くらいの中でシステムの変革を待つんじゃなくて、個人で勝手に動こうよというふうに気分が変わってきました。
 それに木はすでに倒れかかっているというか、このままじゃマズイということがだいぶ社会的な合意になってきているように感じていて、たとえば、日本の英語教育はダメだとか言われているけど、もう自分で勝手にやればいいと思うんですよ。
 もはや文科省のカリキュラムがどうこうとシステムを議論する時代はすでに終わって、個々の人が自由にできる時代に変わったなと。
 最近ではYouTubeやMooc(Massive open online course:ウェブ上で無料で参加可能な大規模講義)を使えば海外の大学の講義だって聴くこともできる。だったらあとは自分がやるだけのことだなって思うんですよね。

日本・韓国・中国のビジョンを探る

茂木 それでは最後に日本と東アジアの理想の未来像を描いていこうと思います。

宮島 外国人労働者が完璧に自由化されて日本に入ってくることだと思います。同質なフェイスや日本語を話せるレベルは今でもすでにありますが、それをもっと進化させていって、それぞれのインディビジュアル(個人的)な価値観を認め合う社会が日本の中につくられていけばいいなと思います。それで均質化もなくなっていく。

三浦 私も外国人労働者の受け入れには賛成です。ただ、その前段階として若者に対する抑圧が少なくて、世代間の平等が確保された社会であることが大事だと思います。それが確保されて初めて、日本人の労働者と外国人の労働者が同じような豊かさを手にできることがジャスティスだと思える、心の余裕が生まれてくると思います。そこが共同体意識を形成する基礎にもなると思うんです。
 もう1つは、構造やメカニズムがアメリカや外圧で入ってくるのではなく、日本の中から生まれる社会が理想です。私たちは問題を「こういうふうに解決してきた」ということが当たり前のように、日本人の中で受け止めることのできる社会になることを期待します。

 これまで歴史問題では韓国、中国が一緒になって日本に対抗するという構図がありました。また、安全保障の問題では、韓国と日本が共に中国に対抗しようとする構図があったりと、3ヵ国が同一歩調を取らずに、2国間が1国を排除する構図ばかりが繰り返されてきました。
 しかし、これからは対話を基にした新しい日中韓の連帯をつくることが非常に重要になってきます。相手を特定の印象にくくり、イメージで判断を下していては、それは夢に終わってしまいます。力による対抗は摩擦しか生み出しません。相手を理解し、平和を確保するためには、直接の対話が何より必要なのです。
 そして、政治家同士の対話はもちろんですが、芸術やスポーツの分野における対話も十分に生かしながら、裾野の広い東アジアの連携を構築していってほしいと思います。2012sishun

茂木 僕はジョン・レノンの「イマジン」のように、あそこまで飛んだ表現・ビジョンが必要だと思っていて、たとえば、〝国境のない世界を想像してごらん〟とか〝宗教や所有がない世界を想像してごらん〟って、現実から離れているように感じるけど、実はそういうビジョンを示すことが、政治家にとっても、芸術家にとっても、学者にとっても必要だと感じています。
 その一方で細かい議論も必要な気がしていて、今回の尖閣の問題でも防衛省関係者が、中国空軍がスクランブル慣れしてないって言っていましたが、これって現場の細かい話じゃないですか。こういう現場での細かい話もおさえつつ、一方でジョン・レノンのイマジンのように高いビジョンを示す。それがとっても大事だなと思います。

宮島 今日は金さん、三浦さんといった新世代の方の意見が聞けて本当に良かったと思います。まさに新しい言葉は新しい概念を生み出しますね。

茂木 宮島さん、上手(うま)くまとめていただいてありがとうございます(笑)。それでは、皆さんありがとうございました!

<月刊誌『第三文明』2014年2月号より転載>


もぎ・けんいちろう●東京都生まれ。脳科学者。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て、ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。『脳と仮想』(新潮社)で第4回小林秀雄賞、『今、ここからすべての場所へ』(筑摩書房)で第12回桑原武夫学芸賞を受賞。著書に『脳内現象』(NHKブックス)『挑戦する脳』(集英社新書)など多数。Twitterアカウント @kenichiromogi

みやじま・たつお●東京都生まれ。現代美術家。1998年、ロンドン・インスティテュート名誉博士。2006年、東北芸術工科大学副学長就任。「Art in You(芸術はあなたの中にある)」という考え方を基盤に、発光ダイオード(LED)を使用したデジタルカウンターなど、LEDの作品がある。また、コンピュータグラフィックス、ビデオなどを使用した作品も手掛けている。著書に『宮島達男 解体新書』(Akio Nagasawa Publishing)などがある。Twitterアカウント @tatsuomiyajima

きむ・へぎょん●韓国・ソウル市生まれ。国際弁護士。高校卒業後、明治大学法学部に留学。早稲田大学大学院アジア太平洋研究科で博士号取得。2007年からジョージ・ワシントン大学総合科学部専任講師、ハワイ大学韓国研究センター客員教授などを務め、12年から明治大学法学部助教。著書に『涙と花札』(新潮社)『テロ防止策の研究』(早稲田大学出版部)などがある。金惠京(キム・ヘギョン)ホームページ

みうら・るり●神奈川県生まれ。東京大学農学部卒業、公共政策大学院修了、法学政治学研究科博士課程修了(法学博士)。東京大学政策ビジョン研究センター・安全保障研究ユニット特任研究員を務め、2013年から現職。著書に『シビリアンの戦争』(岩波書店)がある。共著に『戦略原論』(日本経済新聞出版社)。各種論文で自民党総裁賞、東洋経済新報社主催高橋亀吉記念賞(佳作)等受賞多数。