安全保障法制の方向性を読み解く

元内閣法制局長官
阪田雅裕

 政府・与党によって取りまとめられた「安全保障法制整備の具体的な方向性」。法律的観点から見た問題点について聞いた。

国際法上の正当性をいかに担保するか

 与党協議による「安全保障法制整備の具体的な方向性について」の文書が、この3月に取りまとめられました。

◯安全保障法制に関する与党協議・取りまとめ骨子
一、武力攻撃に至らない侵害への対処
一、わが国の平和と安全に資する活動を行う他国軍隊に対する支援活動
一、国際社会の平和と安全への一層の貢献
一、憲法第9条の下で許容される自衛の措置
一、その他関連する法改正事項(在外邦人救出のための法整備を検討)

 これに基づき安保法制の整備が進められるとのことですが、集団的自衛権以外の論点は、憲法上の問題というよりは、主に政策としての当否ということになると思います。しかし、法的な問題も決して少なくありません。以下では法的な観点からの課題について話をさせていただきます。
 まず、自衛隊の海外活動全般に係る「3つの原則」が示されましたが、それ自体は極めて当然のことであり、真っ当な議論であると思います。

自衛隊の海外活動全般に係る3原則
①国際法上の正当性
②国民理解のための民主的統制
③自衛隊員の安全確保

 しかし、問題はこれらの原則を実際の法律でどう担保するかです。特に、1つ目の国際法上の正当性については、これから新しく作られる恒久法(条文中に有効期間を限定しない法律)の中で、具体的にどのように担保するのかが、非常に大きな問題であると考えています。
 イラクやアフガンに自衛隊を派遣したときは、国連の武力行使容認決議がなかったため、それぞれの法律(特別措置法)の第1条に、関連する国連決議をいくつも書き並べて、多国籍軍等の活動の正当性を表したわけです。
 今回の恒久法による自衛隊海外活動も、国連決議に基づくものに限られるのであれば問題ないと思います。しかし、「関連する国連決議」がある場合にも自衛隊の派遣ができるということだとすると、いったいこの「国連決議」をどのように特定するのか。恒久法の性格上、アフガンやイラクのときのように個別具体的な国連決議を挙げるわけにはいきませんから、国際法上の正当性が裏付けられ、自衛隊派遣の歯止めとなるように「関連する国連決議」なるものを書き表すことができるのかどうか、非常に気がかりな点です。
 ただ多国籍軍の武力行使に「関連する国連決議」というだけだと、どんな場合でも自衛隊が多国籍軍と一緒に行動できることになってしまいます。
 ぜひ公明党には、そんなことにならないように頑張ってもらいたいと思います。

平和協力活動はPKO5原則が大前提

 PKO(国連平和維持活動)協力法には、公明党も苦労をされて、PKO参加5原則(※1)が盛り込まれています。ですから日本は、武力行使を目的とするPKOには参加できませんし、わが国のPKO活動は、今検討されている恒久法による国際貢献や、周辺事態安全確保法(※2)に基づく米軍支援などに比べると、はるかに安全なものになっています。自衛隊員の安全を確保するという点からも、当面、このPKO5原則自体が変更されることはないと思います。
 ただ、今回の取りまとめで気になるのは、「国際社会の平和と安全への一層の貢献」のところで、PKO以外の国際的な活動への参加に言及している点です。
 PKO以外の活動として挙げている「国連が統括しない国際的な平和協力活動」とは、何を想定しているのでしょうか。
 それが人道復興支援ならばまだしも、「安全確保活動」(抵抗勢力を押さえこむ治安・掃討作戦)のようなものまでに広がるとすると、結局、米軍が主導する活動に、いつでも、どこででも参加することができるようにするための措置ではないか、と考えてしまいます。
 公明党には、PKO5原則を前提とした上で、国連が統括しない活動、つまりPKO活動以外のどのような活動に参加することになるのかを明確にしてほしいと思います。
 また、PKOの治安任務などに際しての武器使用権限に関しては、ひとつ間違えると武力行使になってしまうので、慎重に考えるべきだとは思いますが、地域の警護活動など、その任務の性質を踏まえた上で、現在認められている武器使用の権限を多少広げることは許されると思っています。
 その際に、ポイントになるのが武器の種類ではないでしょうか。治安の維持と言いながら、迫撃砲や戦車を持っていくとなれば、これは戦争ではないか、ということになりますが、自動小銃程度の軽装備であれば、治安の維持、警護任務の域を超えないと判断できるのではないでしょうか。
 以上が「憲法第9条の下で許容される自衛の措置」と「その他関連する法改正事項(在外邦人救出のための法整備を検討)」以外の部分の主な論点ですが、そのほかにも、たとえば周辺事態安全確保法が改正されて、「周辺」という地理的要件がなくなった場合、新たに制定される恒久法との住み分け(適用区分)をどう考えるのか等、法的な論点は少なからずあると思います。
 いずれにしても、新たな安全保障法制の下で、自衛隊の海外での活動の対象範囲が広がるほか、いわゆる非戦闘地域の定義が変わって活動区域がより戦場に近づくこと、武器使用権限が拡充されることなどに伴い、そのリスクは、これまでよりも格段に高くなると考えられます。最悪の場合には、自衛隊員が犠牲になることも想定されますから、これからは、その活動、自衛隊の派遣がこうした国民の犠牲に値するものであるかどうかを見極める政治の責任は、とてつもなく重くなると思います。
 公明党もその責任の一端を担うわけですが、安倍政権に対して抑止力となり得る政党が、もはや公明党しかない現状にかんがみると、公明党が果たすべき役割はとりわけ大きいと考えています。

※1「PKO参加5原則」
1992年成立のPKO協力法に盛り込まれた内容で日本がPKOに参加する際に満たすべき条件となる。①紛争当事者間で停戦合意が成立 ②受け入れ国を含む紛争当事者の合意③中立的立場の厳守 ④以上の条件が満たされない場合に撤収が可能 ⑤武器使用は要員防護のための必要最小限に限る

※2「周辺事態安全確保法」
正式名称は「周辺事態に際して我が国の平和及び安全を確保するための措置に関する法律」。1999年に成立。日本の周辺地域で平和と安全に重要な影響を与える武力紛争等が発生した時に、日米安保条約を効果的に運用し、日本の平和と安全に寄与することを目的とした法律。これにより米軍への後方支援活動が合法化され、自衛隊が日本の領土外で活動することが可能になった。

集団的自衛権と邦人救出の論点

 集団的自衛権(「憲法第9条の下で許容される自衛の措置」)については、先の閣議決定で示された「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合」という表現が、おそらく法律でも使われることになると思います。法案の審議の過程では、これが具体的にどのような状況を指すのか、いわゆる新3要件(※3)にあたる事態とは実際にどのようなものなのかをぜひとも明確にしてもらいたいと思います。将来の政権による新3要件の恣意的な運用を防ぐためにも、これは極めて重要です。
 この文章を普通に読む限りは、近隣有事、つまりわが国に近接した地域で戦争が勃発し、遠からず日本自身が攻撃を受ける「明白な危険」がある場合を意味しているとしか考えられません。なぜなら、たとえば原油の輸入が滞り、国民生活に深刻な影響があるというだけでは、国民の「生命」や「自由」権が「根底から覆される」事態とは到底言えないからです。実際に政府はこれまで、この言い回しを、わが国が武力攻撃を受けたときの状態を表すもの、として用いてきました。
 公明党には、中東有事で原油の円滑な供給が妨げられるケースまで、新3要件に当てはまる場合があるなどというのは、日本語の読み方として無茶苦茶だという、常識にかなった主張を貫いてほしいと思います。
 また、邦人救出(「その他関連する法改正事項」)に関しては、武器を使用することも想定されています。こうしたケースでの武器使用は、相手方が身代金目当ての犯罪者集団であるような場合には、警察権行使の一環といえますから、憲法との関係で問題になることはありません。
 しかし、犯行の主体が一定の軍事的な実力を備えた「国に準ずる組織」である場合には、これに対する自衛隊の武器使用が、戦闘行為、すなわち憲法第9条が禁じる武力行使となってしまうので、許されません。「イスラム国」などは、「国に準じる組織」の1つでしょう。
 ペルー人質事件などは、警察権の行使によって解決された事例といえますが、まさにこの事件がそうであったように、普通の主権国家であれば、この種の犯罪は、軍隊を含めた自国の警察力によって対処できるし、そうするのが常態で、外国軍隊に安易に支援を求めることはないはずです。
 逆に言えば、外国の軍隊に「ぜひ来てください」というときは、その国がすでに内戦状態にある場合が多いのではないでしょうか。その国の政府の要請があったからといって、自衛隊が実力を行使して人質となっている邦人の救出に当たることが、とりもなおさず内戦の一方当事者に与(くみ)する結果となることに、相当注意する必要があります。
 公明党には、こうした点も考慮して、自衛隊による邦人救出を可能にする法改正が意義のあることかどうかを十分に議論してほしいと思います。

※3「新3要件」
2014年に閣議決定された日本が武力行使をする際に満たすべき3つの要件。 ①我が国に対する武力攻撃が発生した場合のみならず、我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合 ②これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他の適当な手段がないとき ③必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと

<月刊誌『第三文明』2015年6月号より転載>


さかた・まさひろ●1943年生まれ。弁護士。66年、大蔵省入省。国税庁などを経て92年より内閣法制局で総務主幹、第三部長、第一部長、法制次長を歴任。小泉政権期の2004年から06年まで第61代内閣法制局長官を務める。現在、アンダーソン・毛利・友常法律事務所顧問。著書に『政府の憲法解釈』(有斐閣)『「法の番人」内閣法制局の矜持』(大月書店)などがある。