『摩訶止観』入門

創価大学教授・公益財団法人東洋哲学研究所副所長
菅野博史

第1回『摩訶止観』の特徴(1)

[1]はじめに

 私は今、第三文明選書に『摩訶止観』の訳注を刊行中である。この「WEB第三文明」に、『摩訶止観』の全体像を解明する文章を連載する機会を与えられたので、読者の皆様にはしばらくの間、お付き合い願いたい。
 私はこれまで中国仏教の研究をしてきた。時代的には、主に南北朝・隋の時代の仏教思想が研究対象である。中国の南北朝時代は、北魏(386-534)・東魏(534-550)・西魏(534-556)・北斉(550-577)・北周(557-581)の北朝と、宋(420-479)・斉(479-502)・梁(502-557)・陳(557-589)の南朝が拮抗対立した時代を指す。この南北の対立を統一したのが隋(581-618)である。南北の統一を果たした割には、隋は短命で、それに取って代わったのが長期政権を保持した唐(618-907)である。
 日本では、隋唐仏教が中国仏教史の黄金期であるとよくいわれるが、これは日本の仏教各宗派の多くがこの時代の中国で成立したことによるものだと思われる。私の主な研究は、南北朝・隋代の大乗経典の注釈書を研究することであったが、なかでも最も力を入れて研究したものが『法華経』の注釈書にほかならない。 続きを読む

書評『科学と宗教の未来』――科学と宗教は「平和と幸福」にどう寄与し得るか

ライター
本房 歩

生命と意識、宗教は三位一体

 2人の著名な科学者による話題の「サイエンス対談」である。
 茂木健一郎は、クオリアを研究テーマとする脳科学者にして、作家、ブロードキャスター、コメディアンと多彩な顔を持つ。
 対する長沼毅は、広島大学教授をつとめる辺境生物学者。じつはこの「辺境生物学者」というのは長沼がユーモアを交えて自称する造語らしい。というのも、長沼がこれまで研究対象としてきたのは、深海底や地底、北極、南極、砂漠、火山といった極限状態としての〝辺境〟に生息する微生物などだったからだ。その採取・研究のためには、もちろん本人がそうした〝辺境〟に足を運ばなくてはならない。
 2006年に『日経サイエンス』誌上の対談で長沼に出会った茂木は、映画になぞらえて「科学界のインディー・ジョーンズ」と命名した。長沼は茂木がキャスターをつとめていたNHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」にも出演するなど、2人は互いに「親友」と呼ぶほど信頼関係を深めてきた。 続きを読む

連載エッセー「本の楽園」 第145回 生きるための現代思想入門

作家
村上政彦

 まだ小説家としてデビューする前、習作を書くのに考えたことがあった。それは、いま僕らが生きているのは、どのような時代か、また、どのような世界か、ということだ。それを知らないでは、切れば血の出るような小説(中上健次がよくいった言葉です)は書けない。
 僕がやったことは、片っ端からそれが分かるような本を読み漁ることだった。そして、英語もろくにできないのに、ニューヨークタイムズのブックレビューを注文し、フランス語なんてアベセぐらいしかできないのに、ル・モンドを買った。
 そうした読書のひとつにフランスから輸入された現代思想があった。ジャック・デリダ、ジル・ドゥルーズ、ミシェル・フーコーなどが、次々に翻訳され、僕はそれを手に取った。すべてが新鮮だった。しかし難解だった。僕がどれほど理解できていたか、怪しいものだ。
 千葉雅也の『現代思想入門』を読んで、なるほど、哲学のプロはそのように読むのか、と得心した一方、あれほど難解だとおもっていた現代思想を生きるために活用するという態度に共感した。 続きを読む

旧統一協会問題が露呈したもの――宗教への無知を見せた野党

ライター
松田 明

「五・一五」事件の教訓

 安倍晋三・元首相を銃撃し死亡させた山上徹也被告が、この1月13日、奈良地方検察庁によって殺人と銃刀法違反の罪で起訴された。
 憲政史上最長の在任期間だった首相経験者が白昼の駅前で参議院選挙の応援演説中に銃撃され命を奪われるという前代未聞の事件は、世界に衝撃を与えた。
 一方で、事件の動機が旧統一教会(世界平和統一家庭連合)に対する被告人の憎しみであったということが報じられると、メディアや世間の関心は一気に旧統一教会へと向けられた。 続きを読む

書評『スマホ・デトックスの時代』――健全なデジタル文明への方途を探る

ライター
小林芳雄

スマートフォンに閉じ込められた「金魚」

 スマホを巡る問題を扱った書籍は数多く出版されている。医学的視点から書かれたものが多い中、本書『スマホ・デトックスの時代』はそうした見地を踏まえた上で、IT企業の収益システムや社会的な問題をも視野に入れて議論を展開している。
 冒頭で紹介されるIT企業幹部が行うプレゼンテーションの内容は衝撃的だ。金魚は金魚鉢のなかを飽きることなく泳ぎ回る。記憶力と集中力がごくわずかしか持続しないため、つねに新しい場所を泳いでいると勘違いしているからだ。某IT企業はデジタル技術を駆使した研究によって、金魚の集中力が持続する時間をつきとめた。その時間はわずかに8秒未満。8秒を過ぎるとすぐに精神がリセットされるのだという。
 さらに、同社は生まれた時からスマホなどのデジタル機器に取り囲まれて育ったミレニアム世代の注意持続時間の算定にも成功した。その時間は金魚よりわずかに1秒長い9秒だ。9秒を過ぎると彼らの脳の働きが低下するので、新たに刺激的な通知や広告を提供する必要がある。そのために同社は、これまで収集した個人データを活用して、彼らの関心を呼び起こそうとしているのだという。 続きを読む