【コラム】徳島県・旧海部町に学ぶ地域コミュニティの知恵

ライター
青山樹人

自殺率のきわめて低い町

 今年(2015年)1月15日に発表された警察庁の集計(速報値)で、2014年の自殺者数が前年比で7%減の2万5374人となり、1997年以来の低水準になったことがわかった。自殺防止に向けて各自治体も取り組みを進めていることに加え、自殺防止センターなどのNPOが地道な活動を重ねてきた成果の顕れであろう。
 ところで全国でも顕著に「自殺率」の低い町があることをご存じだろうか。2013年に出版された岡檀(おか・まゆみ)さんの『生き心地の良い町 この自殺率の低さには理由(わけ)がある』(講談社)が詳細なレポートをしている徳島県の旧海部町だ。
 2006年の町村合併によって現在は海陽町となっているが、徳島県の最南端にある太平洋を望む小さな町だ。同書によると合併までは人口3000人前後で推移してきたという。以下、同書に倣って旧海部町を海部町と表記する。
 岡さんが徳島県下45市町村の1973年から30年間のデータを精査したところ、海部町は突出して低い数字を示していた。人口10万人あたりの自殺率平均値は8.7。ちなみに両隣の町の数値はそれぞれ26.2と29.7であった。過去30年間の平均値では全国3318市区町村の中で8番目に低い。ベスト10のうち海部町以外はすべて島嶼部である。
 慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科研究員である岡さんは、徹底したフィールドワークで海部町の〝秘密〟を探り出した。岡さんが発見したその自殺率の低さの理由はそのまま、理想の地域コミュニティとはいかなる姿であるかということへの興味深い示唆となっている。

関心は持つが監視はしない

 詳細はぜひ同書を読んでもらうとして、岡さんが導き出した海部町の自殺予防因子は5つであった。この小さな町で暮らす人々のメンタリティと行動には、他の町とは顕著に違う以下のような特徴があったのだ。

①いろんな人がいてもよい、いろんな人がいたほうがよい
②人物本位主義をつらぬく
③どうせ自分なんて、と考えない
④「病」は市に出せ
⑤ゆるやかにつながる

 海部町の人々はまず、コミュニティ内の多様性を好む。他人の自由も積極的に支持するかわりに、自分の判断にも他人と足並みを揃えることをしない。日本社会によくある同調圧力がきわめて低いのだ。人間を信頼するスタンスがあり、ローカルな土地にもかかわらず余所者に対する排他性も低い。
 その結果、地域の気風として年配者が威張るということがない。江戸時代から続く相互扶助組織「朋輩組」でも、年長者が年少者に服従を強いるということがない。年少者の自主性を促し、失敗しても再起のチャンスを与えようとする。町の人事もあくまでも人物本位、能力本位で合理的に決める。
 社会に対する個人の影響力を信じ、主体的にかかわり、権利は堂々と行使する。高齢者にありがちな「迷惑をかけている」というような遠慮や引け目はない。
 そして、何か問題が生じると積極的に他者に相談するし、誰かに問題が生じたと知ると条件反射のように訪問してあげる。日本では悩みを誰かに相談することを恥ずかしいことだと考える傾向が強いが、海部町ではそのハードルが低い。
 それは「うつ」についての精神科受診率が、周辺地域の中で同町がもっとも高いことにも表れている。受診率は罹患率と同じではない。少しでも変調を感じたら抵抗なく専門医を訪ねられる空気があるから受診率が高く、早期発見によって適切な手当てができるのだ。
 さらに、海部町では意外にも住民同士の関係が積極的だが粘着的ではない。他人に対して〝関心〟は強く持つものの、前述のように多様性を好む気風があるので、それが息苦しい〝監視〟にはならない。適度な距離感をもった「ゆるやかな絆」が、しっかりと結ばれているのだ。

あらゆる地域や組織に通じる要件

 岡さんは、徳島県南端の小さな町がこのような非常にリベラルで近代的な気風を保ってきた背景に、その歴史を挙げている。江戸時代初期、材木の集積地として隆盛した同地には、一攫千金を夢見て各所から裸一貫の移住者が集まってきたのだという。
 その結果、海部町では出自や家柄にこだわることもなく、フラットな関係性のなかで互いが異質な他者を尊重しながら支え合う、きわめて特殊なコミュニティが形成されてきた。江戸期の木材産業が戦後の高度成長期まで続いたことに加え、人の出入りの激しい都市でなかったことが、かえってその気風を維持することに役立ったのだろう。
 東日本大震災以降、地域コミュニティの重要性があらためて認識されている。災害への備えはもちろんだが、ますます単身世帯者が増える超高齢化社会の到来にあって、海部町の持つ気風は多くのヒントを示していると思う。
 同時に、岡さんが海部町で見出した5つの特質は、単に地域コミュニティにかぎらず、あらゆる組織やチームにあっても、生じ得るリスクを下げ、人が生き生きと力を発揮できるための要件になるだろう。

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あおやま・しげと●東京都在住。雑誌や新聞紙への寄稿を中心に、ライターとして活動中。著書に『宗教は誰のものか』(鳳書院)など。