通常国会で成立した「日本語教育機関認定法」と多文化主義への道

ライター
米山哲郎

在留外国人は過去最多の307万人

 通常国会の会期末まで1カ月を切った2023年5月26日、参議院で「日本語教育機関認定法」という法律が可決・成立した。この法案は、マスコミでもほとんど取り上げられていないため、法律の中身について知らない人は多いと思う。しかし、実は大事な法律である。
 内容は、主に2つの柱でできている。1つは、一定の要件を満たす日本語教育機関を文部科学大臣が認定する。2つ目は、同機関で日本語を教えることができる者の国家資格「登録日本語教員」を創設する、というものだ。
 2019年6月に、国会で「日本語教育推進法」が可決・成立。法の基本理念では、日本語学習を目指す日本在住の外国人に対し、教育の機会を最大限に確保することが明記された。今回成立した「日本語教育機関認定法」も、この推進法に沿って、日本語教育の質の維持向上を図るためのものである。

我が国の外国人受け入れ状況

 わが国の在留外国人数は、法務省によれば、22年末現在、307万5213人で過去最高を更新した。

【国籍・地域別 在留外国人(上位10カ国)】
 ①中国    76万1563人
 ②ベトナム  48万9312人
 ③韓国    41万1312人
 ④フィリピン 29万8740人
 ⑤ブラジル  20万9430人
 ⑥ネパール  13万9393人
 ⑦インドネシア 9万8865人
 ⑧米国     6万0804人
 ⑨台湾     5万7294人
 ⑩タイ     5万6701人
(法務省出入国管理庁「令和4年末現在における在留外国人数について」)

 1989年(平成元年)の在留外国人は約94万人で、街中で外国人に会うのも珍しかったが、当時から約210万人増え、インバウンドも増えていて、今では外国人をいつでも見かけるようになった。今後の見通しとしては、新型コロナ感染による入国制限が緩和されており「更なる在留外国人数の増加が見込まれる」(文化庁)状態だ。
 過去、半世紀余にわたる日本の外国人の受け入れと、外国人に対する日本語教育の歴史はどのようなものであったか。
 今から50年前の1972年9月、日本と中国は国交を正常化させ、78年に平和友好条約を締結した。これを受け80年代には、多くの中国残留孤児(本年4月30日現在の総数は2818人)が日本に帰国した(※1)。同伴した家族を含めると2万人にのぼった。しかし、母語が中国語で日本語が話せないため、政府は中国帰国者定住促進センター(現中国帰国者支援・交流センター)を開設し、日本語教育や生活指導を行った。
 1978年、中国は改革開放政策を開始し、人材を海外留学させる政策を進めた。日本にも中国人留学生が多数来日した。折しも日本政府は人材獲得を目標にして、1984年に「留学生受け入れ10万人計画」を発表した(2003年に達成)。優秀な外国人留学生には、大学卒業後もそのまま日本に残って就職してもらうことを期待するようになった。計画達成のため、多くの大学が宿舎や教員の確保の体制を整え、中国や韓国など周辺諸国の留学生受入れを拡大させた。
 しかし1980年代の急激な受入れにより、日本語学校が乱立して教育の質が保証されていなかったり、少子高齢化により定員確保のために日本の大学が安易に留学生誘致に走るなどの弊害を生んでしまった。
 90年になると、出入国管理及び難民認定法(以下、入管法)が改正された。この改正により、かつて政府が行った移民政策により中南米に移住した日系人(3世までとその家族)が、日本の定住者として在留資格が認められた。
 当時、日本経済はバブル景気で人手不足であり、来日した日系人は製造業や単純労働等で就労した。そして定住し、自宅近くのコンビニやスーパーで働く人や、地域の公立学校に外国人の児童・生徒を通わすケースも出てきた。
 その結果、日本語学習についても「生活者としての外国人」が増えてきたことで、生活現場に必要な日本語であったり、児童・生徒が必要とする学校の教育での日本語指導も急増するなど、1人1人のニーズにあった学習が必要になってきた。

※1 厚生労働省「中国残留邦人の状況(令和5年4月30日現在)」

労働者不足への対応と高度人材確保

 2000年代に入ると、政府は少子高齢化が進み、労働者不足を補うため、外国の高度人材の確保でリカバリーする方針を進めた。07年に政府は、留学生の就職支援事業を行う「アジア人財資金構想事業」を打ち出した。さらに08年には留学生30万人計画が発表された。22年5月現在の留学生数は、日本学生支援機構の公表によれば、23万1146人となっている。(昨年5月時点では、国・地域別留学生数上位3カ国は、①中国、②ベトナム、③ネパール)(※2)
 07以降、政府は東南アジアの人材獲得へ動き出す。08年にはインドネシア、09年にフィリピン、14年にはベトナムと相次ぎ経済連携協定(EPA)を締結し、人材不足であった看護、介護人材の受け入れを急いだ。
 厚生労働省によると、08年に受け入れを開始し21年までの14年間に、3カ国からの看護師、介護福祉士候補者の累計受け入れ人数は8000人を超え、国家試験合格者も看護師は570人以上、介護福祉士は2100人以上が合格した※3。19年4月には改正入管法が施行され、在留資格特定技能制度で外国人労働者が入国できるようになり、これまで医師や弁護士など高度な専門職に限ってきた就労資格を広げ、深刻な人手不足の状況にある14の特定産業分野で就労できるようになった。
 看護師・介護福祉士候補者の人たちは、看護・介護分野の専門用語を学ばないといけない。介護をするには、患者とのコミュニケーションは必須だ。そのためにも、専門の語学学習のための支援は欠かせない。
 会社側は、労働者がすぐ仕事に就くことを期待するため、日本語能力を身につけることが必要になった。

※2 日本学生支援機構「2022(令和4)年度外国人留学生在籍状況調査結果」
※3 厚生労働省「経済連携協定(EPA)に基づく外国人看護師・介護福祉士候補者の受入れ概要」

強化したい児童・生徒への支援

 先に述べた通り、22年末時点の日本在留の外国人は307万5213人であるが、文化庁によれば、国内の日本語学習者数は12万3408人と在留外国人の1割にも満たない。背景には、日本語学習を希望しても受けられない事情がある。場所も教師も少ないのである(※4)
 特に、支援をしたいのは児童・生徒である。文科省の調査によると、公立学校における日本語指導が必要な児童・生徒は外国籍が4万7619人、日本国籍が1万688人、合計5万8307人で、この10年間で1.7倍増加している。そして、外国籍の子どもの母語はポルトガル語が一番多く、日本国籍の子どもの使用言語はフィリピノ語が一番多い。

【日本語指導が必要な「外国籍」児童生徒(母語別内訳)】
ポルトガル語 1万1965人
中国語      9939人
フィリピノ語   7462人
スペイン語    3714人
ベトナム語    2702人
英語       1945人
日本語      1929人
韓国・朝鮮語    466人
その他      7506人
文部科学省「日本語指導が必要な児童生徒の受入状況等に関する調査(令和3年度)」

 同調査で特筆すべきことは、日本語指導の必要な高校生等を全高校生等と比較すると、中退率は約6倍高く、進学率は低いことだ。さらに、就職者における非正規就職率は39%と高い。非正規から正規へと就業を変えていくためにも、語学は重要になってくる。

※4 厚生労働省「経済連携協定(EPA)に基づく外国人看護師・介護福祉士候補者の受入れ概要」

多様性を認め合う多文化主義の社会へ

 政府は、少子高齢化による労働者不足を補うため、移民政策はとらないが外国人材は活用するとしている。しかし、在留の外国人が日本語ができないことによって、日常のサービスを受けられない、コミュニケーションも取れない、コミュニテイーからの孤立してしまう、という問題がおきている。
 言葉は、生活していくための道具である。そのためにも、生活者、就労者、児童・生徒等、学習者のニーズに応じた日本語学習を受けやすくしていくことが必要である。今回の日本語教育機関認定法の成立を機に、一段と力強く、外国人への日本語学習の環境整備を進めていきたい。
 専門家からは「国として、国内の労働者不足を外国人に補ってもらう制度を決めているのだから、この制度で来日する労働者の日本語教育は、当然国が保証すべきだ」との意見もある。外国人への日本語学習を提供する場や機会を増やすことと、教える側の質的向上、そのための財政面を含めた支援等、国が責任を持って対応していくことが必要だ。
 国政で、この問題について、一貫して、国への対応強化を訴えてきたのが公明党である。昨年12月、公明党の教育改革推進本部(本部長=浮島智子衆院議員)が永岡桂子文科相に対し、新法制定を提言した。日本語教員の国家資格化や日本語教育機関の質向上を図る新たな認定制度の創設などを強く要請していた。
 日本語教育機関認定法の成立を受けて浮島議員は、「新法は日本語教育の質の維持・向上へのスタートラインだ」と意義を強調し、「今後、必要な予算の確保と環境整備に尽力していきたい」と語った(「公明ニュース」5月28日付))。本年4月、厚生労働省の国立社会保障・人口問題研究所が発表した2070年までの日本の将来推計人口によれば、総人口は8700万人に減少し、このうち外国人は1割を占めると推計した(※5)
 1割という規模は、今の在留外国人数の約3倍で900万から1000万という大変大きなボリュームになる。そうした将来を考えると、日本社会は今よりももっと多様性を認め合い、寛容さを持ち、違いを乗り越えて理解し合うための方策を考え出さないといけない。国民の意識改革も迫られている。そうした多文化主義の社会に転換しないと、社会自体が行き詰まってしまう。政治の確かなリーダーシップが求めらている。

※5 「日本の人口2070年に3割減、推計8700万人…外国人は大幅増加」(『読売新聞』4月26日付)

米山哲郎 関連記事:
どうなる? LGBT理解増進法案
近づく統一地方選挙――日本の未来を決する戦いが始まる
裾野市の保育園問題から考える政治の責任
厳しさ増す安全保障環境と、日米韓の戦略的連携強化の必要性
どうなる? LGBT理解増進法案