特集⑬ 嵐のなかで生まれた学会歌――創価桜の道をひらけ!

ライター
青山樹人

学会歌を次々に発表した会長

 1970年代後半あたりから、日本の主要な出版社系週刊誌は、山崎正友の奸計に便乗しはじめた。
 今日よりもはるかに週刊誌が隆盛していた時代である。それらが毎号毎号、狂ったように学会と池田会長への誹謗中傷を書き連ねた。全国紙や中吊りの広告にも、スキャンダラスで卑劣な言葉が踊り続けた。
 寺院という場所で、袈裟衣を着た日蓮正宗の聖職者たちが、これら週刊誌を片手に大恩ある在家指導者を罵り、まじめな学会員をいじめ抜いた。まだ正体を現していなかったが、謀略の中心にいたのは顧問弁護士である。
 池田会長は、すべての矢面に立って会員を守り励ましながら、この嵐のなかで創価学会の精神を鍛え上げることに心血を注いだ。
 1976年7月、本部幹部会で会長の作詞・作曲になる「人間革命の歌」が発表された。8月には婦人部の研修会で会長作詞の学会歌「母」が発表される。
 宗門の卑劣な要求によって「教学上の基本問題について」が新聞掲載された78年6月30日には、学生部幹部会の席上で会長が作詞・作曲した学生部歌「広布に走れ」が発表された。
 以後、7月3日に男子部歌「友よ起て」。7月5日に白蓮グループ愛唱歌「星は光りて」。7月6日に壮年部歌「人生の旅」。7月8日に「北町広布」。7月17日に関西の歌「常勝の空」。7月19日に中国の歌「地涌の讃歌」。7月24日に四国の歌「我等の天地」。7月27日に中部の歌「この道の歌」を、いずれも作詞・作曲。
 8月には東京、九州、千葉、神奈川、長野、北海道の歌をそれぞれ贈り、高等部歌「正義の走者」も発表した。10月には、茨城、世田谷、新潟、埼玉に。11月には泉州、栃木、山梨、群馬、静岡のほか、指導部の歌「永遠の青春」も作詞した。
 権威や権力に絶対に負けてはならない。学会員の誇りを持ち、難があればあるほど、勇敢に朗らかに立て。
 会長の凄まじい言論闘争だった。民衆を分断しようとする魔性に対し、会長は文化の力で立ち向かった。全国津々浦々に、学会歌の歌声が高らかに響きわたった。
 内外からの攻撃が苛烈さを極めていたこの78年7月14日、創価大学で第7回「滝山祭」と創価学園の第11回「栄光祭」が合同開催された。
 中央体育館で開かれた記念フェスティバルには、創立者として招きを受けた池田会長も出席した。
 祭典のテーマは「負けじ魂ここにあり」。
 フェスティバルでマイクをとった会長は、簡潔に挨拶した。

〝負けじ魂ここにあり〟――なんとすばらしいテーマか

私は、これからもありとあらゆる嵐のなかをまっしぐらに進んで、諸君たちの21世紀への舞台を堂々と拓いてまいります

 そして、こう語った。

私たちの勝負は21世紀だ

「謹刻了承」を知っていた日顕

 山崎はさらに反学会僧侶を煽動し、今度は本尊の謹刻を問題視して騒がせた。
 創価学会には本部に安置してある創価学会常住の本尊をはじめ、いくつかの重要な意義を込めた本尊があった。それらはもともと掛け軸に表装された紙幅のものであり、長い年月のうちに傷みや紙の劣化が進んでおり、未来のために木製の板本尊として文字を謹刻し直しておく必要が検討されていた。
 そこで1974年、学会は宗門に謹刻の件を打診し、法主の日達からも快諾を得ていた。
 日達が学会の申し出を了解していたことについては、明治以来、日蓮正宗御用達の仏師として宗門の本尊の彫刻に携わってきた赤澤朝陽の社長も証言している。
 また、宗門教学部長であった阿部日顕らが出席した74年9月2日の学会と宗門の連絡会議でこの件が取り上げられ、翌日に報告を受けた日達が謹刻を了解していたことは、当時の宗門庶務部長の藤本日潤のメモにも残されている。
 謹刻が日達を含めて宗門の公式な了解のもとにおこなわれたからこそ、たとえば本部常住の板本尊の入仏式については、1975年1月4日付の聖教新聞1面に大きく掲載されているのである。
 関西本部や創価文化会館の本尊なども、それぞれ宗門の僧侶が出席して法要をおこない、やはり当時の聖教新聞で報道されている。
 学会が宗門に隠れて本尊を謹刻する理由などない。そもそも、重要な会合がひんぱんにおこなわれ、多くの会員が目にする本尊なのである。隠しようもない。
 77年11月には、日達自身も創価学会本部を訪れ、本部常住の板本尊、広宣会館の板本尊、賞与御本尊の板本尊に読経唱題をしている。
 ところが78年になって、反学会僧侶たちはこうした経緯を無視し、山崎の指示どおり謹刻を問題視しはじめた。
 この時期、宗門内部は活動家僧侶によってすでに無政府状態にあった。謹刻を決裁した責任を突き上げられた日達は、無責任にも「知らなかった」と述べた。
 だが、そもそも藤本日潤のメモには、この件を日達に報告して了解を得ていたことも、その後、75年1月にあらためて日達が「会の宝物である本尊をどのように格護しようと問題はない」との発言をしていたことも、明確に記録されている。
 のちに活動家僧侶の一派と日蓮正宗が法廷で争うことになった際、藤本日潤は「学会の謹刻行為は謗法ではない」と裁判所で証言している。
 誰よりも、当事者として日達の決裁を受けた阿部日顕や藤本日潤が、日達が「知っていた」ことの証人なのだ。
 しかしその彼らが当初、保身から黙秘したために、反学会派は「創価学会が勝手に本尊を模刻した謗法行為」だとして騒ぎ出した。
 ことの真相が明らかになれば、今度は「知らなかった」と事実に相違する発言をした日達の責任問題になることは必至である。
 日達の娘婿である菅野慈雲は、「猊下は活動家僧侶と学会の板挟みになって苦しんでいる。猊下の立場を守るために板御本尊を本山に納めてほしい。そうすれば問題はすべて収まる」と学会に要請してきた。
 学会としてはまったく理不尽きわまりない迷惑な話である。それでも学会は僧俗和合を優先するために菅野の要請を受け容れ、78年9月に本部常住本尊を除くすべての板本尊を大石寺に納めたのである。

※この記事は『最新版 世界広布新時代への飛翔』(青山樹人著/鳳書院)をベースに加筆修正したものです。

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あおやま・しげと●著書に『宗教はだれのものか』(2002年/鳳書院)、『新装改訂版 宗教はだれのものか』(2006年/鳳書院)、『最新版 宗教はだれのものか 世界広布新時代への飛翔』(2015年/鳳書院)など。WEB第三文明にコラム執筆多数。