シリーズ:東日本大震災10年目「防災・減災社会」構築への視点 第2回 「3・11伝承ロード」構想(下)

フリーライター
峠 淳次

一見に如かず ~「道」を歩いて~

 着々と整備が進む伝承ロードの今を体験しようと、コロナ禍が本格化する前の3月初め、筆者も仙台市から宮城県気仙沼市へ、岩手県陸前高田市から釜石市へと「道」を北上し、いくつかの伝承施設を見て回った。

<気仙沼市:「東日本大震災遺構・伝承館」>
 はじめに訪ねたのは、校舎4階まで波高12メートルの大津波に襲われた旧気仙沼向洋高校を併設する気仙沼市の「東日本大震災遺構・伝承館」。校舎3階には津波に飲まれて教室の中にまで押し流されてきた被災車両が仰向けになって転がっており、4階には冷凍工場が建物ごと校舎に衝突し、外壁をえぐった跡がくっきりと残っている。さらに階下の廊下を抜けて中庭に出ると、校舎と校舎の間の狭い空間に鉄の塊としか思えない物体が幾重にも折り重なって積み上げられている異様な光景も。「引き波の強烈な力で原形を留めないまでに圧殺された〝車たちの墓標〟です」。まさに「百聞は一見に如かず」、施設案内者の説明に返す言葉も出てこない。
 本館となる伝承館には、震災時と直後の市内の様子を伝える映像シアターや、仮設住宅での生活や復旧・復興の歩みなどを紹介する展示コーナーなどがあり、死者・行方不明者1366人を数えた気仙沼市の被災の凄まじさや特徴を肌身で感じることができる。
 佐藤克美館長によると、昨年3月のオープン以来、来館者はこの1年間で約8万4千人。英語、中国語など4か国語でも対応できるシステムを導入しているとあって、海外からの来館者も少なくない。佐藤館長は「〝目に見える3・11の証〟に一人でも多くの人が触れ、その感想と教訓をそれぞれの地元で伝えていってほしい」と話す。

<陸前高田市:「津波伝承館」と「国営祈念公園」>

被災当時の状況や復旧・復興の歩みなどを伝える展示パネル=岩手県陸前高田市の「東日本大震災津波伝承館」

 1800人余もの犠牲者を出すなど、東北の被災42市町村の中でも最大級の津波被害を経験した陸前高田市では、国営の「高田松原追悼・祈念公園」と、園内に2019年9月にオープンした「津波伝承館」を訪ねた。
 伝承館は、本館部分だけでも横75メートル、奥行き30メートルの広さを誇る施設で、館内は「大災害であっても人間の智恵・技術・行動によって命を守り、乗り越えることができる」とのコンセプトのもと、①地域と交流する②歴史をひも解く③事実を知る④教訓を学ぶ――の4ゾーンで構成。あの日の記録から地震・津波の発生メカニズムや歴史、「備え」のあり方に至るまでを体系的に学べるように工夫されている。
 津波で大きく変形した消防車や破壊された橋げた、震災当時のままの姿で移転された国交省東北地方整備局の災害対策室の実物など、展示されている遺品遺物の数々は圧倒的で、津波の破壊力の凄まじさが手に取るように伝わってくる。
 伝承館を出て祈念公園内を海岸方向に歩くと、かつて約7万本の松が植わっていた白砂青松の名勝「高田松原」の跡地に出る。目標とする7万本には遠く及ばないとはいえ、名勝復活を願って市民有志らがこつこつと植樹してきた苗木たちは順調に育っているようだ。穏やかに吹きそよぐ潮風を受け、気持ちよさそうに右に左に揺れている。遠くには大津波に耐えて残った「奇跡の一本松」の雄姿も浮かび上がっていた。

<釜石市:「祈りのパーク」と「いのちをつなぐ未来館」>

「釜石祈りのパーク」の中心部に設置されている芳名版には 犠牲となった市民約1000名の名前が刻まれている=岩手県釜石市

 ラグビーワールドカップの舞台となった釜石市鵜住居(うのすまい)地区にある「釜石祈りのパーク」と「いのちをつなぐ未来館」にも足を運んだ。あの日、200人近くの住民が避難し、うち162人が犠牲となったとされる「地区防災センター」の跡地に整備された施設で、いずれも2019年3月にオープン。パーク内には<3・11の記憶と教訓を未来の命を守るために後世に継承する>ことを誓った市民憲章碑や、犠牲となった釜石市民約1000名の名前をプレートに刻んだ芳名板などが厳かにたたずみ、市内外から訪れた人々が静かに鎮魂の祈りを捧げていた。
 一方、「伝える」「学ぶ」「集う」をキーワードに防災教育の普及に取り組んでいる未来館では、記録映像や写真パネルの展示などのほか、常駐のガイドスタッフが実体験に基づき震災直後の状況や避難行動の様子を解説してくれる。当時、釜石東中学校の3年生で、日ごろから学校や家庭で学んできた「津波てんでんこ」の教えのままに高台へと走り、一命を取り留めることができた菊池のどかさんもその一人。亡くなった人々への想いを吐露しながら、「誰にも二度と同じ思いをしてほしくないから」と伝承活動に汗する理由を話してくれた。

課題・展望 ~勝負の1年~

「伝承ロード」のパンフレット

 伝承施設の登録やピクトグラム(標識)の設置など、着々と整備が進む伝承ロード構想だが、資金の確保やスタッフの補充など課題は少なくない。
 なかでも気掛かりなのは、政府が定めた東日本大震災の「復興期間」(10年間)が、2021年3月末をもって終了することだ。去る6月5日の参院本会議で、復興庁の設置期限を10年間延長することを柱とする改正復興庁設置法などの関連法が可決、成立したとはいえ、国の財政支援に一区切りがつき、全国の自治体やボランティアらによる支援もさらに縮小する可能性がある。徳山理事も「この1年が構想の具体化に向けた重要な期間」として、斬新な情報戦略の展開や自治体、企業、学校向けの研修モデルルートの策定、東北観光とタイアップした防災ツーリズムの開発などの仕掛けづくりを急ぐ必要性を強調。「ポスト震災10年を見据え、今年度中に伝承ロードを一定の認知度を持つ状態にまで押し上げたい」と語る。
 それにも増して頭が痛いのは、ここに来て、降って湧いたように発生したコロナ禍の影響だ。伝承ロードの最前線で教訓を伝える語り部たちの活動は休止・縮小を余儀なくされ、休館状態が続く伝承施設も少なくない。ホテルや旅館など観光業の落ち込みも著しく、このままでは防災ツーリズムの展開や研修モデルルート策定のプランも「画餅」に終わりかねない。ポスト・コロナの時代をにらんだ「新しい伝承スタイル」の創出が求められる。
 ヒントは、やはり現場にあるようだ。宮城県石巻市にある公益社団法人「3.11みらいサポート」では、10代、20代の〝若き語り部〟たちが「語り部動画」を製作し、ウェブサイト上に公開。釜石市の「いのちをつなぐ未来館」でも、コロナによる臨時休館中にウェブ会議システムを使って「オンライン語り部」を実施するなど、新たな道の開拓に挑んでいる。
 次回は、伝承ロード構想の担い手たる彼ら彼女ら語り部たちの姿を伝えたい。

シリーズ「東日本大震災10年目「防災・減災社会」構築への視点」:
第1回 「3・11伝承ロード」構想(上)
第2回 「3・11伝承ロード」構想(下)

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とうげ じゅんじ●1954年大阪府生まれ。創価大学文学部卒。1979年公明新聞入社。 東日本大震災取材班キャップ、 編集委員などを経て2019年からフリーに。編著書に『命みつめて~あの日から今、そして未来へ』(鳳書院)など。