芥川賞を読む 第59回 『スクラップ・アンド・ビルド』羽田圭介

文筆家
水上修一

高齢者介護の現実をどこかユーモラスに描く

羽田圭介(はだ・けいすけ)著/第153回芥川賞受賞作(2015年上半期)

不思議な可笑しさ

 羽田圭介が小説家デビューしたのは、高校(明治大学付属明治高校)在学中の2003年だった。小説「黒冷水」で文藝賞を受賞し、高校生作家誕生ということで大いに注目を集めた。その後、野間文芸新人賞の候補に2度、芥川賞候補にも3度上るなどして、その才能に注目が集まる中、4度目の候補で「スクラップ・アンド・ビルド」が芥川賞を受賞した。

 主な登場人物は3人。介護が必要な祖父と、その介護を担う就職活動中の孫の健斗と、健斗の母(祖父の娘)。ままならぬ肉体の衰えから「死んだほうがまし」が祖父の口癖だった。その祖父の願望を叶えるために孫の健斗は、痒いところに手が届くような過保護な介護によって、祖父自らが体を動かす機会を減らし、それによって筋力低下や神経系統の鈍化を促し、早くあの世に送り出そうとする。甲斐甲斐しく介護する健斗であったが、ある時、祖父の生に対する執着を知って、愕然とする。 続きを読む

『摩訶止観』入門

創価大学大学院教授・公益財団法人東洋哲学研究所副所長
菅野博史

第95回 正修止観章 55

[3]「2. 広く解す」 53

(9)十乗観法を明かす㊷

 ⑨助道対治(対治助開)(2)

 次に、たとい人は円教の捨覚分の観を理解しても、何事につけ物惜しみして執著し、堅く動かず、ただ理解するだけで行動がない場合、このような重大な慳蔽は何によって破ることができ、三解脱門は何によって開くことができるのかという問題を提起している。
 『摩訶止観』には、 続きを読む

連載「広布の未来図」を考える――第10回 今こそ「活字文化」の復興を

ライター
青山樹人

日常の活動で「平和」を考える

――前回(第9回)では、いよいよこれからが正念場という決意で「平和の文化」を構築していくことを論じていただきました。読者からも、日常の活動のなかで一人ひとりが「平和」について考え、学び、語り合っていくことの重要性に気づいたという反響がありました。

青山樹人 この夏は創価学会でも青年部を中心に各地で「平和」や「核廃絶」に関する催しが続きましたね。
 8月6日付『聖教新聞』でも開催が報じられた、「広島学講座」は、広島創価学会・青年部が取り組んできたもので、今回でなんと200回目を数えたということです。200回目の講師は、国連事務次長でもあるチリツィ・マルワラ国連大学学長でした。

 創価学会の平和運動が国内外で信頼され、評価されているのは、ひとつには、このように地道に息長く継続して取り組んでいることです。「広島学講座」にしても、1980年代から地道に継続している。
 ふたつめには、それらが一部の専門家ではなく、文字どおりの無名の庶民たちによって、世代を超えて営まれてきたことでしょう。
 このことは、たとえばマハトマ・ガンジーやマーティン・ルーサー・キング牧師の後継者たちも、驚きをもって見ています。

※参考記事:書評『牧師が語る仏法の師』――宗教間対話の記録

 日常の学会活動から〝地続き〟のかたちで、このような世界的にも稀有な平和運動が継続しているのです。民衆に支えられた、民衆による平和への取り組みです。
 だからこそ、おっしゃるように意識して、再びそれを日常の現場に還元して落とし込み、日頃の活動のなかで「平和」について考えたり学んだりすることが大切かもしれません。

 その際、これまで話し合ってきたように、会員であるなしに関係なく参加できるような方向性やかたちをめざしていけると、より理想的な気もします。 続きを読む

書評『ポピュリズムの仕掛人』――暗躍するスピンドクター(情報を操作する者)の実態を暴く

ライター
小林芳雄

インターネットの登場が政治を変えた

 著者はフィレンツェ市の副市長やイタリア首相のアドバイザーを務め、現在はパリ政治学院で教鞭を執る政治学者。本書『ポピュリストの仕掛人』は、現在、洋の東西を問わず世界中を混乱に陥れている政治運動・ポピュリズム(大衆迎合主義)に鋭くメスを入れたものだ。
 ポピュリズムとひとくちに言っても、その政治的主張は国によって微妙に色合いが異なる。あえて言えば、極端に過激な主張と排外主義に特徴がある。担い手となる支持者も「何かに対して怒りを抱いている人」という特徴があるが、労働者や富裕層などの社会集団に絞ることはできない。従来の分析手法では捉えることは難しいこの運動の本質を、本書では独自の観点から分析している。

 新たに登場した頭のいかれた政治屋たちは、最小公倍数を割り出して人びとを団結させるのではなく、できるだけ多くの小さな集団の情念を煽り、彼らの気づかないところでそれらを足し合わせようと画策する。彼らは多数派を中道(センター)ではなく極端(エクストリーム)に収斂させようとする。(本書16ページ)

「SNSと政治」というテーマは、近年、日本でもさまざまに議論されている。
――SNSを上手く活用した政党が支持を伸ばす。SNSで拡散されたデマが選挙結果に影響を与えている、などの内容が大半を占めている。
 だが、著者の視点はそれらと一線を画している。インターネットとSNSこそが現在の政治状況を生み出したというものだ。 続きを読む

「多党制時代」の日本政治(下)――公明党と支持者の課題

ライター
松田 明

「地中深く打ち込まれた杭」

 かつて公明党のことを「地中深く打ち込まれた杭」と評した政治学者がいた。
 公明党の最大の強みは、やはり全国津々浦々で地域に根を張った支持者がいることである。
 その支持者は公明党を信頼して支持するので、公明党はポピュリズムに流されることをかなりの部分で回避できる。

 世のなかが気分で大きく揺らぎ、政治の液状化が起きるような場面でも、公明党はその地中深い杭があるので、中長期的な視点に立った政策を掲げることができるのだ。
 公明党が20年以上も連立政権の一員として機能できているのも、この「地中深く打ち込まれた杭」があるからだ。

 今でも公明党の支持層のことを「低所得者層」「低学歴層」と決めつけるようなバイアスのかかったジャーナリストや学者がいる。
 熱心な支持層が庶民・大衆であることは事実としても、たとえば主要な支持組織の創価学会の構成員は今ではきわめて多様化している。
 そのことは近年に公明党がリクルートしてきた若手議員たちの、相当にハイスペックなキャリアを見てもわかることだ。 続きを読む