『摩訶止観』入門

創価大学大学院教授・公益財団法人東洋哲学研究所副所長
菅野博史

第79回 正修止観章㊴

[3]「2. 広く解す」㊲

(9)十乗観法を明かす㉖

 ⑥破法遍(7)

 (4)従仮入空の破法遍⑥

 ④空観(4)

 今回は、十乗観法の第四「破法遍」の続きである。破法遍の段落のうち、前回は「広く破法遍を明かす」のなかの「竪の破法遍」・「従仮入空の破法遍」・「見仮従り空に入る観」について紹介した。「従仮入空」の「仮」には、見仮と思仮の二種があるので、「従仮入空の破法遍」の段は、「見仮従り空に入る観」、「思仮を体して空に入る」、「四門の料簡」の三段に分かれている。今回は、「思仮を体して空に入る」、「四門の料簡」について紹介する。 続きを読む

芥川賞を読む 第49回 『きことわ』朝吹真理子

文筆家
水上修一

記憶を行き来する中で霞む存在の危うさ

朝吹真理子(あさぶき・まりこ)著/第144回芥川賞受賞作(2010年下半期)

多くの選考委員がその才能を評価

 前回取り上げた「苦役列車」とダブル受賞となったのが、朝吹真理子の「きことわ」だった。当時26歳。詩人で慶応大学教授の朝吹亮二の娘であり、フランソワーズ・サガンの翻訳を多く手がけた朝吹登水子を大叔母に持つという、いわばサラブレッドということもあって、受賞前から多くの関心を集めたようである。実際、選考会では少しの難点を指摘する声を除いて、多くの選考委員がその才能を高く評価している。

 主人公は永遠子(とわこ)と貴子(きこ)。初めての出会いは永遠子が15歳、貴子が8歳。貴子の両親が所有する葉山の別荘を管理していたのが逗子に住む永遠子の母親。その関係で、毎年夏になると2人は、その別荘でまるで本当の姉妹のように遊ぶのだった。
 やがて、貴子の家族が別荘に来ることがなくなって以降、2人は会うことも連絡を取り合うこともなくなり、再会したのが、その別荘を取り壊すことになった25年後のこと。永遠子も貴子もすでに大人になっていた。 続きを読む

書評『見えない日常』――写真家が遭遇した〝逮捕〟と蘇生の物語

ライター
本房 歩

封印していた国外への旅

 木戸孝子は、近年、欧米の写真展で評価が高まっている写真家の1人である。
 特に注目されているのは、2022年から発表しているシリーズ〈Skinship〉で、自身の出産と子育ての経過、家族の親密さをセルフポートレートの手法で撮ったもの。

 2024年6月、高知県四万十市に暮らす木戸のもとに、ベルギーの有名ギャラリー「IBASHO」のディレクターから連絡があった。「IBASHO」は木村伊兵衛、土門拳、石元泰博、細江英公、森山大道といった日本の優れた写真家をヨーロッパに紹介してきたギャラリーだ。

 ディレクターのアンマリーは、前年の「KYOTOGRAPHIE」のポートフォリオ・レビューで木戸の作品を見ていた。
 アンマリーからの連絡は、2024年11月に開催されるヨーロッパ最大のアート写真フェアである「パリ・フォト」に、木戸の作品を展示したいというものだった。

 今回の「パリ・フォト」の会場は巨大なガラス天井が印象的なグラン・パレ。1900年のパリ万博のために建設された施設で、2024年パリ五輪ではフェンシングなどの試合会場にも使用された。
 34カ国の240ギャラリー・出版社のブースが並び、お抱えアーティストの作品が展示されている。「IBASHO」のブースに並んだのは、木戸の作品シリーズ〈Skinship〉だった。 続きを読む

『摩訶止観』入門

菅野博史
菅野博史

第78回 正修止観章㊳

[3]「2. 広く解す」㊱

(9)十乗観法を明かす㉕

 ⑥破法遍(6)

 (4)従仮入空の破法遍⑤

 ④空観(3)

 以下、具体的に老子・荘子と釈尊との比較をテキストに沿って紹介する。この箇所は、『輔行』によれば九項目に分類されているので、これにしたがうのが便利であろう。また、解釈についても『輔行』を参照する。ただし、この比較は、智顗の時代までに中国に伝来した仏教の総体と老子の『道徳経』五千文とを比較したものも含まれており、公正な比較とは言えないと思うが、なかには興味深い論点もある。 続きを読む

書評『西洋の敗北』――世界的危機の背景に宗教の消滅

ライター
小林芳雄

宗教ゼロ状態

 本書『西洋の敗北』は、ウクライナ危機を始めとする現在の世界の危機の原因を明らかにし、今後の世界の在り方を展望した、今もっとも注目すべき一書である。
 著者のエマニュエル・トッド氏は、ソ連崩壊やリーマン・ショックなどを次々に言い当てたことから、現代の予言者と形容されることもある。しかし、そうした予言は神がかり的な霊感によるものではない。歴史人口学と家族人類学に基づきデータを精緻に分析する、卓越した知性から生まれたものだ。
 現在の世界が置かれている危機的状況はロシアから生まれたのではなく、ましてやウクライナから生まれたものでもない。問題の本質は西側諸国(イギリス、フランス、アメリカ)の自壊現象である「西洋の敗北」にこそあり、そしてその原因は宗教消滅「宗教ゼロ」にこそある。世界各地の家族構造と人口動態に着目した独自の観点から、トッド氏は極めて大胆な議論を展開している。この「宗教ゼロ」に関する分析は、本書の白眉であり、理解するための重要な鍵である。 続きを読む