自公連立政権7年目④――平和安全法制の舞台裏

ライター
松田 明

米国からの強い圧力

 2012年8月に米国の戦略国際問題研究所(CSIS)から出された報告書、いわゆる第3次の「アーミテイジ・ナイ・レポート」は、民主党政権になってからの日本と米国の関係が、東日本大震災での〝トモダチ作戦〟までは「特異な政治的不調和」「日米同盟の漂流」だったと指摘した。
 民主党政権は対中外交も最悪にしていたばかりか、対米関係も最悪にしていたのである。
 そのうえで同レポートは、ホルムズ海峡をイランが封鎖する兆候があった際には、日本は単独で海上自衛隊の掃海艇を派遣し、当該海峡の通航の安全を確保することを要求。さらに「武器輸出三原則」緩和、「集団的自衛権」容認の必要性などを〝提言〟した。
 事実上の日本に対する米国からの強い要求である。
 安倍氏はもともと早くから集団的自衛権容認に意欲を持っていた。首相となり2013年の2つの選挙に勝った彼が、2014年5月になって「限定的に集団的自衛権を行使することは許されるとの考え方」で、与党協議に入り閣議決定をしたいと発言したことは、こうした米国の要求と無関係ではない。
 公明党の山口代表は作家の佐藤優氏から、

 2014年7月1日の閣議決定に至るまで、どこが一番大変でしたか。(『いま、公明党が考えていること』潮新書)

と問われて、こう率直に答えている。

 日本の安全保障を国際社会の枠組み合わせるべきだ」という圧力です。個別的自衛権、集団的自衛権とは、あくまでも国際法の中で言われる概念ですよね。(中略)国際社会が集団安全保障を行なうときに、日本国憲法に合う部分があれば共に行動してもよい。ただし、憲法を逸脱してまで、日本が国際的な流れに追随してはならない。閣議決定によって、そこをきっちり固めたことが大事です。(同)

「政府見解を超えていない」

 日本国憲法第9条は「戦争の放棄」「戦力の不保持」「交戦権の否認」を定めている。ただし、国連憲章は第51条で、「個別的」「集団的」いずれの自衛権も国連加盟国に認めている。
 日本国憲法は、前文で全世界の国民が平和のうちに生存する権利を有していると謳い、第13条では国民の生命、自由、幸福追求権も謳っている。
 ここから日本政府は、「自衛のための武力行使」は日本国憲法のもとでも許されるとして、その最小限の範囲を1972年(昭和47年)に政府見解「集団的自衛権と憲法との関係」としてまとめた。その末尾には、

 他国に加えられた武力攻撃を阻止することをその内容とするいわゆる集団的自衛権の行使は、憲法上許されないといわざるを得ない。(※この「政府見解」は、「立法と調査」372号[平成27年12月14日]掲載資料に参考資料として引用されている)

と明記されている。この「いわゆる集団的自衛権」がフルスペックの集団的自衛権を指すことは内閣法制局長官が国会答弁している。
 2014年7月1日の「閣議決定」は、この1972年の内容をきちんと引用し、

 この基本的な論理は、憲法第9条の下では今後とも維持されなければならない。(「閣議決定」2014年7月1日)

と記しているのだ。
 憲法9条を変えないかぎり、1972年政府見解を超える集団的自衛権の発動はできないと、今回の閣議決定は明言しているのである。
 7月14日、15日の衆参予算委員会で、横畠内閣法制局長官(当時)は公明党の北側一雄副代表や西田実仁参議院幹事長の質問に対し、この閣議決定は、

①いわゆる集団的自衛権の行使を認めるものではない
②憲法の基本原則である平和主義をいささかも変更するものではない
③昭和47年の政府見解の基本論理を維持したもの

と明確に答弁している(7月14日「衆議院予算委員会」7月15日「参議院予算委員会」)。
 従来は個別的自衛権の際限ない拡大解釈によっておこなっていた自衛隊の運用についても、山口代表が言うように、むしろ国際的な流れに追随することなく憲法9条のもとで新3要件を定め、「できること」「できないこと」を一層明確にしたのが、この閣議決定だった。

答弁を変えた安倍首相

 当初、安倍首相は自衛隊がホルムズ海峡での機雷除去をすることもあり得ると国会答弁していた(2014年7月15日参議院集中審議など)。
 しかし、平和安全法制が採決される直前の2015年9月14日、参議院の「我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会」で、同じ与党である公明党の山口代表自身が重要な答弁を岸田外相(当時)と安倍首相から引き出した。

山口 現実にこの湾岸諸国でイランなどがホルムズ海峡に機雷を敷設するような国際情勢が想定できるのでしょうか。
岸田外相 政府としましては、イランを含めた特定の国がホルムズ海峡に機雷を敷設するとは想定しておりません。
山口 こういうところで武力を使う、自衛権を使って掃海作業をするということは避けるべきだと思いますが、現実に、総理、自衛権を使ってこのペルシャ湾で掃海をするということは、今のイラン、中東情勢の分析からすれば、これ想定できるんでしょうか。
安倍首相 ホルムズ海峡における機雷掃海は新三要件に該当する場合もあり得るものでありますが、今現在の国際情勢に照らせば、現実の問題として発生することを具体的に想定しているものではありません。(参議院議事録 平成27年9月14日)

 こうして2012年からの流れを概観するだけでも、公明党の存在が日本の平和にどれほど大きな役割を果たしたか一目瞭然ではないだろうか。
 武力衝突寸前だった日中間で、即座に対話を回復させ、首脳どうしの信頼を構築し、今では首脳の往復外交ができるまでにさせた。
 国際社会からの強い圧力で安倍首相が一旦はフルスペックの集団的自衛権を容認しようと動いた際も、与党協議を通して従来の政府見解を出ないものにしたばかりか、新たに新3要件の縛りをかけて、自衛隊の運用をさらに厳格にした。
 公明党が「平和の党の理念を捨てた」とか「連立から離れるべき」等と主張する人々は、何を見ているのだろうと思う。

「批判するのは易しい」

 バブル崩壊から、ちょうど第2次安倍内閣が発足したあたりまでの時期は「失われた20年」と呼ばれている。
 さまざまな要因はあろうが、平成のはじめに自民党の長期政権が崩壊したあと、首相が毎年のようにクルクルと交代したことは象徴的だ。つまり、政権のなかで合意形成ができず、いたずらに対立を激化させ、政権内部での権力闘争が繰り返されていたということなのだ。
 政治家はひたすら次の選挙での自身の当落だけを考え、政治のエネルギーが、内政にも外交にも向かず、政権内での足の引っ張り合いに終始したような時代が、20年も続いていた。それは民主党に政権交代したあと、とくに顕著だった。
 第2次安倍政権が発足して以降、山口代表の率いる公明党は、党内でも議論が分かれた特定機密保護法やIR整備法でも最終的に自民党に賛成した。
 財務省の公文書改竄、自民党議員や閣僚の不祥事、不適切発言にも、抑制的な批判に留めてきたように見える。
 これらをもって「ブレーキ役を果たせていない」という非難があることについて、2018年10月のNHKのインタビューで山口代表は率直に語っている。

 批判するのは易しいんです。しかし、それによって、どういう影響が出てくるかということを考慮しなければなりません。例えば、民主党政権の時、あるいは、前の自公連立政権の第1期のことを顧みますとね、やはり政権の中での合意がなかなかできない。ギクシャクする。それが政権の体力をどんどん奪っていった。そして政権交代に結びついてしまった。
 政権が曲がりなりにも、5年あまり安定し、安倍総理大臣が幅広い外交活動を展開することによって、日本の存在感というものが、国際社会の中ではっきりと示されるようになってきた。また、経済についても、失業を減らし、雇用を増やし、賃金を上げ、企業の利益を増やすという結果を出しているという点では、評価できる点があると思っています。これは政権安定の結果のたまものです。(「NHK政治マガジン」2018年10月10日)

 公明党が安定したパートナーとして政権に影響力を示せば示すほど、それを疎ましく思う勢力はあるだろう。
 隙あらば息を吹き返そうとしているナショナリストも、メディアの耳目を集める〝ケンカ〟を売って劇場型政治を仕かけようとするポピュリストも健在だ。
 どんなに美辞麗句を語っても、実務能力もなく内輪の権力闘争ばかりに明け暮れる政党が政権を獲ればどんなことになるか、国民は民主党政権でイヤというほど実感した。
 7年目に入った自公連立政権。長期政権になればなるほど驕りやたるみが生まれることも必至だ。だからこそ、「政権内野党」としての公明党の存在は一層重要になる。
 統一地方選挙と国政選挙が重なる2019年。心して政治を監視し、観念ではなく現実で、よりよい政治を実現させていきたい。

「自公連立政権7年目」シリーズ:
自公連立政権7年目①――政権交代前夜の暗雲
自公連立政権7年目②――首相の巧妙な戦術
自公連立政権7年目③――大きく好転した日中関係
自公連立政権7年目④――平和安全法制の舞台裏

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