連載エッセー「本の楽園」 第16回 古本者

作家
村上 政彦

 古本屋――それは本好きが最終的に行き着くところ、ある意味で象の墓場のような場所である。
 僕の「古本屋」体験を語りたい。このコラムで「町の本屋」を取り上げたとき、僕の「本屋」体験を書いた。家の近くにあるS書房という小さな本屋へ通って、漫画を入り口として文学を読むようになった。S書房の文学の棚が、ほぼそのまま僕の部屋の本棚へ移った。
 そのころになると1人で街歩きをすることが増えた。気になる場所ができた。S書房とは、ちょっと趣の違う本屋だ。表にワゴンがあって、どっさり本が積み重ねてある。中へ入ると、独特の匂いがする。古くなった紙の匂いだ。棚に並んでいる本は、S書房のようにぴかぴかではなく、褪色している。この店は、いわゆる古本屋だった。
 そこには新刊の本屋や図書館にもない本が置いてある。しかも本を買うばかりか、売ることができた。僕はS書房で買って読み終えた本を古本屋へ持っていってお金に換え、そのお金でまた欲しい本を買った。僕の家へ遊びに来た友人は、村上の本棚は、S書房、古本屋の棚とつながっていて、循環している、と笑った。

 忘れられないことがある。馴染みになった古本屋で、カフカの全集が出たけれど見るか?と声をかけられた。店主が奥から抱えて来た段ボール箱には、1冊ずつきれいにパラフィン紙のカバーがかけられた全集がおさまっていた。裏表紙には、端の決まった位置に蔵書印が押してある。持ち主は、この全集を大切にあつかっていたようだ。
 値段を訊くと、僕の2ヵ月分の小遣いを少し上回る程度だった。どうしても欲しかった。親に小遣いを前借りして、と思案していたら、支払いはあとでいい、といわれて、そのまま段ボール箱をかかえて帰った。
 新しく手に入れた本のページを繰るときの、未知の世界への扉を開くようなわくわくする感じを愉しみながら、全集をぱらぱら眺めていたら、何巻目かに1通の手紙がはさんであった。宛名は蔵書印と同じ。つまり、持ち主に来た手紙だ。僕は少し考えて古本屋へもどった。
 店主に事情を説明すると、預かるという。そのとき、僕は手渡したいから住所を教えて欲しいと頼んだ。大切にカフカの全集をあつかっていた持ち主に会ってみたいとおもったのだ。いまなら面倒だから、そんなことは考えない。若気の至りというしかない。
 ほんとうは顧客の住所は教えないのだが、といいながら、店主は大学ノートを見せてくれた。僕は住所をメモして店を出た。その週の日曜の午後になって持ち主の家を訪ねた。僕の母親よりも少し年配の婦人が現われ、それは息子の手紙に違いないと上へあげてくれた。
 居間へ通されると、30歳前後の瘠せた男性が入って来て、あの全集を買ったのは君ですか? といった。僕は手紙を渡して、中は読んでません、といった。すると男性は笑いながら手紙を開けて、便箋を取り出し、こちらへ寄越した。それは白紙だった。僕はわけが分からなかった。
「僕は本を大事にする性質でね」と彼はいった。「売った本が誰の手に渡るのか知りたかったんだよ」
 男性は、ほかの本には、お守りや電話番号を記したメモや、さまざまなものをはさんでおいたのだという。どうやら届けに来たのは、僕が最初らしかった。
「そんなに大切な本なら、どうして売ったんですか?」
 男性は一瞬の沈黙のあと、自分は死病に罹っていて、もう長くないのだ、といった。僕が返す言葉に詰まっていたら、こともなげに、
「嘘だよ」と笑った。
 男性は、大学の法学部を卒業して、司法試験を受けたのだが、10年間、不合格だったので諦めることにした、勉強漬けの日々を送って来たのでしばらく旅に出たい、その費用に充てるため、蔵書を売ったのだ、といった。
 その後、僕はココアをご馳走なり(このとき初めてバンホーテンのココアを飲んだ)、カフカについて話し込んだ。男性は精妙なカフカ読みで教わることが多かった。
 その日以来、彼とは会っていない。長い旅に出たのか、それとも実は死病に罹っているのがほんとうだったのか、いまとなっては分からない。ただ、僕は、それからカフカ全集を開くたびに、男性と一緒に意見を交換しながら読んでいるような気がした。

 他者とともに作品を読む感じ――これは僕にとって、古本を読むことの大きな愉しみだ。だから、買い求めた古本に、ページを折って耳がつくってあったり、傍線が引いてあったり、書き込みがしたりしてあっても気にしない。むしろ歓迎する。
 かつての持ち主の意見に耳を傾け、共感したり、批判したり、いってみれば1人読書会を愉しむのである。せっかく見つけた本は、雑音に邪魔されず、ひとり静かに読みたいという向きもあるだろう。それもまた、古本を読む愉しみだ。古本には、さまざまな愉しみ方があるのだ。
 あー、古本屋へ行きたくなってきたな。でも、今日は外に出るのも面倒……あれ、こんな本があるぞ。
『本の雑誌別冊16 古本の雑誌』。全国のすぐれた古書店を案内したり、古本屋の開業の仕方を指南したり、谷根千(谷中・根津・千駄木)で始まった1箱古本市の出品者の紹介をしたり、本探し探検隊による古本探索の実験があったり、古本をめぐるさまざまな話題が愉しめる。椎名誠の名作エッセー、『さらば国分寺書店のオババ』の再録もある。
 種村弘の「西荻セット」という記事は共感できる。

「中央線沿線には魅力的な古書店が多い。」

 というわけで、この本の筆者は自分が暮らす西荻のいい古本屋と、その近くの飲食店をセットにした散歩コースをいくつか持っている。そのうちのひとつ。

「なずな屋」(注・古本屋)の独特な空間の中で、流れる奇妙なBGMを聞いていると、ほろほろと自由な気持ちになってくる。現代社会の枠組みから少しくらい外れていてもそれなりに楽しく生きていけるぞ的な感覚が活性化されるようだ。(中略)そこから徒歩数十秒のところに珈琲がおいしい「どんぐり舎」(「どんぐりや」と読みます)がある。実に落ち着く雰囲気。どの席にもすっぽりはまり込むことができる。西荻友達の平松洋子さんによれば、ゲラ読みに煮詰まったときも、ここのテーブルに坐ると魔法のように仕事がはかどる、とのこと。そう云えば物書きっぽいお客さんも多いようだ。

 植草甚一は、古本屋巡りで得た収穫をジャズ喫茶で確かめるのが愉しみだったようだけれど、僕も同じだ。若い頃に暮らしていたのは田舎だったので、ジャズ喫茶はなかったが、おいしいコーヒーを出す喫茶店で、買ったばかりの古本を味見するのは何よりの快楽だった。この記事を読んでいると、そのときの気分がよみがえる。

 さて、冒頭で、古本屋は本好きが最終的に行き着くところ、と書いた。そこへたどりついて、ただの本好きがこじれると「古本者」になるという。どういう存在か?
「座談会 古本者人生すごろくを作ろう!」でkashiba@猟奇が語るのをまとめると、こうだ。
 古本者も、もとは単なる本好きである。ところが好みの作家やジャンルができて読み続けているうちに、新刊を置いた本屋や図書館では手に入らない本があることに気づく。そして、古本屋にたどりつく。
 やがて新刊よりも高額な「古書」を買い求めるようになり、その費用を捻出するため、新刊も「新古本」で買うようになる。蔵書が1000冊を超え、ひとつの本棚におさまりきらなくなる。
 就職すると、自分のお金ができるので、ネットで買ったり、大人買いをしたりする。さらに蔵書が増え、オークションで処分する。翻訳本が出るのを待てずに、せっせと語学を学び、原書に手を出す。すると、対象の「古書」が増え、蔵書が10000冊を超える。
 結婚。妻の居場所をつくるために1部屋分の蔵書を処分する。子供ができる。子供の居場所をつくるために、また蔵書を処分する。しかしそれでも蔵書の重みで家の床が抜け、離婚される(笑)。心の隙間を埋めるために大人買いを繰り返し、また蔵書が10000冊を超える。
 古本者の末期症状は、①古本の本を「本の雑誌社」から出版する(笑)。将来、値の上がりそうな少部数の同人誌を編集する。②編集者になって、かつて高額で手の届かなかった絶版本たちを「浄化していく」(復刊するということですかね)。③「角川横溝文庫」、「創元旧整理番号」などで、新しい市場を創り出し、「古本者」を相手に荒稼ぎする――。

 その後のなりゆきは、『本の雑誌別冊16 古本の雑誌』を読んでください。古本の世界は、実に奥深い。あー、やっぱり古本屋へ行こう!

お勧めの本:
『本の雑誌別冊16 古本の雑誌』(本の雑誌編集部編/本の雑誌社)


むらかみ・まさひこ●作家。業界紙記者、学習塾経営などを経て、1987年、「純愛」で福武書店(現ベネッセ)主催・海燕新人文学賞を受賞し、作家生活に入る。日本文芸家協会会員。日本ペンクラブ会員。「ドライヴしない?」で1990年下半期、「ナイスボール」で1991年上半期、「青空」で同年下半期、「猟師のベルカント」で1992年上半期、「分界線」で1993年上半期と、5回芥川賞候補となる。他の作品に『トキオ・ウイルス』(ハルキ文庫)、『「君が代少年」を探して――台湾人と日本語教育』(平凡社新書)、『ハンスの林檎』(潮出版社)、コミック脚本『笑顔の挑戦』『愛が聴こえる』(第三文明社)など。