連載エッセー「本の楽園」 第156回 木と話す?

作家
村上政彦

 木と話すそうだ。木とは樹木の木である。大丈夫か? とおもった人は少なくないだろう。僕も、そうだった。特にプロローグの、明治神宮にいる樫の木のスダジイとのやりとりは、これは……と感じた。
 あるとき著者がスダジイに、そこでなにをしているのか尋ねたら、すごいエネルギーが返ってきたのだという。しかも、人間についての辛口な批評がふくまれたメッセージとともに。
 そこからスダジイのモノローグがつづく(これは著者がうけとった植物の思いを言葉に翻訳したものだ)。スダジイが言うには、日本にはいくつか国の錨(アンカー)になる場所があって、植物たちはそこへ地球の強い生命エネルギーを流すことで、自然のバランスを保っている。
 しかし人間はバランスを崩すようなことをする。つりあいを失ったところは蝕まれて、人間や動物が病むこともある。実は、人間も地球の生命エネルギーの場にいるのだが、それを意識することができず、地球の生命エネルギーに同調する力を失っている――。
 などなどとメッセージを伝えてくるのは、「木の魂の中でも、大元の魂」。そして、地球上の植物はすべてが大元の魂とつながっている。木にもいのちが宿っているのだ、という。
 これは著者が翻訳したスダジイの思いであり、それを著者なりの言葉で説明すると、

地球のエネルギーを、私なりに表現すると、全ての存在をありのままに受け容れ、育み、生かそうとする、根源的な愛の思いである

となる。
 この惑星で生きるものたちは、動物も、植物も、各々それぞれの姿で地球のエネルギーを表現している。

私は、人間も植物と同じように、この自然のエネルギーと一つになって生きることが、一番幸せな道だと思う。そのためには、スダジイが言うように、まずは、森のエネルギーを感じる感性を取り戻すことが必要なのではないだろうか

 このあたりまでで、これはかなりなスピリチュアル本だぞ、とおもった。著者は、東大卒の理学博士。専門はコンピューター工学。ITの世界とスピリチュアルの世界は、わりと親和性が高い。
 パソコンと向き合うのに疲れたら、禅だの、マインドフルネスだの、あちら側の世界に癒しを求める人々は、結構いるらしい。著者もそうなのだろうか、と読み進めると、あれ? ちょっと違うぞ、とおもいはじめる。
 著者は、独自の作法でトマトをつくっている農家に触発されて、稲作をやってみた。試行錯誤の末、一粒の種から500本を超える茎が出るところまでいった。しかし巨大になった稲の株を育てつづけることができなくなり、引き抜かなければならなくなった。
 当時、著者は、まだ植物と話ができるまでにはなっていなかった。それから少しずつ植物に学んだ。たとえば植物の持つ癒しの力。樹木は傷つけられたときに、フィトンチッドという揮発性物質を放出する。この物質には殺菌力があって、森林浴とはフィトンチッドを浴びることだ。
 ただ、フィトンチッドとは、樹木が放出する化学物質の総称なので、樹木によって、森の植生によって内容はさまざまである。著者は、「ブナなどの落葉系の広葉樹は一般に優しい感じがして好き」だという。
 著者は、高尾山の森に入り、屋久島の縄文杉を訪ね、帰ったホテルのロビーで、縄文杉からのメッセージをうけとる。

今日は、ご苦労様でした。あなたが、おいでになるのをお待ちしておりました。私は、屋久島の、この島を守る精霊の長であります

 あれれ? また、スピリチュアルになってきたぞ。アジサイをあつかった章では、こういう。

 アジサイの花は、物理的には、無数の細胞からなる生命体であり、茎があり、葉があり、根があり、花をつけるが、本当はそれだけではない。
 個々の細胞が新陳代謝をして生きているから全体としてアジサイが生きているという理解では十分ではない。このアジサイを活かそうとする力が働いていて、その結果として、アジサイが生きているのである。
 アジサイを生かそうとする力の根源のところが、アジサイの魂とつながっている。アジサイの魂に、自分自身を精霊として表現する力があれば、精霊として現れてくれる

 稲作に重要な水をあつかった章では、水の酸化還元電位(水の酸化度)を測定して、数値が低いほど植物の根が健康であることが分かった。そして、シャウベルガーという在野の研究者が、水が螺旋運動でエネルギーを生じさせることを発見したと知って、水道水を螺旋運動させると、酸化還元電位が下がるという結果を得た。ただ、水には不明の部分が多いので、現象の説明だけにとどめておくという。
 うーむ。スピリチュアルなのか、サイエンスなのか。
 後段のところに、植物と話をする方法が書いてある。これは、実証実験するしかあるまい。
 読者のみなさん、報告をお待ちください。

お勧め本:
『地球人のための超植物入門――森の精が語る知られざる生命エネルギーの世界』(板野肯三/アセンド・ラピス)


むらかみ・まさひこ●作家。業界紙記者、学習塾経営などを経て、1987年、「純愛」で福武書店(現ベネッセ)主催・海燕新人文学賞を受賞し、作家生活に入る。日本文芸家協会会員。日本ペンクラブ会員。「ドライヴしない?」で1990年下半期、「ナイスボール」で1991年上半期、「青空」で同年下半期、「量子のベルカント」で1992年上半期、「分界線」で1993年上半期と、5回芥川賞候補となる。他の作品に、『台湾聖母』(コールサック社)、『トキオ・ウイルス』(ハルキ文庫)、『「君が代少年」を探して――台湾人と日本語教育』(平凡社新書)、『ハンスの林檎』(潮出版社)、コミック脚本『笑顔の挑戦』『愛が聴こえる』(第三文明社)など。