書評『夜のイチジクの木の上で』――‶中途半端さ〟で生き残る動物の生態

ライター
小林芳雄

シベットとはいかなる生き物か

「新・動物記」シリーズは、動物の魅力にひかれた若手の研究者が、多くの努力を重ねながら、動物の生態や社会を明らかにするドキュメンタリーシリーズだ。本書はその第4巻にあたる。多くの写真やイラストが収録されており、さらにはQRコードをスマホで読み取ると、現地で収録した動物や鳥の映像や鳴き声などを見たり聞いたりができる。最新の学術成果を一般の読者で学べるさまざまな工夫が凝らされている。
 本書『夜のイチジクの木の上で』の著者は若手の女性の研究者である。「知的好奇心」と「たのしさ」を重視しているだけあって、研究の過程で出会った動物の生態やエピソードなどを小気味のよい、分かりやすい文体で、楽しく紹介している。動物や生態系に興味があれば、高校生や中学生でもじゅうぶんに読み通すことができる内容だろう。
 本書の主役となる動物はシベットである。この耳慣れない名前の動物の姿が思い浮かぶ人はほとんどいないだろう。古くはジャコウネコと呼ばれていたが、同じ食肉目でもネコとは全く違う動物である。読者の誤解を招かないために本書では一貫してシベットと表記されている。
 アジア・アフリカ大陸に広く分布しているシベットは、見た目は胴長で尻尾も長い。しかしそれ以外にこれといった特徴がない。その生活は多様であり、約10年間、調査・研究してきた著者でも典型的な姿を思い浮かべることができないという。ちなみに、日本の都会でも最近目撃されるようになったハクビシンはこのシベットの一種である。
 著者がシベット研究をしようと思ったのは高校生のときに、マレーシア・ボルネオ島のジャングルで偶然出会ったのがきっかけだった。しかしその生態を調査するのは困難を極めた。著者が研究対象にしたパームシベット亜科に分類される数種類は、先行研究がほとんどない。その理由は生態にある。
 シベットは夜行性で単独行動をとり、エサをとるときと移動をするとき以外はそのほとんどを樹上で過ごす。しかもそれが熱帯雨林の樹上だから蔦や蔓に絡まってしまうので、ドローンで観察するわけにもいかない。そこで著者は、あるときはナタで植物をかき分け、あるときはロープとワイヤーを使って樹上に登り、シベットの捕獲や観察をしていく。

中途半端だから生き残った

やはり、シベットは中途半端な動物なのだ。だが、中途半端だからこそ、木に登って果実を食べ、果実が少ない時期には昆虫を食べるなど、環境の変化に柔軟に対応して、食物を変えることができる。それが、完全な果実食とも雑食とも言えない歯や消化管などの形態を維持し、ゆるく柔軟な個体関係を形成するに至ったのだろう。(中略)中途半端こそがシベットの最大の適応であり武器なのだ。(217ページ)

 そして何よりも興味深いのはパームシベットだ。食肉目に属するというぐらいだから、からだの構造も肉食に向いている。しかし摂取している食物のほとんどが果物のイチジクだ。だから消化しきれず、いつもお腹を下している。胴長短足、しかも種類によっては代謝能力が極めて低い。人間でいえばメタボのような体型をしている。色覚能力も人間とくらべるとはるかに低い。では、これといって優れた能力もないのに熱帯雨林の生存競争で生き残れたのはなぜか。著者の導き出した答えは、中途半端な動物であるからこそ厳しい環境に柔軟に対応できた、というものだ。弱肉強食の自然界で、こうした生存技術があったとは想像を上回るものだ。

短所が長所に変わる

発達障害で悩む方々にお伝えしたい。この節で書いた私の感覚や体験に共感できる方は多いかもしれない。環境が変われば、長年の苦労の原因が武器になることがある。研究者を目指せと言う気はさらさらないが、生きづらい、と感じている場合は、勇気を出して生活環境を変えてみてはいかがだろうか。(本書231ページ)

 驚いたことに、行動的でコミュニケーション能力に秀でているように思われる著者は、実は発達障害の一種、アスペルガー症候群であるという。視覚や聴覚や嗅覚が過敏なので、小学校では周りの人となかなか馴染むことができず、友達もいなかった。しかしそうした特質がジャングルでの生活や動物の調査や観察にはいかんなく発揮された。短所も置かれた環境によっては長所に変えることができる――この著者の体験は、生きづらさを抱えた人にとって大きな励ましになるだろう。
 本書で描かれるボルネオのジャングルやシベットの生態は驚きに満ちている。シベットは中途半端な能力しかも持っていないからこそ、環境に柔軟に対応し他者との競合を避けることができた。体に合わないイチジクを食べ続けいつもお腹をこわしているからこそ、植物の種子を散布し熱帯雨林の生態系の維持に貢献をしている。
 私たちは自分の持つ特徴や特質を長所や短所と一面的に割り切って考えることが多々ある。しかし本来、それはかけがいのない個性であるともいえる。
 想定を超えた変化をする時代を生き抜くために必要なのは、競合する他者との共存を可能にするような柔軟さであり、短所を長所に変えていくような、したたかさなのかもしれない。

『夜のイチジクの木の上で フルーツ好きの食肉類シベット(新・動物記4)』
(中村雅著/京都大学学術出版会/2021年10月5日刊行)


こばやし・よしお●1975年生まれ、東京都出身。機関紙作成、ポータルサイト等での勤務を経て、現在はライター。趣味はスポーツ観戦。