書評『自己啓発の罠』――健全な技術と社会のあり方を考える

ライター
小林芳雄

孤立した「病的なナルシスト」を育てる

 近年、自己啓発が大ブームだ。どんなに小さな町の書店でも、その棚には自己啓発に関する書籍が必ず並んでいる。さらにインターネットが発達した現代ではソーシャルメディアを利用した広告も多く、目につくようになった。また転職サイトなどでは利用者がキャリア形成をするために自己啓発をすすめていることもあるようだ。さらには心身の健康に関する分野も人気が高い。
 著者はウィーン大学で教授を務める哲学者・倫理学者。本書『自己啓発の罠』では現代の自己啓発文化を多角的に議論し、その危険な側面を明らかにする。アメリカでは50億ドルともいわれる市場があり、多くの企業が社員の教育やメンタルケアのために取り入れている。その危険性はどこにあるのだろうか。

あまりにも自分を中心に考え、社会から孤立することは、心理学的に危険である。社会学の創説者の一人エミール・デュルケームは、そこから死に至る可能性(特に自殺)を指摘する。彼はこれを自己本位的(利己的)自殺と呼ぶ。(中略)むしろ彼は、社会的統合の欠如こそが問題であると主張した。自己啓発への私たちの強迫観念も、個人の問題というよりは主として社会の問題であって、社会レベルでの解決を要するのだ。(本書35ページ)


「自己の能力を高める」「自己の心を開発する」ことを目的とする自己啓発は、歴史上どの時代にも存在してきた。しかし現代では情報技術の発達と極端な競争社会が自己啓発に結びついている。ここに大きな危険性があると著者は考える。
 極端な競争社会のなかで勝ち残るためには、自分に集中し独自性を見つけ、自己の能力を高めなければならない。しかしそれは極端な個人主義へと至る危険性を孕んでいる。
 また競争で重要になるのは自分の商品価値である。情報技術が発達した現代社会で多くの人はインターネットを介して自分の評価を確認する。SNSでの評価、〝いいね〟や〝コメント〟の数である。それが、ディスプレイに映る自分を眺める「病んだナルシスト」を生み出す。そこには具体的な人間関係が欠けている。あるのは孤独と歪んだ自己執着である。
 著者は、現代人は自己啓発を望んでいるのではなく強制されているのだ、と指摘するとともに、自己啓発が流行するのは「病んだナルシスト」が数多く存在する社会だとする。

見直すべきは〈自己〉の概念

私という存在はデザインされたものではない。私は自分があたかも事前に準備されていた透明な人工物あるいは生産物であるかのように、接することはできない。自分が現れるのは、私が他者との相互作用している時や出来事に対応している時である。その時に「私になる」、私はモノではなくて物語なのである。(本書99ページ)

 著者は自己啓発の前提となる〈自己〉を再検討する。人間はモノではない。白紙のようにまっさらな存在として誕生するわけでもない。必ず特定の文化と歴史といった背景をもっている。それをあたかもコンピューターをアップデートするかのように、自分を好きなように作り変えられると錯覚している現代人が多い。人間は、生まれ落ちたときから命を終えるまで周囲の人びととの関係のなかで生きている。他者との交流をとおして、はじめて自己といっても形成されるそうした関係的存在としての人間を忘れて、孤立した純粋な自己を想定する。そこに誤りがあると著者はいう。他者との関係性なくして、自己は存在しないのである。

求められるのは自身と環境の改善

 こうした「他者」には人間以外のものも含んでいる。もし私たちが自分を関係的なあり方で理解するなら、純粋に人間中心的な自己啓発概念は、批判され克服されるべきである。この地上の他者は人間だけでなく、人間以外の動物や自然環境も含んでいる。私が何者であるかという「私の物語」は、他の動物や、生態系や、この惑星といった他者の物語と接続される必要がある。(本書142ページ)

 自己啓発に熱心な人たちは基本的に周囲の環境に目を向けることがない。政治意識は極めて希薄である。瞑想や健康に関心をもつ反面、周囲の環境には無関心な人が多い。著者は、人間が関係性の上に成り立っている存在である以上、そうした姿勢では本来あるべき自己の改善はできない。本当に人生の改善を望むならば自己と自己を取り巻く環境の改善を目指すべきである、というのが著者の主張だ。
 本書は、自己啓発という極めてありふれた現象がもつ逆説と危険性を明快に論じている。現在、AIチャットが話題になっているように、情報技術は加速度的に進歩している。それにともない、人間関係がますます抽象的になり希薄化する危険性すらある。そうした時代であるからこそ、友人や家族など身近な人々との結びつきを深める対話、そして時には人格を錬磨する対話が必要とされているのではないだろうか。具体的な人間関係に裏打ちされた、相手の息遣いが聞こえるような対話こそ、人間を向上させるためには欠かすことのできない要件なのであろう。

『自己啓発の罠 AIに心を支配されないために』
(マーク・クーケルバーグ著/田畑暁生訳/青土社/2022年10月25日刊行)


こばやし・よしお●1975年生まれ、東京都出身。機関紙作成、ポータルサイト等での勤務を経て、現在はライター。趣味はスポーツ観戦。