特集⑮ 神奈川の海を見つめて――「共戦」と「正義」の揮毫

ライター
青山樹人

第3代会長を辞任

 池田会長を追い落とそうとする集中砲火のなかで、会長は泰然と未来を見据えていた。
「七つの鐘」が鳴り終わろうとする今こそ、21世紀へ向けて、いよいよ世界広宣流布の本格的な建設期に入らなければならない。
 4月12日、会長は元赤坂の迎賓館で来日中の鄧穎超氏と7カ月ぶりに再会した。故・周恩来首相の夫人であり、この折は全人代代表団の団長として衆参両院議長の招きで訪日していた。
 翌13日には、これまで何度も語らいを重ねてきた松下幸之助氏と会談。16日には、米国の前国務長官キッシンジャー博士の来訪を出迎えた。
「波浪は障害にあうごとに、その頑固の度を増す」――これは、若き日からの会長の座右の銘である。
 会長は、襲い来る障魔の大波をも、新しい時代の扉を開く好機に転じようとしていた。
 1979年4月24日の午後。テレビ、ラジオがいっせいに「池田会長が辞任へ」という速報を告げた。全国紙の各紙夕刊は一面でその出来事を大きく報じた。
 驚いたのは、全世界の創価学会員である。会長就任以来、19年間。ひたすら会員同志を励まし、激闘につぐ激闘で学会を日本一の民衆勢力に発展させ、世界に仏法をひろめたのは「池田先生」である。その大功労者である先生が、なぜ会長職を退かねばならないのか、と。
 同日夜、信濃町の聖教新聞本社で記者会見が開かれ、池田会長が名誉会長になり、北条理事長が第4代会長に就任することが発表された。
 翌日の『朝日新聞』朝刊は解説記事のなかで、こう触れている。

 池田氏は辞任について事前に外部の人と相談した気配はないが、その意向をなんとなくもらした人として先に来日した故周恩来氏の夫人鄧穎超さん、キッシンジャー前米国国務長官のほか、財界の松下幸之助氏らをあげているが、いずれも反対されたという。(『朝日新聞』1979年4月25日)

「われ一人正義の旗持つ也」

 同時に法華講総講頭も辞任。しかし、1975年に就任したSGI(創価学会インタナショナル)会長であることには変わりなかった。
 ここからは煩雑さを避けるため、表記を「SGI会長」とする。
 9日後の5月3日。八王子市の創価大学中央体育館を借りて創価学会第40回本部総会が開催された。
 創価大学に到着したバスから降りてくる日蓮正宗の僧侶たちを、池田SGI会長は照りつける太陽の下に立ってていねいに出迎えた。だが、僧侶たちは大功労者の前を傲然と通り過ぎていった。
 万余の会員が埋め尽くす体育館。「七つの鐘」終了の佳節を慶祝する晴れやかな式典のはずであったが、壇上席の半分は袈裟を着た僧侶たちが占め、冷たい表情で会員たちを見おろしている。
 SGI会長は途中から登壇して、つとめて朗らかに挨拶し、すぐに壇上を去った。
 凍りついた空気のなか、総会では北条浩・新会長の挨拶、日蓮正宗・細井日達法主の特別講演などがあった。
 本部総会を終えたSGI会長夫妻は創価学会本部には帰らず、そのまま横浜に向かい、午後七時前、山下公園の正面に落成したばかりの創価学会神奈川文化会館に到着した。
 出迎えた同志に、SGI会長は「私は元気だから大丈夫だよ。創価学会は何も変わらないから安心して」と励まし、「もう使わないから、記念に」と〝創価学会会長〟の名刺を配った。
 この5月3日の『読売新聞』には、同新聞社と米国ギャラップ社が実施した日米の生活意識調査の結果が掲載されていた。
 日本国民が選んだ「最も尊敬する有名な日本人」上位20人は、吉田茂、野口英世、二宮尊徳、福沢諭吉、昭和天皇と続き、6位が〝池田大作〟となっていた。現存する民間人では1位で、宗教界からはただ1人である。民衆の支持は明白であった。
 この夜、SGI会長は筆をとり、一気呵成に「共戦」と揮毫した。脇書きには「生涯にわたり われ広布を 不動の心にて 決意あり 真実の同志あるを信じつつ 合掌」と綴った。
 この揮毫が公表されるのは、30年後の2009年のことである。さらに5月5日、SGI会長は「正義」と揮毫した。

 神奈川文化会館の前から、海を見つめて、これからは全世界の指揮を執ろう! 小さくて窮屈な、嫉妬の小国よりも、世界に向けて指揮を執ろう! そう決意していたのである。(「2006年1月12日 神奈川・静岡合同協議会」/『聖教新聞』同年1月16日付)

 第三代会長を辞任した直後の昭和54年5月5日。
 吹き荒れる迫害の烈風のなか、私は、ここ神奈川文化会館で筆を執り、「正義」の文字を認めた。そして、その脇に「われ一人正義の旗持つ也」と記したのである。何があろうと、正義は正義である。ゆえに、絶対に勝つのだ。愛する同志とともに、世界広布を断じて成し遂げるのだ――これが私の決意であった。(同)

600軒の功労者宅訪問

 5月6日夜、4日間の滞在を終えて神奈川文化会館を出発するSGI会長は、見送る同志に新しい名刺を配った。「創価学会インタナショナル会長 池田大作」――。
 第3代会長の職を辞任した今、宗門はSGI会長が学会の会合に出席して指導することはもちろん、聖教新聞紙上にそれらの報道をすることも牽制した。
 会員と池田SGI会長の絆を断つことこそ、学会を解体し、宗門の意のままにしていく上でのポイントだと、山崎正友が宗門に入れ知恵していたのである。会員の敬愛の思いとは裏腹に、聖教新聞紙上から、池田SGI会長の姿が消える日々が続いた。
 しかしSGI会長は、会合に出られないのなら、自分から同志の家々を回ろうと、広布草創からの功労者の家々を1軒1軒と回りはじめた。
 あるときは共に勤行をし、あるときはサンダルを借りて縁側にならび、あるときは同志が営む質素な店先で語らい合った。この功労者宅訪問は、79年以降だけで600軒を超えた。
 同時に、いよいよ創価学会インタナショナル会長として世界で戦う。こう決めて、今まで以上に世界との対話を開始した。
 5月19日には中日友好協会の廖承志(りょう・しょうし)会長と会談。席上、廖氏からは訪中の要請があった。22日にはソ連ノーボスチ通信の一行と会談。25日には駐日ザンビア大使と会談。29日には中国文芸会の周楊氏と会談している。
 この79年後半だけで、主な人物としては各国大使のほか、この年に話題となった『ジャパン・アズ・ナンバーワン』の著者であるハーバード大学のエズラ・ヴォーゲル教授、インドの詩人スリニバス博士、ローマクラブの創始者アウレリオ・ペッチェイ会長、ソ連のグジェンコ海運相らと会談している。
 時代の大きな符合というものだろうか。この1979年という年は、今日から振り返るとき、戦後の世界史を分かつような節目となっている。
 元日に米中が国交を樹立。2月にはイラン革命が起き、その後のイラン・イスラム共和国の成立へと続いていく。6月にローマ教皇ヨハネ・パウロ2世がポーランドを訪問。10月には韓国で朴正煕(パク・チョンヒ)大統領が暗殺され、12月にはソ連のアフガン侵攻が始まった。
 中東の不安定化と今日に続くイスラム原理主義の台頭など、それまでの冷戦構造に基づいた〝秩序〟が揺らぎはじめた。
 ここから冷戦崩壊までは10年である。世界は激動のなかで、新しい羅針盤を、平和と統合の思想を求めていた。

※この記事は『最新版 世界広布新時代への飛翔』(青山樹人著/鳳書院)をベースに加筆修正したものです。

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あおやま・しげと●著書に『宗教はだれのものか』(2002年/鳳書院)、『新装改訂版 宗教はだれのものか』(2006年/鳳書院)、『最新版 宗教はだれのものか 世界広布新時代への飛翔』(2015年/鳳書院)など。WEB第三文明にコラム執筆多数。