コラム」カテゴリーアーカイブ

連載エッセー「本の楽園」 第86回 生きるための詩

作家
村上政彦

 このところずっと手元に置いて、ちょっとした時間があると読み返している本がある。若松英輔の『詩と出会う 詩と生きる』だ。「NHKカルチャーラジオ文学の世界 詩と出会う 詩と生きる」という番組のテキストとして書き下ろされたものに、「薄い本一冊分ほど加筆」された本である。
 もともとラジオ番組のテキストだったということで、とてもわかりやすい。しかし内容は、深い。詩を学びたい人には、いい仕上がりになっている。
 僕は、若いころ詩を読んでいたし、書いてもいた。いまからおもえば、極めてつたないものだったが、書きたい意欲があふれていて、書かずにはいられなかった。好きな詩人は、中原中也と立原道造で、つまりは、そういう甘い、感傷的な抒情詩を書いていたのだ。 続きを読む

連載エッセー「本の楽園」 第85回 ポバティー・サファリとは何か?

作家
村上政彦

 この『ポバティー・サファリ』のテーマは、一言でいうなら「貧困(ポバティー)について」だろう。序文を書いているブレディみかこはいう。

「ポバティー・サファリ」とは、サファリで野生動物を見て回るように貧困者を安全な距離からしばらく眺めたあと、やがて窓を閉じてしまうことだ

 著者のダレン・マクガーヴェイは、そんな「サファリ」出身の若者だ。スコットランドの公共住宅――貧困層が暮らす真っ只中で生まれ育った。
 母は、少女のころにレイプされ、そのトラウマが酒とドラッグを求めた。息子が言うことを聞かないと、ナイフを振りかざして殺そうとする。まっとうな子育てができない。ダレンは学校で虐められるが、母親の暴力に比べれば、そんなものはなんでもなかった。 続きを読む

新型コロナウイルスに賢明な対応を――感染研が抗議したデマの出所

ライター
松田 明

ウイルスよりデマが危険

 新型コロナウイルス(COVID-19)が世界的な感染拡大を見せている。
 WHO(世界保健機関)のテドロス・アダノム・ゲブレイエスス事務局長は3月2日、「未知の領域に突入した」と強い警戒を呼び掛けると同時に、各国政府が正しい措置を取れば封じ込むことができると述べた。

 ゲブレイエスス事務局長は、「ウイルスを押し返すことができる」と強調した一方で、COVID-19そのものよりも感染に対する差別や偏見の方が危険だと指摘した。(「BBC日本語版」3月3日

 WHOが警告するように、なによりも危険なのは「感染症に対する差別や偏見」、つまり誤った情報が拡散されることだ。 続きを読む

書評『評伝 戸田城聖(上)』――教育界・実業界の風雲児

ライター
本房 歩

淵源としての創価教育

 牧口常三郎、戸田城聖、池田大作という創価学会の三代の指導者は、今や世界宗教として広がる創価学会の指導者であると同時に、やはり世界に共感を広げゆく「創価教育」の指導者でもある。
 創価学会は牧口常三郎の「創価教育」を研究実践する「創価教育学会」という教育者の団体から出発した。
 一般的には、特定の宗教や宗派の信仰が先にあって、その教理を土台に教育機関がつくられるケースがほとんどだろう。教団の聖職者を養成する学校から発展した大学も多い。
 ところが創価学会の場合は、ある意味で先に「創価教育」という、あくまでも普遍的な特定の信仰に縛られない教育理念の実践があって、そこから日蓮仏法にもとづく宗教運動へと収斂(しゅうれん)したといえるのかもしれない。
 牧口常三郎も戸田城聖も、卓越した教育者であった。 続きを読む

連載エッセー「本の楽園」 第84回 仕事が好きだといえるようになりたい

作家
村上政彦

 僕は高校を中退している。そのあとは、いまでいうニートを経て、アルバイト暮らしに入った。それから紆余曲折があって大学へ入り、業界誌の記者や学習塾の経営などをやって、作家デビューを果たした。
 だから、働くということについて、いろいろ考えることが、たぶん人より多かったとおもう。ニートをやめて、アルバイト暮らしに入ったとき、それはさまざまな職種を体験した。
 いちばん大変だったのは、肉体労働で、3日でやめた。体が悲鳴を上げて、高熱を発し、働けなくなったのだ。楽しかったのは、某ファーストフードチェーンのスタッフとして、外で子どもたちに風船を配っていたことだった。自分が天使になった気がしたものだ。
 作家デビューを果たしたのが29歳のときで、それ以降は小説家としての肩書きから発生する仕事以外はやったことがない。幸運だとおもう。あれから約30年――働くことについて考えてみた。 続きを読む