芥川賞を読む 第61回 『死んでいない者』滝口悠生

文筆家
水上修一

葬儀場の人々の描写から、生の滑稽さや愛しさが滲み出る

滝口悠生(たきぐち・ゆうしょう)著/第154回芥川賞受賞作(2015年下半期)

各家庭に存在するさまざまな事情

 滝口悠生の「死んでいない者」の舞台は、葬儀場だ。通夜会場、それに隣接する宴会場や控室、そして葬儀場近くの故人の実家とその周辺を舞台とし、多くの親族が登場する。
 亡くなった老人の葬儀のために集まった親族の数は、5人の子どもとその家族、孫ひ孫まで入れると、20数人にのぼる。これだけ多くの親族が集まれば、当然、誰と誰がどのようなつながりなのか分からなくなる。しかも、物語は、特定の2、3人だけに焦点を当てるのではなくひ孫まで描いているので、スムーズに読み進めるために筆者は図を書いたほどだった。
 それぞれの家庭の事情を絡めながら多くの登場人物を描くことで浮かび上がってくるのは、それぞれに懸命に生きているありのままの人の姿だ。周囲に迷惑ばかりかけて行方不明となっている男、中学時代から不登校となり、今は故人の実家の離れで無職のままひっそりと生きている若者、半ばアルコール中毒の小学生等々、それぞれの事情を抱えた血縁者たちが、一人の老人の死をきっかけに一堂に会いして、酒を飲み、話をする。日常ではありえない不思議な「場」からは、生きることの滑稽さや愛しさが滲み出てくるのである。 続きを読む

重要さを増す公明党の能力――「対話の場」と「調整能力」

ライター
松田 明

半数近くが「自公」基盤の枠組み望む

 自民党総裁選挙が目前の10月4日に迫っている。現状では、衆参ともに野党が多数とはいえ、野党の統一候補を首班指名するとは思えないので、おそらく自民党の新総裁がそのまま次の内閣総理大臣に指名されることになる。
 ただ、少数与党のままでは安定した政権が作れない。それぞれの総裁選候補者も、表現の濃淡はありつつ異口同音に新たな連立拡大の可能性に言及している。誰が新総理になっても、おそらくいずれかのタイミングで自公にプラスするかたちで、野党を連立政権に迎える公算が強いというのが衆目の一致するところだろう。

 FNNが9月20日と21日に実施した世論調査(「FNNプライムオンライン」9月22日)では、今後期待する政権の枠組みについて「自公に野党の一部が加わった政権」と答えた人が46.9%に達した。多くの国民が現在の「自民党+公明党」の枠組みの政権担当能力を、やはり基本的には信頼していることがうかがえる。

 一方で、なぜ政権の枠組みにこれほどまで公明党が必要不可欠とされるのか理解できず、不審に思ったり不満に感じたりしている人もいるのではないか。
 折しもこのほど、評論家の八幡和郎(やわた・かずお)氏が『検証 令和の創価学会』(小学館)という著作を出した。タイトルには「創価学会」と付いているが、読んでみて、むしろこの本は「公明党」を〝客観的に〟理解するためにこそ適しているかもしれないと思った。 続きを読む

書評『地球を救うグリーンテクノロジー』―創価大学理工学部の挑戦

ライター
本房 歩

日本初のグリーンテクノロジー学科が開設

 2025年2月25日、日本政府は「GX(グリーン・トランスフォーメーション)推進法」改正案を閣議決定した。「産業革命以来の化石燃料中心の経済・社会、産業構造をクリーンエネルギー中心に移行させ、経済社会システム全体を変革すべく、エネルギーの安定供給・経済成長・排出削減の同時実現を目指す」というものである。

 今年(2025年)の日本の夏は、北海道を含む各地で40度越えの気温が連日のように観測されるなど、史上最も暑い夏となった。一方で線状降水帯が同じく各地でしばしば発生し、例年の8月1カ月分の雨が数時間ないし1日で降るというような異常気象も見られた。
 これら気候変動の要因が主に二酸化炭素など人類社会が排出したものであることは論を俟(ま)たない。世界平均地上気温の推移と人類が排出してきた二酸化炭素の累積量が相関関係にあることは、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の報告書等で早くから指摘されているところだ。 続きを読む

公明党、その「再生」への視点―選挙のプロからの率直な声

ライター
松田 明

「公明新聞」1面のインタビュー

 9月28日付『公明新聞』は、1面ほぼ全体を使い、あるインタビュー記事を大きく掲載した。タイトルは、「選挙ドットコム鈴木邦和編集長が語る公明再生への視点」
 公明党は選挙後、党幹部が全国各地に赴いて「方面別懇談会」を開催するなど、地方議員らから意見を聴いて、党内で議論を重ねていた。
 そして9月11日、先の参議院選挙の「総括」というかたちで「現状認識と敗因」「今後の党改革の方向性」を発表したのだった。

現状認識と敗因
●自民支持層・無党派層からの信任不足
●40~50代現役世代、10~30代若年層で支持伸び悩み
●与党への逆風と世界的な多党化が日本でも本格化
●既存政党・政治手法への国民の拒否感(自民党の不記載議員への推薦など)
●軽減税率は適切な結論を得るも、政策調整の遅延による影響否めず→「党存亡の危機」と位置付け

今後の党改革の方向性
①ブランディング・広報宣伝体制の抜本的再編
②「サポーター制度(仮称)」「党学生部」の創設
③「責任ある中道改革勢力」の軸として役割果たす
「参院選 公明が参院選総括、党改革へ」2025年9月12日

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沖縄伝統空手のいま 特別番外編⑪ 沖縄県空手振興課長・金城信尚さんインタビュー㊦

ジャーナリスト
柳原滋雄

ユネスコ無形文化遺産の登録へ

――最近あまり耳にしなくなったと感じますが、沖縄空手をユネスコの無形文化遺産に登録しようという長期戦の運動はその後どうなっていますか。

金城信尚課長 それに関して言いますと、令和4年度から6年度(昨年度)にかけて、ユネスコ登録に向けた調査ということで、沖縄の空手がいかに生活文化に密着しているかということを調査しました。特に棒術をはじめとした空手が地域の伝統行事に取り入れられ、生活文化に密着しているということがあって、それを報告書にしたのが昨年度です。ホームページでも公表しています(「生活文化に息づく『沖縄空手』調査報告書」沖縄空手ユネスコ登録推進協議会)。今年度はシンポジウムを開催するという形で、空手家をはじめ、県民の皆さま方に調査結果をフィードバックしたいと考えています。
 あとそれとは別に、通例ですと日本の国内の無形文化財として登録なり指定を受けたものを、国がユネスコに申請を行う手続きとなっているのですが、国内においてはこれまで「武道」が登録された事例がなくて結構ハードルが高い面があります。空手だけではなかなか登録が難しいので、伝統芸能や食文化など、別の分野と一緒に沖縄空手も含めて登録できないかということを模索しているところです。長期戦になると思います。

――ご自身の課長任期中に達成するという話ではないのですね。

金城課長 すぐにということではないと思います。ただしある程度のメドといいますか、今回の調査を通じて空手がどのように生活文化や地域行事に取り入れられてきたかを知れたのは意義深いと思いますので、それを広く知っていただこうと考えています。 続きを読む