原発事故」タグアーカイブ

連載エッセー「本の楽園」 第29回 生きるための詩

作家
村上 政彦

 僕は9歳のときに父を喪った。その後は母と祖母に育てられた。
 母は、酒場で「ママさん」と呼ばれる勤めをしていた。だいたい昼頃まで寝ていて、夕刻に近くの銭湯へ行き、きれいに化粧をして着物を着る。三面鏡の前で、ぽんと帯を叩いて出かけて行く。帰るのは深夜である。

 家族というのは不思議なもので、母と祖母は特に話し合ったわけでもないだろうが、いつか母が「父」になり、祖母が「母」になった。 続きを読む

連載エッセー「本の楽園」 第6回 フクシマの祈り

作家
村上政彦

 あなたの前にいるのはご主人でも愛する人でもありません。高濃度に汚染された放射性物体なんですよ。

と、原発事故の現場へ急行した消防士の妻は忠告を受けた。夫は14日後に死亡し、2ヵ月後に出産した赤ん坊も被曝していて、4時間で息を引き取った。彼女は、こうした話ができるようになるまで10年間かかったという。 続きを読む

【シリーズ】震災からの歩み マイナスをゼロに、ゼロをプラスに――未来につながる復興を目指して

東京大学大学院教授
早野龍五

 東日本大震災から4年。不安を煽るのではなく、不安を払拭するために必要な科学の目を通して、被災地に寄り添ってきた物理学者・早野龍五氏に、話を聞いた。 続きを読む

リスクを選択し受容する生き方を考える――著者インタビュー『原発事故と放射線のリスク学』

独立行政法人産業技術総合研究所フェロー
中西準子

 福島原発事故発生から3年。リスク評価を研究してきた著者が〝リスクを選ぶ〟生き方を提案する。

リスクトレードオフの視点を持つ

 私は長年にわたり、化学物質のリスク評価を研究してきました。このほど出版した『原発事故と放射線のリスク学』は、放射線の問題をリスク評価という考え方で解き明かしたものです。 続きを読む

共生の思想に基づくアジア・アイデンティティの確立を

麗澤大学教授/歴史家
松本健一

 領土問題や歴史認識で展望を描けない日本外交。社会不安から一部若者によるヘイトスピーチも広がる。対立と分断を乗り越えていく共生の思想を松本氏に聞いた。

お互いの共通点を探る

 私は2006年に『日・中・韓のナショナリズム 東アジア共同体への道』(第三文明社刊)を執筆しました。同書の冒頭で私は、「世界経済のグローバル化は国家間の対立解消には向かわず、自国の権益を守ろうとするがゆえに、かえって内向き志向を強めてナショナリズムが険しさを増していく」とナショナリズムのもつ危険性を指摘しました。 続きを読む