政党政治の行方と公明党の使命

北海道大学公共政策大学院准教授
吉田 徹

生活に根ざした、地味で当たり前の政治を行える政党はどこか。

日本にはなじまない2大政党制

 1990年代前半の政治改革論議の結果、日本では96年の衆議院選挙で初めて小選挙区比例代表並立制が導入されました。イギリスの2大政党制をモデルとして、自民党も民主党も日本に「政権交代がある民主主義」「競争がある政治」を実現しようとしました。
 ところが2000年代に入ってから今日に至るまで、日本でイギリス型の2大政党制は実現していません。2000年4月から2009年8月まで自民党はずっと連立政権を組んできましたし、政権交代して以降も民主党は社民党や国民新党と連立を組みました。現在でも、自民党は公明党と連立与党を組んでいるわけです。
 2大政党制をうまく機能させるためには、2大政党に〝固定客〟がいなければなりません。アメリカでは「ブルー・ステーツ」(青い州=民主党が勝つ州)と「レッド・ステーツ」(赤い州=共和党が勝つ州)がひっくり返ることはほとんどなく、ごく一部の「スイング・ステーツ」(揺れ動く州)によって大統領選挙の行方が決まります。イギリスでも大半の選挙区で、労働党か保守党いずれかの支持が固まっているのが実情です。
 ところが日本の場合、自民党か民主党いずれかの支持層が固まっているわけではありません。世論調査を見ると4割から7割の有権者が無党派層ですから、選挙のたびに民主党に投票したり自民党に投票したり票が揺れ動いてしまいます。こうした環境下では、2大政党制はうまく機能しません。
 というのも、無党派層が多い日本では、「郵政民営化」や「政権交代」といったワンテーマで風を吹かせたほうが選挙に勝ちます。風を吹かせなければ選挙に勝てないため、こぼれ落ちる争点がたくさん出てきてしまうのです。
 政党とは国と社会に橋を架ける存在ですから、自民党と民主党以外にもたくさんのチャンネルがあったほうがいい。自民党や民主党が細かい争点まで目配りできればいいのですが、彼らは選挙で風を吹かせなければ勝利できない。社会に広がる多様な意見を議会に反映させるためにも、足腰が強い少数政党が日本には必要です。

生活保障こそが最重要課題

 ある政治学者は「政治とはショッピングではなく結婚なのだ」と言いました。信頼できる政党をひとたび見つけたならば、多少の不満があってもなんとか折り合いをつけていく。地元の選挙事務所を訪ねて候補者と話をしたり、ほかの支援者と意見交換する。「自分がほしいものは自分たちの手でつくり上げていくのだ」という辛抱強さを有権者がもたなければ、政治はいつまでたっても安定しないでしょう。
 Aという商品が思ったとおりではなかったからといって、すぐにBという別の商品に乗り換えてしまう。選挙のたびにショッピングのような投票行動をするようでは、足腰の強い政治は生まれません。政党も有権者も、ワンテーマで吹く風にすぐに飛びつく悪循環をそろそろ断ち切るべきです。
 昨年(2012年)12月の衆議院選挙では、自民党は民主党を下して圧勝しました。選挙直後の世論調査では、自公両党で3分の2以上の議席を取ったのは勝ちすぎだという意見も目立ちました。安倍晋三首相は選挙前から、改憲を実現すると公言してきました。安倍自民党が暴走しそうなときこそ、公明党は「政権の安全装置」としてブレーキの役割を果たしてほしい。
 この衆院選では、有権者の関心を引くために各政党がわかりやすい政策を高らかに掲げました。もちろん外交・安全保障や原発問題も重要な政治テーマですが、過半数の有権者は年金・医療・子育てや生活保障こそが最も重要だと考えています。憲法改正や統治機構の改革といった派手な政策を議論するだけでなく、政治は目の前にある生活苦や社会保障の問題にこそ最優先で取り組むべきです。
 公明党は自民党のジュニア・パートナー(連立政権で数の少ないほうの政党)ですから、政策面のすべてにおいて主導権を握るわけにはいきません。アジェンダ(政策課題)が10あるとすれば、そのなかに年金・医療・子育てや生活保障といった地味な政策を2つか3つ入れこめれば御の字です。
 自民党が暴走しないようにブレーキをかけつつ、有権者が最も望むアジェンダを連立与党内で実現していく。そうすれば公明党支持者だけでなく、長期的にはその他の有権者からも信頼を勝ち得ることができるでしょう。

軽減税率導入は世界の常識

 自民党や日本維新の会が憲法改正を公然と掲げている今こそ、公明党は中道を目指すべきです。中道とは何でしょう。「みんなのコンセンサス(合意)を得られるような、当たり前のことを言う」。これに尽きます。
 年収100万円しか得られなかったとしても、生活保障を得ながらなんとか餓死せずに暮らしていける。年収300万円であっても、結婚して子どもをつくれる社会制度を構築していく。こうした政策へのコンセンサスはすでに日本社会にあるわけですから、公明党は常識に応えていけばいいのです。
 民主党や自民党、日本維新の会といった政党は、無党派層に働きかけて政権を獲得するために大きな風を吹かそうとします。公明党は無党派層だけを相手にしている政党ではありませんし、派手で目立つ政策ばかりを声高に叫ぶ必要はない。地味だけれども、人々の生活に直結している。こういう仕事をできるところが、公明党の強みです。
 地に足が着いた政策を実現していくためには、①官僚機構②地方議員③国会議員の3者をネットワークで結ばなくてはなりません。①~③を緊密なネットワークで結べるところも、公明党ならではといえるでしょう。
 自民党は高い内閣支持率を保ち、政権獲得競争に勝ち続けることに必死ですから、手をつける政策に優先順位をつけなければならない。自民党にも民主党にも地方議員はたくさんいますが、彼らは国会議員とネットワークを結んでいるわけではありません。共産党には国会議員も地方議員もいますが、中央政府の官僚機構とネットワークをもっているわけではない。
 官僚機構との連携の仕方を熟知したうえで、地方議員と国会議員が強いネットワークで結ばれている。①~③すべてのリソース(資源)をもつ政党は、日本では公明党しかないのです。
 公明党は低所得者対策を強く訴え、消費税を10%に引き上げる際に軽減税率を導入することを自民党に約束させました。実のところ、消費税を導入している国で軽減税率がない例などほとんどありません。与党に加わった公明党は、当たり前のことを当たり前に約束しただけなのです。
 税金とは、国家の赤字を埋めるためだけに徴収するわけではありません。税金は社会のあり方そのものに関わるのです。「子どもの文房具は必需品だよね。これには軽減税率を適用しよう」。こうした当たり前の議論が吹き飛んでしまっては、税金の本来のあり方からかけ離れてしまいます。軽減税率のように、コンセンサスが得られる当たり前の政策を着実に実現していく。これもまた公明党の大切な役割です。

<月刊誌『第三文明』2013年8月号より転載>


よしだ・とおる●1975年、東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学総合文化研究科、日本学術振興会特別研究員などを経て現職(学術博士)。2010年から12年までパリ政治学院招聴教員、ニューヨーク大学フランス研究所客員研究員。フランス国立社会科学高等研究院日仏財団連携研究員も務める。専門はヨーロッパ比較政治、政党政治論。著書『ミッテラン社会党の転換』(法政大学出版局)、『二大政党制批判論』(光文社新書)、『ポピュリズムを考える』(NHK出版)など多数。