僕がいちばん最初に買った個人全集は、『ドストエフスキー全集』だ。中学の2、3年生ごろだったおもう。行きつけの小さな書店に注文して、届いたという報せを受け、自転車で出向いた。
帰りは荷台に、全集の詰まった段ボールの箱を載せて、自転車を押してゆるりゆるりと家路をたどった。何から読み始めたのだったか。すっかり忘れてしまったが、ともかく全部読んだ。そして、いまでは、一部を除いて、ほとんど忘れてしまった。
ドストエフスキー最大の長篇『カラマーゾフの兄弟』(通称・カラ兄)の新訳を出して、古典新訳がベストセラーになるという「事件」を起こした亀山郁夫さんと、つい最近になって話す機会があった。
亀山さんはカラ兄を訳しているときも、訳し終わったあとも、ずっとカラ兄のことを周囲の人に話した。文学にとっては、読んだら人に伝えることが、とても大切なのだ、そうしないと読者がいなくなってしまう、と亀山さんは静かに力説されていた。 続きを読む





