芥川賞を読む 第57回 『九年前の祈り』小野正嗣

文筆家
水上修一

困難を抱えた子を持つ母の祈り

小野正嗣(おの・まさつぐ)著/第152回芥川賞受賞作(2014年下半期)

〝こだわり〟の土地の力

 芥川賞候補になること4回目で受賞となった小野正嗣の「九年前の祈り」。『群像』掲載の約161枚の作品。
 舞台は、九州・大分県の海辺の町。主人公の安藤さなえは、地元の団体組織が主催したカナダ旅行で知り合ったカナダ人男性と結婚。一人息子の希敏(ケビン)をもうけたが、夫と離婚したことにより、やむなく息子を連れて故郷の大分の実家に戻ることに。ハーフ特有の美しい顔立ちを持つ息子は、他者とのコミュニケーションに難を抱える特性を持っていたため、さなえは子育てに苦労し一人悩む。たとえば、何かの拍子に〝引きちぎられたミミズ〟のようにのたうち回って暴れる息子を前にしたときは、なす術もなく途方に暮れる。そんなさなえの苦しい心境に変化が訪れたのは、カナダ旅行で一緒だった地元の女性、渡辺ミツの息子を見舞うために、ある島の美しい貝を採取しに行った時のこと。その時に、9年前のカナダ旅行で目にした、教会の中で祈る渡辺ミツの姿が想起され、それが物語の最終盤でさなえにある啓示を与えるのである。 続きを読む

『摩訶止観』入門

創価大学大学院教授・公益財団法人東洋哲学研究所副所長
菅野博史

第92回 正修止観章 52

[3]「2. 広く解す」㊿

(9)十乗観法を明かす㊴

 ⑧道品を修す(2)

 (3)問答

 次に、いくつかの問答が示されている。はじめに、道品は二乗の法であって、菩薩の道ではないのではないかという質問が提起される。これに対して、『大智度論』がこのような考えを批判している(※1)ことを述べ、さらに、『維摩経』、『涅槃経』、『大集経』を引用して、『大智度論』の解釈を補強し、道品が小乗の法だけであるとする考えを否定している。
 次に、道品は助道か正道かという問題が提起され、どちらの立場もあると答えている。
 次に、道品は有漏か無漏かという問題が提起される。つまり、もし三十七道品が有漏であるといえば、どうして七覚は修道(無漏と規定される)であるというのか。一方、『法華経』には、「無漏の根・力・覚・道の財なり」(※2)とある。ここには、五根・五力・七覚支・八正道に無漏という形容語が付けられているので、道品が有漏であるという考えと一致しない。また、『法華経』には、「覚・道」という順序に並べられているので、八正道が七覚の前にあること(後述する『阿毘曇毘婆沙論』の説に当たる)を否定している。
 この問題に対して、第一に三十七道品は、すべて有漏であり、第二にすべて無漏であり、第三に有漏でもあり無漏でもあるという三つの立場を区別して理解すべきであることが示されている。 続きを読む

書評『グローバル・ヒバクシャ』――核抑止力の内実を鋭く問う

ライター
小林芳雄

惑星的な視座からヒバクシャを可視化

 本書「グローバル・ヒバクシャ」では、これまでほとんど顧みられることのなかった、世界各地に存在する被曝者の歴史と実態を追求し、核抑止力の前提を鋭く問い直すことを試みている。著者はアメリカ史、科学史、核の文化史を専門とする歴史学者であり、2005年から2025年まで、19年にわたって広島の地で教育・研究に従事してきた。本書はその活動から生まれたものである。

人間の身体は人類という単一の種に属するものであり、その歴史は、地球を政治の舞台とする、種としての歴史である。グローバルな歴史として捉えたとき、放射線の影響の全貌が明らかになる――放射線の害はもはや一過性のものではなく、体系的なものとなる。我々は各国の責任を問い続け、その行動を詳細に把握しなければならない。放射性降下物の粒子が世界中に行き渡ったのと同様に、私たちも視線を世界中に行き渡らせる必要がある。(本書32ページ)

 1945年、第二次世界大戦末期、広島、次いで長崎で、人類史最初の核兵器が使用された。多くの犠牲者を出した。しかし、世界の核保有国はそれ以降も核の開発を続け、冷戦終結までに2000発の核兵器を爆発させた。こうした核実験だけでなく、原料となるウラニウムの採掘や原発事故を含めると、放射能による被害を受けた人の数は世界各地で数100万人にのぼるという。 続きを読む

連載「広布の未来図」を考える――第8回 幸せになるための組織

ライター
青山樹人

沖縄男子部の取り組み

――先日公開された「創価学会の日常ちゃんねる」第6弾、おもしろかったですね。学会員ではない人気ユーチューバーの方が、ニューヨークまで出かけて、SGI-USAを1日体験するという企画です(「【初公開】アメリカの創価学会に潜入したら、巨大すぎて言葉を失った…」7月23日/創価学会の日常ちゃんねる)。

青山樹人 多民族国家であるアメリカのなかでも、ニューヨークはとくに「世界の縮図」のような都市です。創価学会のメンバーも多様なバックグラウンドがあり、なにより明るくてオープンマインドな、他者に開かれた雰囲気が伝わってきましたね。

 ハーレムのアポロ地区の男子部リーダーも途中で登場していましたが、4年前から題目を唱え始めて、昨年、正式に御本尊を受持(じゅじ)して入会したと話していましたね。
 アメリカに限らず、海外の場合、未入会だけどメンバーと一緒に唱題や学会活動などをしばらく実践して、それなりに信心が固まってから入会するというケースは少なくないようです。
 未入会のまま、信仰や学会活動の実践を何年もやって、本人が御本尊を受持したいと願い、組織も了承して「入会」となるのです。 続きを読む

『摩訶止観』入門

創価大学大学院教授・公益財団法人東洋哲学研究所副所長
菅野博史

第91回 正修止観章 51

[3]「2. 広く解す」㊾

(9)十乗観法を明かす㊳

 ⑧道品を修す(1)

 今回は、十乗観法の第六、「道品(どうほん)調適(じょうじゃく)」(三十七道品を調整すること)の段について説明する。十乗観法については、前の観法が成功しない場合に、次の観法に移るという流れとなっているので、ここでも、第五の「識通塞」が成功しない場合という前提で、「道品調適」が必要となるということである。

 (1)三十七道品の説明

 道品(bodhi-pakṣya)とは、菩提分、覚分とも訳される。覚りに役立つものの意である。具体的には七科にわたる、合計三十七種の実践項目が説かれ、これを三十七道品という。初期仏教の最も重要な実践項目であるが、『摩訶止観』で扱われている(後述)ように、大乗にも通じる。以下、簡単な説明をする。 続きを読む