特集㉔ 池田・ゴルバチョフ会談——初訪日への道筋を開く

ライター
青山樹人

「あんたを懲罰会議にかける」

 1990年7月21日。
 この日、西片会議で日顕らが次の一手と狙っていた、池田SGI会長の登山(大石寺への参詣)があった。
 大奥の対面所でSGI会長、学会首脳らに会った日顕は大声で、

丑寅勤行は法主の専権事項だっ!

と叫び、

法主の発言を封じた! 憍慢だ! 憍慢謗法だっ

と怒鳴り上げた。
 その罵声は、階下で待機していた3人の副会長にも聞こえ、何があったのかと動揺させるほどの大きさだった。
 以前、日顕がSGI会長に対し「丑寅勤行の参加者が少ないのではないか」と詰問したことがあった。この非礼な態度に対し、さる17日の宗門と学会の連絡会議で、学会執行部が「丑寅勤行の参加人数の問題などは実務に関することであり、猊下にいちいち心配をおかけしないよう、われわれ執行部が連絡会議で取り上げていきましょう」と伝えたのだった。
 丑寅勤行とは、広宣流布を祈願して、丑寅の時刻(午前2時~4時) に法主が導師となって勤行をするという宗門の行事である。泊りがけで大石寺に参詣する者のうち希望者が参加してきたが、深夜の行事であり、無事故を期すため、高齢者や子ども連れには無理をしないように学会として配慮していたのである。
 それに逆上した日顕は、丑寅勤行について〝信徒の分際〟で口出しをしたと怒鳴ったのだ。
 さらに日顕は、SGI会長に向かい、

あんたにも言っておきたいことがある。学会の記念行事があるので、御講に行かなくてもよいと、あんた自身が地域の総代に言ったじゃないか! 懲罰にかけるから!

と激しい口調でまくし立てた。
 全世界の1000万人を超す信徒の代表者であり、宗門興隆の最大の功労者に向かって、法主が「懲罰委員会にかける」と発言したのだ。
 もちろん、日顕が口にしたSGI会長の発言など事実無根である。のちに学会からこの点を明確にするよう迫られた宗門は、結局、どこの寺院の総代が、いつ、どこでSGI会長から言われたのか最後まで明らかにできなかった。
 日顕は「丑寅勤行は法主の専権事項」と怒鳴りながら、この直後には丑寅勤行の導師をさぼり、家族を連れて伊豆の超高級温泉旅館にでかけている。
 SGI会長は泰然と構えたまま〝目通り〟を終え、東京に戻った。

日ソ間の歴史を開いた会談

 この時、池田SGI会長には、大きな仕事が待っていたのである。それは、国立モスクワ大学から公式招聘を受けた第5次訪ソだった。
 7月25日、SGI会長はモスクワに到着した。
 当時、ソ連のゴルバチョフ大統領は「新思考」によって冷戦を終結させ、鉄のカーテンを開いた人物として世界中の熱い注目を集めていた。
 日本政府は1日も早いソ連大統領の初訪日を期待して外交努力を続けていた。89年、宇野宗佑外相が訪ソしたが、ゴルバチョフ訪日は見通しが立たなかった。
 この90年1月には、元外相の安倍晋太郎率いる自民党代表団も訪ソし、ゴルバチョフに要請。SGI会長がモスクワ入りした折も、桜内衆議院議長がやはりモスクワを訪れ、折衝を続けている最中だった。
 だが、桜内・ゴルバチョフ対談はわずか数分で物別れに終わった。桜内が北方領土問題を口にするとゴルバチョフは態度を硬化させ、「私が行くことで2国間がうまくいかなくなるなら、訪日はできない」と言って席を立った。シェワルナゼ外相との会談も、やはり物別れに終わった。
 日本政府の外交は失敗したのである。そんななか、SGI会長は、クレムリンでゴルバチョフ大統領と初めて顔を合わせた。
 27日午前10時半。おびただしい数の報道カメラの放列。共通の親友である作家のチンギス・アイトマートフ、モスクワ大学総長のログノフらが嬉しそうに見守る。SGI会長は右手を差し出し、親しい友人に語りかけるように大統領に歩み寄った。

きょうは、大統領と〝ケンカ〟をしにきました。火花を散らしながら、何でも率直に語り合いましょう。人類のため、日ソのために!

 意表を突くSGI会長の言葉に、ソ連側の通訳が一瞬たじろいだ。会長側の通訳が素早くロシア語に直すと、どっと爆笑が起きた。
 最初の一瞬でゴルバチョフ大統領はSGI会長に魅了された。

私も、率直な対話が好きです

本当に、池田会長とは昔からの友人どうしのような気がします。以前から、よく知っているどうしが、きょう、やっと直接会って、初めての出会いを喜び合っている――私は、そういう気持ちです

と、SGI会長に応じた。
 予定時間が来て、席を立とうとするSGI会長を大統領が押しとどめる。旧知の親友どうしのような両者の会見は、じつに1時間10分という異例の長時間におよんだ。

池田会長は現代における偉人です。人類に大きな貢献をしておられる。私は深い敬意を抱いております

会長の理念は、私にとって大変に親密なものです。会長の哲学的側面に深い関心を寄せています。ペレストロイカの「新思考」も、池田会長の哲学の樹のひとつの枝のようなものです

 新しい哲学で冷戦を終結させた大統領は、率直に会長への共感を語った。

桜の季節の訪日を明言

 両者はすっかり打ち解けて、両国の未来を話し合った。
 池田SGI会長は、

日本中が大統領の訪日を待っている

と述べた。これに対し、あれほど訪日を留保していた大統領が、笑顔で応じた。

訪日は絶対実現させます。ソ連は各国と幅広い対話をおこなっている。日本との対話がないのは正常を欠いています。私は日本に対して、幅広く対話をする用意をもっています

 そして「来年の春」には訪日したいと具体的に言及した。
 池田SGI会長のこの日の会見は、待望久しかったソ連大統領初訪日の思いがけない知らせとして、NHKの夜7時のニュースのトップで報じられた。翌朝各紙の1面も、トップもしくは準トップで詳細に報じた。
 当時の駐ソ大使・枝村純郎は、2日前の桜内会談に同席して、日ソ間の絶望的な状況に立ちすくんでいたところであった。

 ちょうどそのころロシアを訪問中であった創価学会の池田大作名誉会長に対し、ゴルバチョフ大統領が、訪日は桜の咲くころになるだろうと述べたという情報が入ってきたのです。『訪日延期』どころか、ゴルバチョフ自身が訪日の具体的な時期についての考えを、初めて明かしたのです。正直、ほっとしました。(『帝国解体前後』枝村純郎著/都市出版)

 この会見に同席した、クレムリンの国際問題担当補佐官(当時)チェルニャーエフは、著書『ゴルバチョフと運命をともにした2000日』(潮出版社)に綴っている。

 冒頭の歓迎式典自体が、いつもとは違って温かく、どことなく陽気であった。

 ゴルバチョフにとって池田氏との出会いは、対日関係の政治的側面の本質を洞察するのにきわめて大切な「日本人気質」をユニークで傑出したこの体現者の一人に教えられる一つの機会であった。二人は友人として別れた。

 ゴルバチョフは、約束どおり翌91年4月に来日。元赤坂の迎賓館でSGI会長と再会を果たした。
 両者の友情は、その年のクーデター未遂事件、ソ連崩壊という激動をも乗り越えて深まっていった。出会いは計10回を数え、対談集『二十世紀の精神の教訓』(日本語版は潮出版社)は、各国で出版されベストセラーとなっている。

※この記事は『最新版 世界広布新時代への飛翔』(青山樹人著/鳳書院)をベースに加筆修正したものです。

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あおやま・しげと●著書に『宗教はだれのものか』(2002年/鳳書院)、『新装改訂版 宗教はだれのものか』(2006年/鳳書院)、『最新版 宗教はだれのものか 世界広布新時代への飛翔』(2015年/鳳書院)など。WEB第三文明にコラム執筆多数。