特集④ 民衆こそ社会の主人公――創価学会の政治支援活動

青山樹人

学会の政治参加の意義

 創価学会は宗教的に民衆を啓蒙するだけにとどまらず、苦悩する人々の側に立って、放置されていたさまざまな社会悪との闘争をも開始した。
 政治の光すら届かないところで呻吟(しんぎん)していた人々の目を開き、彼ら自身の手で、民衆の意思が政治を動かしていく時代を切り開いていったのである。
 とりわけ今日の現実社会にあって、教育、福祉、経済、環境、平和と、どの次元から見ても民衆の幸不幸に果たす政治の役割と影響力はあまりにも大きい。その政治に「人間へのまなざし」「高潔なモラル」を与えていくのが宗教の責務である。
 戸田会長時代、1955年の統一地方選挙を皮切りに、創価学会は民衆不在の既成の政治に警鐘を鳴らし、改革の狼煙(のろし)を上げた。
 不毛なイデオロギー対立に終始し、買収や供応が横行していた政界にあって、庶民による庶民のための政治を踏み出そうとした。
 日蓮仏法が説く「立正安国」の精神に照らしても、民衆を社会の当事者として自立させていく宗教の必然的な帰結だった。
 民衆が宗教の権威に隷属し、為政者に利用されてきた暗黒の時代を終わらせ、民衆が宗教の主人公となり、その宗教性をもって社会の主体者になっていく。
 これこそ、創価学会が日本社会にもたらした新しい潮流であり、世界に示した新しい希望だといえるだろう。
 後年、池田大作SGI(創価学会インタナショナル)会長に名誉博士号を贈る世界の名門学府は一致して、こうした創価学会の偉業を深く洞察し、最大の称賛を送っている。

1人1人の民衆に力を与える

 たとえば世界大学総長会議の副会長などを歴任したインドのデリー大学メータ副総長は、同大学からの名誉博士号授与式で、こう述べた。

池田博士は一人一人に「幸福になる力」を与えることによって、社会を変革しておられるのです。(中略)博士は「社会の周辺に存在する恵まれない人々」を、社会の中心の流れへと導いているのです。

 世界最高峰の知性は、創価学会の政治参加を長年観察したうえで、もっとも民主主義の本質と理想に合致した優れた民衆運動だと称賛しているのである。
 だが、宗教団体が独自の候補者を立てて熱心に支援する姿に対して、日本社会には感情的な反発や憶測をはらんだ批判が巻き起こった。
 とくに池田会長の時代になって学会が旭日の勢いで世帯数を伸ばし、1962年に参議院15名の陣容で公明政治連盟が結成されると、日本社会の一部には、学会が政治権力をもって日蓮正宗を国教化しようと企んでいるのではないかという、的はずれな非難さえ飛び交いはじめた。
 なお、宗教団体が候補者を擁立したのは、創価学会が初めてではない。
 1947年の第1回参議院選挙では、天理教や生長の家などが12名の候補者を立て、7名が当選している。
 ただし、その後に議席を維持し、ましてや独自の政党を結成することはできなかった。宗教団体にとって候補者を当選させ、政治家として育成するというのは、教団の実力が明らかになるばかりでなく、きわめて困難なことなのである。
 1964年、公明政治連盟は公明党へと発展し、67年になると、新たに衆議院議員25名を当選させた。野党第2党の民社党の30議席に迫る勢いで、いきなり第3党になったのである。
 創価学会の世帯数は600万人になろうとしており、日本社会の一大民衆勢力として、もはや無視できない巨大な存在になっていた。
 率いるのはまだ30代のバイタリティー溢れる青年会長であり、会員にも青年が圧倒的に多かった。

日中国交正常化提言の背景

 1967年8月、学生部幹部会の席上で池田会長は沖縄問題に触れ、施政権の即時返還と核基地の撤去を訴えた。
 戦後、沖縄は米軍の施政下に置かれたまま米軍基地の島と化し、そこに核兵器が存在することは公然の秘密であった。
 翌68年には、公明党が在日米軍基地の調査をおこない、有効利用されていない土地の返還などを訴える。
 その68年9月、池田会長は日大講堂でおこなわれた第11回学生部総会の席上、1万数千人の学生部員を前に「日中国交正常化」の必要性を訴え、また中華人民共和国を国連の場に加え、国際社会の一員とすべきだと述べた。
 当時、世界は東西冷戦の渦中にあり、中国では紅衛兵による文化大革命の嵐が吹き荒れていた。
 また、63年に「5カ年」で調印された日中間の「LT貿易」は、その期限を迎えた67年、「1年」ごとの調印に縮小されていた。
 佐藤内閣は中華人民共和国よりも台湾の中華民国を重視する方向に舵を切っており、日中関係は危機的状況を迎えていたのである。
 一方の文革が進む中国国内には、日中両国は未だ戦争状態であるという認識すら強かった。
 また沖縄の米軍基地には、北京など中国の主要都市を射程に入れたミサイルが配備され、日本政府は米国に追随して北京政府を敵視する政策をとっていたのである。
 会長の学生部総会での講演は、そのような日中間の危機的状況のなかでおこなわれた。
 会長は、世界の人口に相当の割合を占める中国が国連から排除され、国際社会に参画できていないことは〝国連の重大な欠陥〟だと訴えた。
 創価学会という、若い躍進する民衆のうねりを背景にした池田会長の提言は、それだけに内外に衝撃を与えた。新華社の記者は即座に講演内容を北京に打電し、かねてから学会の存在に注目していた周恩来総理のもとに届けられた。
 国内では、権力中枢や保守勢力が苦々しい思いで会長の提言を受け止めていた。1960年には、親中と見なされた社会党の浅沼委員長が右翼に刺殺されている。
 中国寄りと目される言動は、そのまま生命の危機を招く緊迫した時代だった。学会本部には右翼団体などからも脅迫や抗議活動が相次いだ。
 後年、情報公開された記録のなかでは、提言直後の日米安全保障会議で当時の外務省高官が米国側に、「池田会長の最近の言明は中国に対して誤った期待を高めさせることとなった」と、強い非難を表明していたことが明らかになっている。

※この記事は『最新版 世界広布新時代への飛翔』(青山樹人著/鳳書院)をベースに加筆修正したものです。

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あおやま・しげと●著書に『宗教はだれのものか』(2002年/鳳書院)、『新装改訂版 宗教はだれのものか』(2006年/鳳書院)、『最新版 宗教はだれのものか 世界広布新時代への飛翔』(2015年/鳳書院)など。WEB第三文明にコラム執筆多数。