長嶺将真物語~沖縄空手の興亡 第14回 沖縄空手界の再統一へ

ジャーナリスト
柳原滋雄

ゆるやかな統一組織「沖縄空手道懇話会」  全沖縄空手道連盟から国体競技に参加するために分かれた沖縄県空手道連盟。1980年代の沖縄空手界は組織が完全に二分されていた。87年に開催された沖縄海邦国体の空手競技では、沖縄県は […]

長嶺将真物語~沖縄空手の興亡 第13回 沖縄・海邦国体のドラマ

ジャーナリスト
柳原滋雄

全空連の対応の変化  沖縄県空手道連盟(以下「県空連」)ができた後、国体競技に沖縄県が組織的に初めて参加したのは翌年の1982年の島根県で開催された「くにびき国体」(以下「島根国体」)だった。  10月に行われた島根国体 […]

長嶺将真物語~沖縄空手の興亡 第12回 空手の琉球処分(下)

ジャーナリスト
柳原滋雄

長嶺が方針転換した背景  今から40年前の1981年8月、沖縄空手界は2つに分裂した。  この年、空手が初めて国体の正式種目となり、滋賀国体(夏季)で組手と型の競技が行われた(同年9月)。6年後の87年にはその国体が沖縄 […]

長嶺将真物語~沖縄空手の興亡 第11回 空手の琉球処分(上)

ジャーナリスト
柳原滋雄

2年前から始まった前史  1979年4月、八木明徳(1912-2003)は「全沖縄空手道連盟」の第7代会長に就任した。  沖縄空手の〝本流〟の組織として1956年に知花朝信(1885-1969)を中心に設立された「沖縄空 […]

長嶺将真物語~沖縄空手の興亡 第10回 『沖縄の空手道』を発刊

ジャーナリスト
柳原滋雄

父子一体で世界に羽ばたく  1969年1月、長嶺将真は最初の海外指導に出かけた。  すでに5年ほど前、第1号となる海外指導員をアメリカのニューヨークに送り出し、「沖縄松林流USA本部」の名称で組織化していた。以来、沖縄か […]