コンクリートの巨大堤防では生命の尊厳は守れない

東北大学大学院教授
安田喜憲

 甚大な被害をもたらした東日本大震災――「いのちを守る森の防潮堤」を被災地につくるべく奔走してきた安田氏に話を聞いた。

人びとの心に共感を広げる「森の防潮堤運動」

 私は現在、「森の防潮堤」の実現を広く訴えています。しかし宮城県には、巨大なコンクリートの防潮堤を構築する計画があり、それに「待った」をかけてくれたのが、公明党の太田昭宏国土交通大臣です。
 太田大臣は、被災地へ何度も足を運び、現場の意見に耳を傾ける傍ら、リーダーシップを発揮して国土交通省内の意見を一変させ、森の防潮堤計画を政府の事業として重視してくださった。太田大臣は京都大学工学部卒の土木の専門家であるだけに、そのご意見は科学的に見ても、技術的に見ても納得のいくものでした。
 2013年の6月には、宮城県の岩沼海岸にある国交省の管轄区画に、計画の第1弾となる防潮堤を築き、市民700人が約7000本の植樹を行う植樹式が開催されました。太田大臣はその席で、「緑の防災・減災計画」を実行する決意を述べられ、その言葉のとおり、今や国土交通省は森の防潮堤を建設する方向に大きくかじを切ったのです。
 森の防潮堤とは、宮脇昭氏(横浜国立大学名誉教授)の提唱される「いのちを守る森の防潮堤」(WEB第三文明掲載記事)を原型にしています。がれきをまぜた土のマウンドの防潮堤をつくり、その丘の上にシイ・タブ・カシ類などの高木、ヤブツバキなどの亜高木、ヤツデなどの低木の苗木を密集して植樹し、多層群落の森へと育てていきます。
 直根性かつ深根性の木々は、下へ下へと根を伸ばしながら、地中に埋められたがれきを抱き、土のマウンドをかかえるように包んでいくため、津波や地震に対する強度が高まります。
 同じく森の防潮堤に取り組む静岡県では、芯となるコンクリートの両側に土のマウンドで堤防を構築し、そこに植樹する方策を取っています。強度の関係で土のマウンドを補強しなければならないときは、石垣で補強するのがもっとも望ましい。石と石の間に生物が育ち、生物多様性を温存できるからです。維持管理についても、最初の数年こそ草取りなどの手入れが必要になりますが、その後は自然の生育に任せていくことが可能です。
 ところが宮城県には、震災から3年たった今もなお、コンクリートによる巨大堤防の建設計画を推進する人たちがいます。しかし、被災地沿岸に暮らす人びとは、「もうそんな巨大なコンクリートの防潮堤はいらない」と言っているのです。
 確かに津波に襲われた直後は、海の恐怖を感じて巨大な防潮堤の建設を要望しました。しかしそれから3年がたち、「やはり美しい海が見える方がいい。海が見えないことで津波の危険を察知できなくなる」と訴えているのです。
 それよりも、津波から逃げることができる避難道路を早く整備し、ゆっくり暮らせる家を1日も早く建ててほしい――これが被災者の強い願いなのです。海と接して暮らし、海の息吹を感じてこそ日本人は生きる力が湧いてくるのです。

宮城の海を死滅させるコンクリートの堤防

 宮城県の海岸は、軟弱な地盤の地域が多く、その軟弱な地盤の上に巨大なコンクリートの塊を建てることは、ちょうど歯周病になった歯茎の上に義歯を埋めるのと同じです。とうてい津波の圧力に耐えられるものではありません。むしろすさまじい勢いの津波が押し寄せれば、全長160キロもの巨大な堤防自体が倒壊して、人や町を襲い、大規模な2次災害を引き起こしてしまう可能性さえあるのです。
 特殊な薬品で軟弱な地盤を固めることも議論されていますが、その場合は深刻な土壌および海洋汚染を招き、影響は数世代におよびます。また、強固な地盤を持つ地表下30メートル前後の沖積基底礫層まで支持杭を打ち込むため、「矢板」と呼ばれる鋼板まで敷設しなければなりません。この矢板が地下水の循環を遮断するのです。
 日本人が縄文時代から営々と守り続けてきた森・里・海の「命の水」の循環が絶たれ、世界有数の豊かな漁場を誇る宮城の海は、死滅してしまいます。日本の海は、豊かな森の栄養分を含んだ地下水によって涵養されているので、その地下水を矢板で遮断してしまったら、海が死ぬのは時間の問題なのです。
 実際、1993年に大津波に襲われた北海道の奥尻島では、高さ11メートルのコンクリートの堤防をつくりました。ところが20年たった今、島のコンブやワカメやホンダワラなどの海藻の森が、磯焼けによる「白化現象」で全滅に近い状態になりました。魚たちは海藻に卵を産みつけることができなくなり、漁師さんたちは苦しい思いをされています。もちろん、観光に行く人も減少しました。
 海岸は生物多様性の宝庫であり、人間の生命をつなぐ豊かな漁場でもあるのです。この豊かな海を失い、果たして東北の人たちの復興を前へと進めていくことができるでしょうか。私は疑問に思わざるを得ません。
 自然を破壊するだけで、地元の人びとに何の恩恵ももたらさない巨大堤防の建設計画は、ぜひとも中止してほしいと強く思っています。

「生命の尊厳」こそ新たな文明の時代を切り開く

 2013年、私たちが長年にわたり研究してきた水月湖(福井県若狭町)の「年縞(※)」が、地質学年代決定の世界標準として採用されることが決まりました。グリニッジ天文台が現在の世界の標準時間の基点ですが、過去の標準時間の基点は、福井県の水月湖になったのです(詳細は著書『一万年前 気候大変動による食糧革命、そして文明誕生へ』に掲載)。
 世界的に見て、それほど貴重な環境を日本の湖沼は持っているという何よりの証しです。同時にそれは、命の水の循環と物質循環を維持することで、生命の尊厳を守ってきた祖先からの贈り物なのです。
 水月湖の年縞が解析した時間軸が世界の標準になったということは、自然と共存し、命の水の循環を維持し、年縞を守りとおしてきた日本人のライフスタイルに、世界の人びとが称賛を贈りはじめたということです。
 それはなにも年縞だけではありません。日本食や日本人の美徳にいたるまで、世界の人びとが生命の尊厳に立脚した日本の歴史と伝統文化のすばらしさに注目しています。
 それにもかかわらず、2020年、東京オリンピックに訪れた世界の人びとが、巨大なコンクリートの防潮堤を目にしたらどうでしょうか。きっと、あっけにとられることでしょう。
「国土強靭化」とは、コンクリートで国土を防御することではありません。森・里・海の「命の水」の循環と物質循環を守り、生命に満ちあふれた大地と海に支えられ、生き続けることこそが「国土強靭化」なのです。
 また、真の「国家百年の計」とは、今を生きる人びとの暮らしを守ると同時に、豊かな自然を未来に残し、生きとし生けるものがこの美しい地球で千年万年と、ともに生きることができるよう具体的な政策を展開していくことだと思います。
 生命の尊厳を掲げ、民衆の幸福を目指す公明党のみなさんには、政治が誤った方向に進まないよう監視し、東北復興をこれからも力強くリードしていってほしいと願っています。

※年縞(ねんこう):樹木の年輪のように、湖沼などに1年に1層ずつ積み重なる堆積物が織りなす縞模様のこと。福井県の水月湖の湖底には世界でも類をみない、7万年分もの年稿が発見されている。年縞の中に含まれる、花粉やプランクトン、珪藻、粘土鉱物、植物遺体などの情報を分析することで、気温や水温、さらには植生の変化、海面の変動、洪水や地震の回数など地球環境変動の歴史を年単位で解読できる。

<月刊誌『第三文明』2014年3月号より転載>

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「あらゆるいのちを守り育む〝ふるさとの森〟を全国に広げたい」(横浜国立大学名誉教授/植物生態学者 宮脇 昭)


やすだ・よしのり●1946年、三重県生まれ。東北大学大学院理学研究科博士課程退学。理学博士。フンボルト大学客員教授、京都大学大学院教授、国際日本文化研究センター教授などを経て、現在は東北大学大学院環境科学研究科教授。気候変動と文明史の関係を実証的に解明する「環境考古学」の創始者。著作に『一万年前』(イーストプレス)、『環境考古学への道』(ミネルヴァ書房)、『文明の環境史観』(中公叢書)、『生命文明の世紀へ』(第三文明社)など多数。