働く女性の裾野を広げる成長戦略
アベノミクスの成長戦略では、女性活用に焦点をあてています。「社会のあらゆる分野で2020年までに指導的地位に女性が占める割合を30%以上にする」「すべての上場企業で役員に1人は女性登用」といったことが目標とされていますが、私はここで1つ抜け落ちている問題があると思っています。それは、これからは働きたい女性も働きたくない女性も、働かなければいけない時代になっていくということです。
アベノミクスの議論では、女性の出世や活躍というところにばかり焦点があてられています。一方経済界では、出産後に会社に残った子育て中の女性がローパフォーマー化することを問題視しています。しかし、ローパフォーマー化する女性は辞めさせて、男性社員と同じようにバリバリ仕事をする女性には役員になってほしい、ということだけを行っていては、いつまでたっても働く女性の数は増えません。
今までは、環境に恵まれ、実力とやる気のあるトップクラスの限られた女性だけが残ってきた企業社会でした。それを30%まで増やすのだとすれば、働く女性の裾野をもっと広げていかなければいけませんし、裾野が広がることで、女性リーダーの輩出にもつながります。
専業主婦という選択肢にもはや無理が生じている中で、共働き家庭が片働き家庭の数を上回ってはいます。でも、働く女性の半数が非正規雇用で、収入は扶養の範囲内となる年収100万円前後という働き方をしています。
100万円前後の収入で働いている女性がそれだけ多いということは、その女性たちがさらに働けるようになれば、日本の経済はもっと活性化し、日本にとってよい影響を与えます。そのためにも、女性が居残れないような会社のシステムを何とかして変えていかなければいけません。
女性の貧困問題・少子化の解決を
働く女性が増えていくことは、日本社会が抱えるさまざまな問題の解決にもつながっていきます。
1つには、女性の貧困問題です。相対的貧困率の調査によれば、現在、65歳以上の単身女性の2人に1人が貧困とされています。こうした状況はいわゆる〝昭和結婚〟の産物です。旦那さんが働いて、奥さんは専業主婦という一見上手くいっているように見えた〝昭和結婚〟のシステムは、結果として、旦那さんは奥さんの老後の分までは稼いでくれていなかったことを露呈しました。女性が自分の老後の財産を築けないシステムには、欠陥があったと言わざるを得ません。貧困問題の解決のためにも、女性が自らの老後の財産を築いていける「働く環境」を整備していくことが必要です。
もう1つが少子化の問題です。結婚した夫婦の多くが子どもを2人くらい産んでいますが、それでも全体としての出生率が低い水準にあるのは、未婚の人が多いことと、結婚したとしても晩婚のため年齢的に産む子どもの数が少なくなっていることが原因です。
未婚化、晩婚化してしまうのは、今の20代、30代男性の収入が低下していることや、賃金が年齢とともに自動的に上がっていかないという実態の中で、若くして結婚し、出産することに経済的な不安があるからです。しかし、今や年収600万円以上の未婚男性は100人に5人、年収400万円以上の未婚男性は4人に1人しかいません。その中で、自分を養ってくれる男性を求めていると、どんどん婚活(結婚活動)の時期が長期化してしまいます。果ては未婚のままとなります。
これからは男性の収入に依存する〝昭和結婚〟からは脱却し、年収は夫婦で合算して2人で一緒にやっていく〝共働き夫婦〟への変化が強く求められていきます。そして「出産しても共働きだよね」ということが当たり前の社会になっていけば、経済的に見て結婚をためらう人は減っていくでしょう。
負の資産は伝えない
私は女子大生を教えていますが、彼女たちの母親世代は男女雇用機会均等法が施行されたころに生まれた世代です。この世代の女性は、キャリアウーマンになる選択肢もあった中で、専業主婦になって子育てをする道を多くの人が選びました。でもそれは〝昭和結婚〟で経済的に安定した男性と結婚できたから実現できた選択です。
しかし、これからはそのような収入が安定した未婚男性は希少価値となっていきます。仮にそのような男性と結婚できたとしても、その先には旦那さんの収入の低下やリストラ、離婚のリスクも考えられます。
だから女子学生に対しては、母親世代の人と同じ人生は送れないということを一生懸命伝えているのですが、彼女たちはどうしてもお母さんの「子育て観」に引っ張られてしまい、なかなか伝わりません。
また、今の30代の女性は出産後も多くの人が働いたはじめの世代ですが、この世代のワーキングマザーに話を聞くと、ほとんどの人が「仕事も子育てもきちんとやる」ということを言います。つまり、子育てを理由に仕事を疎かにしていると言われたくない、また逆に、仕事を理由に子育てを疎かにしていると言われたくないという思いから、とにかく仕事も子育ても頑張るというのが今のワーキングマザーに多く見られるスタンスです。さらに、その世代より前に働いていた女性はもっと大変で、子どもがいると気取られないぐらい仕事にコミットしなければ会社から認めてもらえません。だから子どもには「ごめんね」と謝りながら残業もして、会社での地位を勝ち得ていったのです。
先輩世代からは、「子育て支援の制度に甘えている」「昔は時短(短時間勤務制度)なんてなかった。今の人は楽」などと言う声が上がります。でも自分たちが辛い目にあって頑張ってきたから、後の世代の人も同じ目にあうべきというようなことでは、働く女性は増えていきません。
「頑張らないといけない」「きちんとやる」ことばかりを声高にいうのではなく、時には周囲の助けを借りながら子育ても仕事もしていく。そしてそれが当たり前の社会をつくっていかなければいけません。そのためには「昔は辛かった」という負の資産は伝えず、よいことだけを伝えるのが大切だと思います。
弱者に優しい社会をつくる
女性が輝く社会という点では、私は、シングルマザーが幸せな社会にこそ希望があると思っています。日本では、シングルマザーが思うように働けなかったり、非正規で仕事を掛け持ちしても賃金が安く、相対的貧困率が高いという現状があります。
以前にフランスでインタビューしたシングルマザーの方が希望を持って、とても明るく生きているのが印象的で、その人は子どもの将来に対しても安心感を持っていました。フランスでは、子育てする親に対しての国の経済的支援が手厚く、4人も子どもがいたら、シングルマザーでも〝親業〟だけでそれなりの収入になります。
いちばん弱い立場に置かれてしまうシングルマザーが幸せな社会というのはみんなが幸せなはずなんです。だからこそ、本当は、そこを基準に制度設計をしていかないといけないと思います。最近では、寮や保育所を併設して、シングルマザーの方を優先的に採用する企業も出てきました。そのような企業に政府がインセンティブを与えていくということも必要だと思います。
今の若い人たちにとって結婚はリスクがあることです。倒産、リストラ、離婚――といったリスクがある中で、安心して結婚に飛び込んでいくためには、将来何が起こっても大丈夫と思える安心感のある社会をつくることが重要です。
今は働く女性の環境が変化を迎えている時です。厚労省の調査によれば、最初の子どもを産んでも会社を辞めないママが、2001年では約30%だったのが、2010年で45%にまで上昇しました。この変化は育児休業制度の充実と時短によるもので、いい流れだと思います。
ただ、その数が企業側の予測を外れ、それまで「時間=パフォーマンス」と捉えていた企業にとっては、働くママが増えたことによるコストに悲鳴を上げています。
今は会社も苦しく、働くママさんも大変な時期です。企業側は働くママは未来の顧客を育てている存在であるという認識を持って、多様な働き方をマネジメントできるシステムを構築していかなければいけません。
そして、この変化の時期を乗り越えれば、女性が子育ても仕事も両立することが当たり前の時代がやってくると思います。
<月刊誌『第三文明』2014年3月号より転載>