沖縄伝統空手のいま~世界に飛翔したカラテの源流
第25回 沖縄尚学の試み

ジャーナリスト
柳原滋雄

沖縄空手を本格導入した私立校

 沖縄県の中学・高校に「沖縄尚学」というユニークな私立校がある。県内では文武両道の進学校として有名で、国内外への大学進学、高校野球やテニスなど多くのスポーツ分野でも全国的に名を知られる存在だ。
 この学校で、全校生徒に週1回(70分)の空手授業を義務づける試みをスタートさせたのは2007年から(当初は中学校のみ)。きっかけとなったのは、中学校の校長をつとめる名城政一郎(なしろ・まさいちろう)副理事長の海外体験だった。名城が米ミネソタ州の大学で客員講師として日本史を講義していた際、白人の女子学生から次のように声をかけられたという。

 私の祖父は船越義珍先生から空手を学び、黒帯でした。私の父も同じように空手の黒帯で、私もそうです。将来の夢は沖縄に行って、本物の空手を学ぶことです。

 試しに現地の大学の先生5人くらいに確認してみると、驚いたことにみな空手の発祥の地が沖縄であることを知っていた。以来空手を意識するようになり、空手には理屈抜きに海外の人びとをひきつける力があることを痛感してきたという。例えばアメリカでの異文化交流会などで沖縄の高校生が空手着姿で演武すると、大人も子供も全員が一斉に「フリーズ」する場面に何度も出くわした。

 日本の文化にもいろいろありますが、私の知る限り、空手くらい人を引きつける力の強いものはないと感じてきました。なぜかと聞かれてもうまく説明できませんが、空手に理屈抜きに価値を受け入れさせる力があることは間違いありません。そこで帰国してすぐに沖縄県空手道連盟にお願いし、沖縄尚学で空手を教えてほしいと要請したのです。

「空手の教育効果は絶大」と語る沖縄尚学の名城政一郎副理事長

「空手の教育効果は絶大」と語る沖縄尚学の名城政一郎副理事長

 学校法人・尚学学園と沖縄県空手道連盟(比知屋義夫会長・当時)との間で、「空手指導にかかわる協定書」が締結されたのは2007年8月。名城はボランティア体験や英検受験だけでなく、新たに沖縄伝統空手を必修化するというユニークな教育方針を実行することになった。
 例えば、県内でも武道必修化で、空手を選択する公立中学は数多いが、この場合の授業はせいぜい年間10コマ程度。つまり、空手のさわりに触れる程度だが、沖縄尚学の場合は1コマ70分の授業で、毎週全生徒が空手着を着て県空連派遣の専門の空手家から直接稽古をつけてもらい、年2回の昇級・昇段審査も学校で実施するという本格的な取り組みようだ。
 同校では中学から入学する生徒と高校から入る生徒がいるため、空手の修行期間は3年または6年に分かれる。中学1年から始めた生徒は高校3年までに8割以上の生徒が黒帯(初段・2段)を取得(平成29学年度は91%が昇段)。卒業生を含め同校からこれまで、累計で2500人を超す黒帯の生徒が誕生している。

本物の空手にふれる手応え

沖縄尚学高校の生徒による団体演武(県立武道館、2018年2月)

沖縄尚学高校の生徒による団体演武(県立武道館、2018年2月)

 沖縄尚学では入学した生徒は男女を問わず、中学1年のはじめに空手着を購入。最初に習うのは、長嶺将真(松林流開祖)が考案した「普及型1」と宮城長順(剛柔流開祖)考案の「普及型2」という2つの基本型だ。
 その段階が終わり、中学2年生に上がるときに、4つの流派から希望を第3志望まで選び、学校側で人数の片寄りが起きないように調整する。それぞれ上地流、剛柔流、小林流、松林流に分かれ、各流派の指導者について流派別の型を覚えていく。中学時代に最高1級(茶帯)までの昇級が許され、高校になると初段さらには2段を取る生徒も珍しくない。昇級昇段には沖縄県空手道連盟の正式な認定状がつく。
 校内における年2回の昇級・昇段審査があり、さらに校内演武会や県空連の演武会などで集団演武する機会がある。審査会や演武会が近づくと、生徒たちが協力して型の練習をする光景が見られるという。さらに県立武道館で行われる校内演武大会では、生徒たちは自分たちの演武だけでなく、友人や同級生の演武にも強い関心を寄せ、だれもがかたずをのんで応援する姿は同校ならではの光景だ。名城政一郎副理事長はこう強調する。

 教育は基礎をやり切って本番で出し切る体験をどれだけさせられるかが勝負。大学進学も英検もそして空手もこの点では同じです。全員に必修化することで目標を共有し、互いに教え合うことで帰属意識も高まる。〝どうにかする力〟(=自己実現力)を身につけるには、必要な基礎をやり切った上で緊張せざるを得ない勝負の場でそれらを発揮する体験を繰り返すことが必要と考えています。

 沖縄尚学では東京大学を目指す生徒にしても例外なく3年ないし6年間の空手体験を積む。この学校は海外などでのボランティア活動を義務づけるユニークな取り組みで知られるが、海外に行く生徒には必ず空手着を持って行かせるという。現地で空手の型演武を披露すると、その上手下手に関係なく信頼を得やすくなるからだという。

沖縄尚学高校と附属中学の校舎入口

沖縄尚学高校と附属中学の校舎入口

 同校では2007年に空手を義務づけた際、なぜ空手を必修化するのかとの疑問も出されたようだ。そのつど名城副理事長自ら職員会、生徒集会、保護者会などで空手の「グローバル文化力」について説明、理解を得てきた。最初の6ヵ月はやる気のない生徒もいて大変だったというが、それを過ぎてからは、空手の価値を生徒自身が実感するようになった。学校の方針にブレがなく、県空連派遣の先生方の真摯な指導の賜物と語る。
 ちなみに週1回の授業で行うのはあくまで「型」のみで、組手を希望する生徒は、部活動の空手部に入って取り組むように指導。学校全体に空手を導入したことで変わった点を尋ねると、「体幹が強くなったのか、運動会などで走っても以前ほどに転ぶ生徒がいなくなりました」と予想外の答えが返ってきた。
 名城自身、沖縄生まれ。大学生活を東京で過ごし、アイデンティティーに揺れる青春時代を過ごした。その地元沖縄に、世界に誇れる貴重な日本文化があったのに、それを使わない手はなかったと振り返る。
 現在、独自に審査会まで行う教育機関は、空手の本場・沖縄県といえども沖縄尚学だけである。
 この学校が全校をあげた取り組みを始めたことで、沖縄空手界にもプラスの影響を与えてきた。例えば2016年に那覇市の国際通りで行われたギネス記録への挑戦(一度に何人で型演武をできるか)において、全参加者4000人のうち、沖縄尚学高校と中学の生徒だけで900人余りが参加、ギネス記録達成への貴重な〝原動力〟となった。
 沖縄尚学で空手を教える先生は、いずれも県空連に加盟する空手家で、松林流は平良慶孝・県空連会長、上地流は新城清秀・県空連副会長、小林流は守武館の上間建副館長らが指導に当たっている。(文中敬称略)

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やなぎはら・しげお●1965年生まれ、佐賀県出身。早稲田大学卒業後、編集プロダクション勤務、政党機関紙記者などを経て、1997年からフリーのジャーナリスト。東京都在住。