rogo

沖縄伝統空手のいま~世界に飛翔したカラテの源流
第24回 沖縄県空手振興課長インタビュー(下)

ジャーナリスト
柳原滋雄

インタビュー「上」はこちら

第1回沖縄空手国際大会の教訓

――8月の国際大会は多くの教訓を残した大会だったと思います。どのように総括しておられますか。

山川哲男課長 私たちは今年8月の大会は、過去の大会と比べても成功したと思っています。世界50の国と地域から延べ3200人の空手家が集まったのは画期的でした。空手の先生方から言わせると、今回の大会のよさがSNSなどで広がったので、次の大会は1.5倍から2倍の参加者があると予測しています。彼らの予測は当たるんですよ。例えば今回の大会ですが、参加目標を1000人と立てたところ、「課長心配しないでいいよ、1000人超えてくるから」と言われて、実際の型競技の申込者数は1200人だったんです。これは延べではなく実人数の数字です。
 これまで沖縄県として、世界大会と名のつくものを4回実施してきましたが、大会名に開催年を入れてきました。2003年とか、2009年とか。継続しないイメージなんです。今回あえて「第1回」と入れたのは、今後も続けていきますよというメッセージを込めたからです。次の第2回もあるよと。では、次はいつかという話になりますが、私としては4年後(2022年)にやりたい。そうなれば、オリンピックと2年違いで進んでいくことになります。
 オリンピックはいわば世界のスポーツの祭典。競技の審判基準に基づいて行われます。その2年後に行われるのは「発祥の地」沖縄での伝統空手の大会というふうにして、世界の空手熱の渦を作っていきたいと考えています。

――第1回大会の課題としてはどのようなものがありましたか。

初めて「第1回」と銘打って開催された沖縄空手国際大会(写真は沖縄空手会館)

初めて「第1回」と銘打って開催された沖縄空手国際大会(写真は沖縄空手会館)

山川課長 やはり難しかったのは審判ですね。大会の質を決めるのは審判の力量といっても過言ではありません。
 大会を開くにあたって、型競技にしぼりました。沖縄伝統空手らしいムチミやチンクチといった体の使い方ができているか、華やかな見栄えのいい上段蹴りなどではなく、膝関節や金的をしっかり狙う低い弾道の蹴り、確実に身を護るための護身用の動きです。それから受けや突きにしても、ムダのない体幹を使った動きになっているかどうか。これらを審判がきちんと見極めきれるかどうかだったと思います。
 幸いにも上地流は、他の流派に比べて持ち味が出ていたと思います。そこには理由がありまして、上地流は全空連(全日本空手道連盟)の指定型に入っていないんです。要するに全空連の審判基準の影響を受けない。道場でやっている型がそのまま出たんですね。
 それに対し、剛柔流、しょうりん流の場合は、全空連の指定型が定着しています。そちらの型をベースにした体の用い方が入ってしまって、審判自身もそこを厳密に見極めることができなかったと思います。長老格の先生方から、もっと沖縄空手らしいムチミのある動きを評価すべきではないかという指摘も受けました。そうした点が大きな課題だったと思います。
 あとは運営面の問題です。インターハイと日程が重なってしまい、高校空手部の生徒たちの応援が得にくい状況にありました。そこで各道場の関係者や保護者の皆さんの助けを借りて裏方の運営に当たってもらったのですが、やはり不慣れな部分があったせいか、スムーズな進行という点では解決しなければならない課題が残ったと思います。

――1回目だからある程度は仕方のない面もありますね。

山川課長 いえいえ、準備に2年ぐらいかけていますので。実際にやってみて初めてわかる部分も確かにあります。要は次の大会でそれを引きずるのではなく、解決していくことだと思います。

――2019年は、やることは決まっているんですか。

山川課長 夏の恒例の国際空手セミナーと、10月の「空手の日」記念演武祭も引き続き行っていきます。オリンピックの1年前という時期でもありますから、「空手発祥の地・沖縄」を前面に出して、沖縄空手に特化したPR活動を国内外で大々的にやっていきたいと考えています。正式名称はこれからですが、年始めに東京でもイベントを計画しています。

ギネス記録への挑戦

――一度に何人で型演武ができるかという取り組みでは、那覇市のメインストリートである国際通りで、4000人規模の演武を行って、一時はギネス記録を更新したこともありましたね。

山川課長 オリンピックで空手が正式種目として採用された年(2016年)でしたが、その年の10月の「空手の日」記念演武祭で、ギネス記録を達成しました。
 もともとはインドが800人くらいでした。最初にこの数字を見たとき、余裕で抜けると思いました。沖縄ではふだんから2000人規模でやっていましたから。それで3000人を目標に取り組みを進めたところ、その後続々と応募があって、4000人を超えました。
 ただ、実際の演武を行った際は、一つひとつの動作が周りの人と違っていて間違ったりすると厳密に除かれるということがあって、最終的に3973人で認定されました。この取り組みによって、県内の空手界が一枚岩になることができた。

――するとまたインドが再挑戦し、記録更新された。

山川課長 インドが5000人だったみたいです。

――もう一度、沖縄で挑戦する考えは。

山川課長 もちろん考えていますよ。5年に1度、10月の下旬に沖縄県にゆかりのある県系人が世界から集まる「世界のウチナーンチュ大会」というものがあります。前回(2016年)のウチナーンチュ大会の参加規模は7000人でした。これと併せて演武を企画すれば、1万人を超えるのも夢ではないと思います。そのときに私が(沖縄空手の施策に)関わっているかどうかはわかりませんが、その時の空手課長が使命感をもって、「よし、5年前の記録を塗り替えてインドも超えてやる」みたいな気持ちがあればいいなと思います。

ユネスコ世界遺産登録へのカベ

――現状、沖縄空手界では主要4団体が集まって「沖縄伝統空手道振興会」が組織されています。この4つの団体に属している道場はどのくらいの比率なのでしょうか。

山川課長 2016年の県の調査では、沖縄県内に386の道場があって、そのうち120が4団体に属さずにやっています。つまり残りの266の道場が(4つの団体のいずれかに)所属している計算になります。比率にすると7割近くです。残りの120の道場に対して、振興会に入って一緒にやらないかといった加入促進をしていただけると有り難いと思っています。

――9月の県知事選で玉城デニー知事が誕生しました。新知事は空手に対してどのようなスタンスでしょうか。

山川課長 非常に思いのある方です。御本人も学生のころ空手をやっていた時期があるそうです。一心流というしょうりん流系の流派と聞いています。

――沖縄伝統空手として、ユネスコの世界遺産登録に申請する動きがありますが、見通しはいかがでしょうか。

東京オリンピックでメダルが期待される劉衛流龍鳳会の選手を指導する佐久本嗣男さん(写真右、那覇市・泊会館)

東京オリンピックでメダルが期待される劉衛流龍鳳会の選手を指導する佐久本嗣男さん(写真右、那覇市・泊会館)

山川課長 まだまだ乗り越えなければならない課題が多いと感じます。5年前に認められた「和食」を参考にしようということで、3年ほど前から動き出しました。シンポジウムも何回か開催しましたが、登録を実現するには、沖縄の空手が地域の日常生活に結びついていることをしっかり論拠立てし、空手が沖縄にどのような文化的影響を与えてきたかを掘り下げ、県民全体が空手は大切だ、保存していくべきだという機運になれば、可能性は高まると思います。
 具体的に何をしていくかということでいえば、今年度は今年3月に策定した「沖縄空手振興ビジョン」を達成するためのロードマップの作成に取り組んでいます。
 ひとつは小学校の教育現場で空手を取り入れていく。例えば運動会とか、学芸発表会などです。もう一つは、中学校で武道が必修化され、沖縄県はお陰様で8割を超える学校が空手を採用しています。高校では県内は空手は6割という現状です。それらをもっと引き上げていく。教育課程の中で空手を体験する機会を、教育庁はじめ市町村の教育委員会なども関係しますが、連携しながら進めていきたいと思います。

――そうなると遺産登録は認められやすいのですか。

山川課長 はい。なぜなら県民自らが空手の大切さを本当に意識して保存していこうということになりますから。ユネスコが考えるのは、そこに文化的な価値があるかどうかです。地域の成り立ちにどういう影響を与えてきたかという学術的側面だけでなく、指定した後の受け皿がどこになるのか。指定されて終わりではありません。どこが責任をもって保存していくのかが問われます。一義的なところは沖縄伝統空手道振興会、それを支える県民ということになります。ですから単にきれいな作文をつくって、認めてもらうということにはなりません。きちんとした受け皿を作っていかなければならない。

――先ほど課題が多いといわれたのは、そういう態勢がまだ整っていない。それが調えば、見込みが出てくるということでしょうか。

山川課長 登録の可能性が出てくるということです。

――それにはそれなりの時間がかかると。

山川課長 どのくらいの時間がかかるのかは、まだ読めません。ユネスコに関しては振興会の中にユネスコ推進のための組織があります。それとは別に、知事の公約でもありますので、私たちは行政として別の委員会を立ち上げて検討を始めたところです。

――沖縄県としては、沖縄空手の未来像は何年先まで見ていますか。

山川課長 20年です。今年の3月に「沖縄空手振興ビジョン」を取りまとめました。ここに全部書いてあります。書かれていることは課題です。すでに達成してしまったことは書いていません。これが達成できたらこういう将来像になるであろうというビジョンです。
 保存・継承、普及・啓発、振興・発展――。これから20年かけて達成できるという内容のイメージになっています。こうなってほしいという沖縄空手界に対する思いが詰まっています。

東京オリンピックへの期待

――空手が初めて正式種目に採用された東京オリンピックがいよいよ2020年に開催されます。この動きにどう対応しますか。

山川課長 私たち空手振興課の目的は、沖縄の伝統空手を振興・発展させることにあります。競技としての空手はスポーツ振興課が窓口となっていますが、空手という側面から連携して取り組む必要があると考えています。

――沖縄県出身の選手が金メダルを取る日も近い?

インタビューに応じる山川哲男課長(沖縄県庁12階・空手振興課で)

インタビューに応じる山川哲男課長(沖縄県庁12階・空手振興課で)

山川課長 ぜひ取ってもらいたいです。特に形についてはそう思います。喜友名選手や上村選手、金城選手たちが日々、鍛錬している姿をこの目で見てきました。今日も空手会館の道場か県立武道館で稽古していると思います。毎日毎日稽古に励む姿を見て、ほんとうにこの青年たちに悔いのない結果を出してもらいたいと心の底から思います。
 こんなことを言うと山川は伝統空手ではなく、競技空手のほうに目が向いているなどと言う人が出てくるかもしれませんが、それは違います。
 沖縄出身の若者がオリンピックを目指して真剣に頑張っている姿を目の当たりにして、それを応援するのは県民として当然のことだと思います。伝統と競技と分けて考えるのではなく、目標に向かってひたむきに取り組んでいる姿を見ていきたいと思います。(収録/2018年10月30日)

やまかわ・てつお●1965年7月生まれ。那覇市出身。琉球大学卒業後、県庁入り。観光政策課などをへて、2016年4月から空手振興課長。

【連載】沖縄伝統空手のいま~世界に飛翔したカラテの源流:
[第1回] [第2回] [第3回] [第4回] [第5回] [第6回] [第7回] [第8回] [第9回] [第10回] [第11回] [第12回] [第13回] [第14回] [第15回] [第16回] [第15回] [第17回] [第18回] [第19回] [第20回] [第21回] [第22回] [第23回] [第24回] [第25回]
[シリーズ一覧]を表示する


やなぎはら・しげお●1965年生まれ、佐賀県出身。早稲田大学卒業後、編集プロダクション勤務、政党機関紙記者などを経て、1997年からフリーのジャーナリスト。東京都在住。