連載エッセー「本の楽園」 第64回 日本の小さな本屋さん

作家
村上政彦

僕が文学と出会ったのは、近所の小さな本屋さんだった。このコラムでも何度か書いている気がする。成長して街場へ出掛けるようになったとき、大型書店へ出入りするようになった。
最初、友人と一緒に出掛けたのだが、彼がそれほどの本好きではないかことが災いして、すぐに帰ろうと言い出す。僕は宝の山へ踏み入ったトレジャーハンターのようになっているので、何を言っているのだという気持ちになる。で、結局、彼は怒って帰ってしまった。
この経験があってから、特に買うものが決まっていない、パトロールに出掛けるときは、必ず、独りで行くことにしている。これなら誰にも邪魔されない。ただし、弊害として、ほぼ1日、本を手に取っている可能性があるので、2時間以上は滞在することを禁じている。
本屋は、本のある空間である。これは当然のことだが、最近は、その空間にもいろいろと工夫がある。本と一緒に雑貨が置いてあったり、コーヒーが飲めたり、ギャラリーが併設されていたり、イベントを開いたり。
僕は、ただ、本さえあればいいのだが、それでも、こんな本屋があれば1日中いてしまうだろう、という本屋を見つけた。『日本の小さな本屋さん』に掲載されている本屋さんたちだ。

この本は、町の、個性的な本屋さんを写真と文章で紹介している。著者が全国をめぐって、23の本屋を取材した。どちらかというと、写真が主で、写真集のようなつくりになっている。
本屋といえば、本棚があって、本が並んでいるのだろうとおもうが(もちろんその通りなのだが)どの本屋も主人の趣味や人柄を映していて、ひとつとして同じ店はない。ひとつとして同じ棚はない。
冒頭に登場する東京・駒沢の「SNOW SHOVELING」の店主・中村秀一さんは、アメリカに行きたいというおもいが強く、高卒後に古着屋のバイヤーについて渡米し、世界を旅する。そのあいだ、グラフィックデザインや映像制作の仕事に携わるが、30歳で本屋になろうとおもい、世界の本屋を見て回る。開店したのは35歳のときだった。
天井は打ちっぱなしのコンクリートで、壁には一面に本棚が並ぶ。店の真ん中には、居心地の良さそうなソファーとテーブルがあって、コーヒーが飲めるようになっている。選書のコンセプトは、「何度でも読みたくなる本」。
本棚には、アメリカで買いつけてくる写真集やデザインの本も多い。本に掲載された写真を通して見ていても、これは何だろう、へー、こんな本があるのか、と飽きることがない。実際、この本屋を訪れたら、2時間の滞在では済まないだろう。
次に眼に留まったのは、栃木県益子町の「ハナメガネ商会」。築100年以上経た古民家を本屋に仕立てた。店主のマスダモモエさんは、本に関わる仕事がしたくて九州から上京する。出版社に勤務して、不忍ブックストリートの一箱古本市に出会う。
そこで自分と本との理想の関係を見つけたようにおもい、古書店をめぐり、一箱古本市にも出店する。結婚と同時に退職し、「思い出の本を売る」ウェブショップを開いた。

 子供のときに大好きだった本を、大人になってから懐かしくて探していたのですが、そのときに、同じように思い出の本を探している方が多いことに気づいたんです。もしかしたら自分の手元にある本も、誰かが探しているかもしれないと思いました。

すると、けっこう反響があった。

「ずっと探していた本が見つかった」といって喜んでくれるお客さんが多かった。

やがてマスダさんは、いまの「ハナメガネ商会」を開店した。本棚にあるのは、江戸川乱歩の少年探偵団シリーズや世界名作童話全集など、いつかどこかで見かけた本ばかり。ここも2時間の滞在では済みそうもない。
本書の著者・和氣正幸は、小さな本屋の魅力を伝える「BOOKSHOPLOVER」という活動をしている。この人の、本屋についての趣味とアンテナの感度は、相当にいいとおもう。読み終えて、行ったみたくないとおもった本屋はなかった。

お勧めの本:
『日本の小さな本屋さん』(和氣正幸著/エクスナレッジ)


むらかみ・まさひこ●作家。業界紙記者、学習塾経営などを経て、1987年、「純愛」で福武書店(現ベネッセ)主催・海燕新人文学賞を受賞し、作家生活に入る。日本文芸家協会会員。日本ペンクラブ会員。「ドライヴしない?」で1990年下半期、「ナイスボール」で1991年上半期、「青空」で同年下半期、「量子のベルカント」で1992年上半期、「分界線」で1993年上半期と、5回芥川賞候補となる。他の作品に、『台湾聖母』(コールサック社)、『トキオ・ウイルス』(ハルキ文庫)、『「君が代少年」を探して――台湾人と日本語教育』(平凡社新書)、『ハンスの林檎』(潮出版社)、コミック脚本『笑顔の挑戦』『愛が聴こえる』(第三文明社)など。