NPO法人「育て上げ」ネット理事長 工藤 啓
立命館大学大学院特別招聘准教授 西田亮介
内定を取れる学生 孤立する学生
西田 工藤さんはNPO法人「育て上げ」ネット理事長として、若年無業者(※注)の就労支援を進めてきました。工藤さんの著書『大卒だって無職になる』では、若年無業者のうち大卒者にスポットを当てています。
「若年無業者」という言い方をされると、大学生は「自分には関係ないことだ」と人ごとのようにとらえてしまうかもしれませんが、工藤さんの本を読むと、大学を卒業しても就職先が見つからない危機が現実感を持って迫ってきます。
(※注)若年無業者=学校に通学せず、収入がない独身者(15歳以上34歳以下)
工藤 高卒や大学院卒、中退というテーマも考えましたが、今回はあえて「大卒」「無職」をキーワードに書きました。高校から大学や短大、専門学校に進学しても、就職先が見つからず無職に陥ってしまう。こうした例が、若年無業者のうちボリュームゾーン(多数派)を占める時代がすぐそこまでやってきています。
西田 厚生労働省と文部科学省の発表によると、今春(2013年春)卒業予定の大学生(約56万人)の就職内定率は63.1%です(2012年10月1日時点)。10月時点で、大学生のうち16万人が内定を得られていない計算になります。
工藤 秋から冬にかけて、大学のキャリアセンター(就職課)は4年生ではなく3年生向きに動き始めます。内定を得られないまま秋から冬を迎えた4年生にとっては、学内での居場所がなくなってしまうのです。夏までの就職活動にはだいたい30万円の費用がかかるそうで、秋になれば蓄えも底を突いてしまいます。いつ面接の予定が入るかわからないため、バイトの予定をびっしりと入れるわけにもいきません。
さらに深刻なのは、就職が決まった学生の周りには、同じく就職が決まった学生が集まることです。内定を得られていない学生が、恥ずかしくて自分から仲間を避けてしまう面もあるでしょう。周りの人も、内定が決まっていない仲間に対して腫れ物に触るように接してしまう面もあると思います。
内定をもらえていない学生が、すでに就職が決まった友達の輪の中に入ることはしんどい。かといって「最近どう?」と声をかけてもらえないのはもっとしんどいものです。〝就職強者〟と〝就職弱者〟の間が分断されてしまう状況はとてもつらいのです。
西田 「あいつ、まだ就職が決まっていないらしいよ。そっとしておいてやろう」と距離を置かれることが、よりいっそう就職弱者のモチベーションを下げてしまうのですね。
工藤 そろそろ卒業旅行を企画し始めてもおかしくない時期なのに、内定が取れていない学生にだけ話が回ってこない。飲み会の案内も回ってこない。ところがツイッターやフェイスブックを見れば、そういう案内が周りの友達の間で回っていることが見えてしまいます。「自分だけが情報から遮断されている」とショックを受け、自分自身を守るため、キャンパスでもネットでもますます情報から乖離してしまうのです。
大卒者の3人に1人がフリーターになる時代
西田 今のお話は示唆に富みます。内定を取っている学生の周りには、同じく内定を取った学生が集まる。内定を取れていない学生の周りには、自分と似たような学生が集まるか、誰も声をかけてくれなくなってしまう。ソーシャルキャピタル(社会関係資本)をうまく活用できないために、就職弱者の学生はいっそう追い詰められてしまいます。
たとえば「外資系金融機関に就職したい」という特定の志向を持った学生同士が集まると、お互いが持っているノウハウやスキル、知識が共有されます。もともとコミュニケーションに優れた学生が大勢集まれば、周りから刺激を受けてますますコミュニケーションスキルが高まっていくでしょう。内定を取れていない学生は、まずは手近にあるソーシャルキャピタルをうまく活用していくべきです。
工藤 僕が支援している学生のグループでは、就職が決まった学生も最後まで集まりに参加するようお願いしています。就職が先に決まった学生は、まだ内定を取れていない仲間をサポートするのです。人のために取ってきた情報は、自分で探してきた情報よりも客観的視点が含まれていて役立ったりします。
西田さんが自分のために就活の情報を探すのと、僕が西田さんのために情報を探すのではだいぶ違いますよね。就職が先に決まった学生が、仲間のために協力を惜しまない。学生間の共助が盛んになれば、「大卒者の3人に1人がフリーターになる」という状況を少しでも改善できると思います。
西田 今の大学生は「就職がヤバそうだぞ」という現実を何となく把握してはいます。自分たちが生きる社会が構造変動の時期にさしかかっており、どうやら昔のルールは通じなくなりつつある。ところが彼らは「そうはいっても自分だけは大丈夫だろう」とどこかで安心しているのです。
サークルの先輩はどこかに就職できているし、親戚だって働き口を見つけている。だから自分も大丈夫だろうと安心している。そういう人たちに危機感を伴ったメッセージを訴えかけるためにも、『大卒だって無職になる』は重要な一書です。
ちぐはぐな就職指導
西田 就職活動に臨む学生はコミュニケーション能力ばかりを鍛えようとします。大学のキャリアセンターが実施する面接指導でも、コミュニケーション能力を鍛えることに特化したトレーニングがメニューの多くを占めます。しかし就職コンサルタントの常見陽平さんによれば、採用条件のプライオリティー(優先度)では、コミュニケーション能力は必ずしも上位ではない。コミュニケーション能力を不必要と考える企業などないので、採用条件として必ず挙げられるものの、優先度としては協調性やリーダーシップのほうが高かったりするそうです。
工藤 会社は饒舌な人間ばかりを求めているわけではありません。とはいえ「コミュニケーション能力がなくても大丈夫です」「対人関係苦手な方を募集しています」という会社はないわけです(笑)。口下手で、人前で緊張してしまうタイプはバイトの面接まで落ちてしまいます。
問題は口数が多いか少ないかではなく「伝えるべきことを伝えられているかどうか」です。「私はサークルで副部長をやっていました」という情報は、会社にとってはたいした意味を持ちませんよね。
西田 副部長を務めていた経験が会社に入ってからどういう形で役立つのか。そこの意味づけができていなければ、PRポイントにはならない。
工藤 「最弱のメンバーが集まるサークルだったのに、私が副部長を務めた時代に優勝までこぎ着けた」というハリウッド映画のようなストーリーは、まったく求められていません。どういう経緯で副部長になったのか。副部長になってからどんな努力をしたのか。「自分の話なんて陳腐でつまらないだろう」と思わず、伝えるべきことを伝えなければ面接試験で評価されません。
西田 先日、非常勤講師を務める大学でたて続けに就職相談を受けました。彼らが持ってくるエントリーシート(履歴書)には、まず「社会で必要とされているのはコミュニケーション能力である」という定義が書かれていたり、「私はアパレル店舗でのアルバイトを通じて、接客力とコミュニケーション能力を培ってきた」「十分な経験を積んでおり、貴社に入ってからこの能力を生かして仕事ができる」と書いていたりするのです。
「アパレル店舗」を「レストラン」や「塾講師」と入れ替えても、このPRポイントはそのまま使えてしまいます。
「なぜアパレル業界の店でアルバイトした経験が役立つの?」と学生に質問してみると、そこはまるで突き詰めていない。
なぜこういうエントリーシートを書いてしまうのか。キャリアセンターの職員と就職対策本がセットになって、底の浅い履歴書のひな形を学生に教えているのです。
工藤 僕のNPO法人でも新卒採用をやったことがあります。不登校やひきこもり、鑑別所に入った経験がある若者を支援しているNPOだけに、履歴書に書かれているPRポイントに驚きました。不登校の経験や「××をやめた経験」といったマイナス要素が、ものすごく強調されているのです。「だから私には若者の気持ちがわかります」と言いたいのでしょう。
学校を中退したというような過去の経験を知りたいのではなく、そのとき何を感じ、私たちの組織でどう生かされるのかを知りたいわけです。
西田 大学で窓口業務を担当する職員は経験が浅い若手だったりしますし、ハローワークの職員が多様な職業に詳しいとは限りません。残念ながら、大学やハローワークで指導してくれる職員に当たりはずれがあるのが実態です。
工藤 若者支援に関わろうとされる方に「コミックスの『ワンピース』を全巻読んでください。関わり方はその後です」と言うことがあります。本音を打ち明ける前段階でいかに信頼関係を構築するかが重要です。
コミックスが重要なのではなく、若い世代について知ることも大切なことなわけです。
今の学生が持っている知識や使えるツール、育った時代は異なるわけです。そういうバックグラウンドの違いを認識するだけでも関わり方はずいぶん変わると思います。
奨学金という名の学生ローン
西田 バブル世代とはうって変わり、今の学生は可処分所得が小さくなってしまいました。親のお金を使って海外に出かけたり、大学以外の場所で学ぶ機会を得るチャンスが少なくなっています。私立大学に通う自宅外通学生への仕送りは9万1300円と、1985年の調査開始以来最低を記録しました(東京地区私立大学教職員組合連合の調査による)。
工藤 僕の学生時代はせいぜいポケベルかPHSを1台持っているくらいでしたが、今の学生はモバイルwifiルーターと携帯電話の両方を持っていたりしますから、それだけで年間10万~20万円近くの維持費がかかります。アルバイト代はこれらの固定費を支えるために使われ、余暇を自由に使ったり海外経験できる学生など、よほど恵まれた層に限られます。
西田 学生に質問すると、1ヵ月に1冊しか本を読まない人がざらにいるのです。レポートの課題図書を指定すると「その本はおもしろいと先生は保証してくれますか」というコメントが返ってくることもあります。
本を読む行為は、損得とは別の場所に存在しているはずです。損得を超えた読み方によって教養が培われるわけですし、多様な知識の獲得がある。本を読む行為にさえコスト概念が発生するほど、多くの学生は経済的に余裕がなくなっています。
工藤 学生の話を聞いていると、そろそろ限界値に近づいていると思います。学校という所属先があるだけで、それ以外の状況は困窮する非正規雇用の労働者と大学生とではあまり変わりません。
日本学生支援機構(旧:日本育英会)から奨学金を借りると、大学を卒業して半年後から返済が始まります。ここの奨学金にはいくつか種類があって、利息が付される奨学金を得ているのが約75%なのです。借入額は月額3万円から12万円まであり、最大20年分割で返済します。
西田 毎月12万円を4年間借りた場合、合計576万円です。大学院に進学してからも月額12万円を借り続けたとすると……。
工藤 仮に月額5万~6万円としても、大卒の初任給では相当厳しい返済額です。経済的に苦しいから奨学金を借りて大学に通っているのに、大学を卒業したとたん多額の借金返済が待っている。奨学金という名の学生ローンを返済できる会社に就職できなければ、自己破産せざるを得ない危険性もあるのです。
若者は日本の「レアキャラ」
西田 日本生産性本部が実施した新入社員の意識調査によると、「今の会社に一生勤めようと思っている」という回答は過去最高です(2012年春、60.1%/過去最低だった2000年は20.5%)。安定志向が高まる一方、「社内で出世するより、自分で起業して独立したい」と答えた人の数は過去最低です(12.5%/過去最高だった2003年は30.5%)。
工藤 総務省の調査によると、1年以上仕事がない長期失業者は2010年に100万人以上、翌2011年には117万人を突破しました。昨年(2012年)7~9月のデータによると、1年以上に及ぶ25~34歳の長期失業者は28万人に達します。この数値は20年前の7倍、2001年と比べると3割も増えているのです。日本は先進国のなかでは若者の失業率が低いといわれていますが、そのかわり失業期間が異様に長いのです。就職試験を受けても受けても受からず、自己肯定感を得られない。そうこうするうちに、自分と労働市場との距離が広がっていきます。
企業の雇用習慣が3年や4年で変わるとは思えませんし、若者の雇用に短期間で劇的な変化が起きるとは期待できません。自分が働きたい会社から内定をもらえなかったとしても、学生は「とにかく正社員になる」ことを目指したほうがいい。第1志望の会社でなくても、とにかく1度正社員になってから目指すところヘステップアップするほうがよいと思います。
新卒から無業になったり非正規雇用で働くよりは、なんとか正社員になったほうがいい。もちろん、人を物のように扱う企業があるのも事実です。内定を獲得した会社が大丈夫なのか不安なときこそ、積極的に周囲から情報を求めるべきだと思います。
西田 工藤さんはよく「若者はこれから希少財になる」とおっしゃっています。2040年から50年にかけて日本に高齢化のピークがやってくると、若者は社会にとって貴重な財産になっていくのです。
工藤 まさしくレアキャラです。道端で中学生や高校生と会話をするどころか、すれ違うこともレアになります(笑)。若者はこれから、日本社会にとって「金の卵」になりつつあるのです。
西田 かつて団塊の世代も「金の卵」ともてはやされました。戦後日本が復興するためには、団塊の世代という大量の労働力が必須だったわけです。これからの日本の若者は、かつてとは違った意味で「金の卵」になります。雇用について明るい話題が乏しい昨今ですが、「若者こそ社会のレアキャラだ」と前向きにとらえていきたいものです。
若者の雇用についての「課題先進国」である日本は、「ソリューション(解決策)先進国」にもなりえます。お隣の中国では、これから日本とは比較にならないほど激しい少子高齢化が進むわけです。日本は若者の雇用をめぐる「ソリューション先進国」として、アジアのモデルになっていけばいいのではないでしょうか。
<月刊誌『第三文明』2013年3月号より転載>