【2013年新春鼎談】つながる社会――日本の進むべき道を語る

脳科学者 茂木健一郎
反貧困ネットワーク事務局長 湯浅 誠
作家 ジョン・キム

 課題多く、先行き不透明な社会が、今再び活力を取り戻すためのキーワードは「つながる社会」。茂木健一郎氏、湯浅誠氏、ジョン・キム氏がそれぞれの立場から、これから我々が抱える問題を切り開くヒントを語る。

※月刊誌『第三文明』2月号(2013年1月発売)掲載された記事を転載しています

人と人をつなぐインターネット社会

――インターネットによって人間関係のつながりが変わりました。

湯浅 誠 社会運動の活動においてインターネットの活用は避けて通れません。以前はメッセージを発信するのに雑誌に投稿したり、自分たちでニュースレターをつくって何百通も郵送したりしていました。そのころと比べると隔世の感があります。
 たとえば、夜の7時からイベントをやろうと思っても、皆さん日常的に忙しいので7時に来られない人が結構多いです。
 そのときは、イベントの内容をアーカイブ(データ化しての保存)しておけば、来られなかった人も家に帰って見ることができます。
 こうしたコミュニケーションのハードルが相当下がったことは活動上、大きなメリットとして実感しています。

ジョン・キム 日本の市民社会におけるソーシャルメディアの活用を見ていると〝柔らかいつながり〟であると感じます。
〝アラブの春〟などに見られる中東諸国におけるソーシャルメディアの活用では内国民とグローバルコミュニティーとの連帯が見られますが、日本は言語の問題もあり、つながりが国内で完結しています。

脳科学者・茂木健一郎氏

脳科学者・茂木健一郎氏

茂木健一郎 僕は、今、フラッシュモブ(注1)という、スピード感ある新しい動きが気になります。
 僕が「日本未来の党」結党に当たっての「びわこ宣言」の賛同人になった経緯は、2本の電話からでした。小沢一郎さんと嘉田由紀子さんそれぞれから電話が1本ずつあり、1分ほど話をしてそれで終わりでした(笑)。
 以前の政党なら根回しして段取りを踏んでやっていたことを、今は電話やメール1本でできてしまいます。情報の結びつきだけでなく、人々のリアルな結びつきも非常にスピード感が上がってきている。このスピード感が新しいソーシャルムーブメントの可能性を示し始めている気がします。

※注1 インターネットを通して広く呼びかけられた群衆が、公共の場に集結してあらかじめ申し合わせた行動を取る即興の集会。

キム スピード感については、ツイッターに見られる波及効果や伝播の速度がありますが、一方でフェイスブックは同じソーシャルメディアでも性質が少し違う気がします。フェイスブックの場合、リアルで信頼関係のある人たちのつながりであって、その人間関係が途切れないところがポイントです。

茂木 それで、面白いと思ったのは小沢一郎さんにしても嘉田由紀子さんにしてもネットを使う人じゃないところ。嘉田さんにメールを送ろうと思ったけどメールアドレスがわからない(笑)。
 電話やFAXしか使わない人たちにも〝スピード感〟が入っている感じが面白い。ポリティカルプロセス(政治手法)が連鎖的に進んでいるようなフェーズ(段階)にきていると感じます。

湯浅 確かに、意思決定の在り方やプロセスが変わってきています。
 かつては自民党的調整型政治と揶揄された時代がありました。
 社会がJAや労働組合、経団連のような大きなブロックの集合体として構成され、大きなブロックの利害調整の中で物事が決まっていましたが、今はそうしたブロックに所属しない人たちがどんどん増えてきて、変わってきています。

茂木 大きなブロックという関連でいうと、今回(2012年12月)の都知事選を見ていて面白かったのは、既成政党の支持がまったく意味がないことです。この感じが国政選挙にも広がった気がします。
 乱立した政党を見ていても組織らしい組織はなかった。リアルの部分がある側面で実効性を失い、空中戦の世界になっているような印象を持ちました。従来のローラー作戦のようなものが力学的に有効性を失ってきているんだと思います。

キム そのような流れの一方で、デジタルポピュリズムの問題があります。ソーシャルメディア上では言葉がうまい人が主役になりがちで説得力を持ってしまいます。これは懸念されているものの、まだそこに対する社会的な分析は定着していません。

湯浅 ポピュリズムは「人々による政治」という意味で、民主主義に対して親和性が高い。一方で、衆愚性に転化するリスクがあります。プラトンの時代、アテネの直接民主制は制限選挙で、家事を担う人たちは選挙に参加できませんでした。私たちの社会はそうした制限を縮小してきましたが、プラトン流に言えば衆愚政治に転化するリスクを高めてきたわけです。
 本来、誰でも選挙に参加できるようにする以上、同時に誰もが等しく議論できる条件を社会的につくらなければいけません。それが衆愚政治に対する防波堤になります。しかし、社会に格差・貧困が広がる中、じっくりと議論をしている余裕がない人が多くいます。
 それらのことが、ポピュリズムのリスクとして社会に顕在化し、ソーシャルメディアでは、付和雷同型のリアクションが起きるのではないかという危機感を持たせてしまっています。
 これはソーシャルメディアの問題というよりは、社会としての防波堤をどうやってつくっていくかの問題だといえます。

日本の外交と領土問題

――2012年は領土問題が政治的にも社会的にも注目されました。

反貧困ネットワーク事務局長の湯浅誠氏

反貧困ネットワーク事務局長の湯浅誠氏

湯浅 領土問題は1つの領土をめぐって2つの国がお互い「これは俺のものだ」と言うことではじめて起こります。その両国がいかに知恵を振り絞り最悪の事態を避けるかがまさに外交の役割です。
 対内的に求心力を維持しつつ、対外的に外交力を駆使して調整するという点では、実は社会運動もまったく同じ構図です。
 威勢のいいことを言わないと求心力が持てない。しかし拳を振り上げたままでは全体の合意が取れない。だから話し合って調整しないといけません。
 このことがいかに難しいことであるかをシェアしながら、求心力を維持することが大事です。

キム 中国や韓国のナショナリスティック(民族主義的)なやり方に対し、日本の行動は、結果的にはバランスをとりました。この点は評価しています。
 しかし、日本が明確な方向性を持って領土問題に向き合ったかといえばそうではないと思います。ビジョンが不在な中で領土というセンシティブ(取り扱いに注意を要する)な問題で国内の活力を生み出そうとする動きは、将来的に見ると危険です。
〝日本がやられている〟という感覚に基づいて体制が再構築されていくことはかなり怖いことだと思います。

茂木 脳科学的に見ると領土問題はお互いが正しいと思う「認知的失敗」と呼ばれる現象です。
 日本は領土問題をアドホック(特別)に考えますが、実はほとんどの国民国家の組み合わせの間には領土問題があって、領土に関するシステム的な脆弱性の問題ともいえます。
 イギリス的な保守主義では、人間とは本来変わらないものであると考えます。その意味では、韓国の人も中国の人も変わらない。突然、心を改めて意見を変えることはないんです。
 双方に自分が正しいと思う理由があるので基本的に解決のしようがない。つまり、領土問題は棚上げにする以外の選択肢はないと思います。

キム 領土問題は国家間のことですが、人間同士においても同じことがいえます。自分にとって理不尽なことは相手にとって合理になるわけです。
 どう解決すべきかを考えるよりも、そういう性質であることを深く理解して問題とどのように付き合っていけばよいかを考えるべきです。
 国民レベルにそうした認識がない状態で、政府やメディアから流される情報だけに基づいて相手の印象をつくっていくことは、かなり危険だと思います。

湯浅 いちばん怖いのは政府とメディアと国民が相互に煽り合って、引くに引けなくなることです。

茂木 まさに戦前の日本と同じです。
 別の視点に立つと日本のナショナルプライドがズタズタになっているという見方もできます。日本は国際的な不平等を感じ始めている気がします。大学もダメだし、メディアもダメ。グローバルなところで輝くものがないと思い始めたとき、ジョン・キムさんがおっしゃった間違った突破口に向かう危険性があります。
 だから今こそ日本は、エンパワーメント(力をつけること)する必要があるんです。

超少子高齢社会に向けて

――少子高齢化をどのように考えますか。

湯浅 日本には世界に示せるモデルをつくれる可能性があります。それは超少子高齢社会をどう乗り切るかということです。これは今後の中国も韓国もシンガポールやタイ、マレーシアなど多くの国の参考になります。
 日本の高度経済成長がアジアのモデルになったように超少子高齢化を乗り切るモデルを示すことは今日本ができる最大の国際貢献だと思います。

キム 日本は世界の中でも成熟した資本主義の最先端を走っています。ほかに模範となる社会ビジョンがないため、日本には社会的なイマジネーションが求められているわけです。
 従来の成長神話を再現させるか、あるいは税金をかけて格差をなくし生活の質を高めていくか。ここに対する社会的な議論がまだまだ足りません。

作家のジョン・キム氏

作家のジョン・キム氏

湯浅 小さい政府か大きな政府かという議論はありますが、日本が北欧型の大きな政府になることはあり得ないでしょう。日本は中規模の国家を目指すしかないと思います。コミュニティーやNPOの力を生かしながら、日本型の落としどころを探っていくことが必要です。

キム 格差是正と経済成長は相反しません。だからこそ、イノベーション(経済成長の原動力となる革新)を起こして経済成長を生み出していく必要があります。
 経済成長を担う人材が必要な力量を学校や企業の中で、どのように身につけていくかという評価体制の再構築が必要です。しかし教育制度を含め現状はまったく変わっていません。点数で多様な人材を順位づけられる認識が戦後からずっと続いています。
 多様性や異質に対する寛容性が教育の選抜においてまったくないということは時代にマッチしていないと言わざるを得ません。

教育と経済成長の鍵を握るマイノリティー

茂木 教育の問題は僕もずっと戦ってきたのですが、なかなか変わりません。
 特に大学が変わる必要性を感じますが、日本の大学関係者だけではマインドセット(経験・先入観からの思考様式)的にもう無理です。いっそ東京大学の運営を、ハーバードやスタンフォードに頼んだらいいとすら思います。そうすればノウハウを学べます。

湯浅 教育が成熟した社会についてきていない。成熟型社会というのは成長の質を問える社会だと思います。
 それは教育も同様で、700点よりも800点のほうがいいと見てしまい、質の議論ができないところが成熟型に成りきれない要因だと思います。

キム 日本は震災を機に、失われた10年、20年の中で改革できなかった、マインドセットの問題を変えるチャンスと期待を寄せた人は多かったと思います。それが、震災から2年近く経とうとしていますが、体制再構築の好機になっていません。

茂木 本当に組織・体制は変わらなきゃいけない。最近いろいろな組織に行って感じるのは〝オジサン〟だけしかいない組織はヤバイということです。これからは女性や外国人やマイノリティー(少数派)の存在が組織の鍵を握ると思います。
 世界における〝イノベーションの文法〟でもマイノリティーに鍵があります。
 アプリの開発もはじめは小さく生んで大きく育てるような流れです。だからスタートからマジョリティー(多数派)の感性を反映する必要はないんです。
 ところが日本はマイノリティーのエコスペース(環境空間)が十分にない。社会の中にエコロジカルニッチ(生態的地位)の多様性を生み出していく。それが成長戦略につながると思います。

若者の働き方

――若者が働きにくい社会になった気がします。

湯浅 給与所得がかつてのように毎年上がっていくことが見込めない今、できることは子育てや教育費、住宅費用などの支出を下げていくことです。
 収入が20万円でも支出が10万円であれば、手元に10万円残りますが、収入が40万円あっても支出が40万円かかれば手元には残りません。
 働き方というと労働の問題や労賃の問題になりがちですが、支出をいかに下げるかということについて官民共同で取り組む必要があると思います。

キム 私の周囲の学生を見ていると、彼らはやりがいや働きがいを求めています。
 経済成長を経験していない世代の彼らは、未来や組織に過度な期待を持っていないため、昔の〝企業戦士〟のような働き方はしません。大企業が業績的にも世界的なプレゼンス的にもパフォーマンスが出せていない状況の中で、若者に対して「こう働け」という言葉の根拠がかなり薄れてきています。
 企業側が自己変革をしていかなければ、若い人たちはどんどん離れていってしまいます。これは国にとって中長期的に大きな危機です。

湯浅 あと、就職活動が若い人の可能性を削ぎ落としてしまっている面もあります。
 就職活動ができない人は、コミュニケーション能力が足りないと切り捨てられてしまうのです。企業の鋳型に若い人を押し込めていくことは、社会全体としてマイナスな作業です。

茂木 欧米経済が不調に陥ったときに、好調なアジアは欧米とデカップル(切り離す)しようとする〝積極的なデカップル論〟が流行りました。早稲田大学の「だめ連」(注2)のような就活からあえて降りる生き方を選ぶ若者も出てきています。彼らは、日本企業の在り方からあえてデカップルしているような気がします。

※注2 早稲田大学の同窓生がつくった「生き方模索集団」。「普通の人のように働けない」「家族を持てない」といったことを否定的に捉えず、あえてそのような人間であることを表にした。

湯浅 ただ、実際にはいろいろなものに恵まれた環境がないと、常識的なルートから外れることは難しいと思います。
 なぜならその受け皿が乏しいからです。ルートを外れると結婚も子どもをつくることもあきらめないといけない状況に陥ります。
 やりがいをとるか、結婚や子どもをとるか、といった選択はあまりにも貧弱です。若者にこらえ性がないといった論調で、若者の働き方の問題が矮小化して語られてきましたが、いつの間にか日本社会の屋台骨の問題になってしまったわけです。

茂木 たしかに明日の生活もままならないような状態ではデカップルなんて言ってられませんね。
 しかし、少なくとも時代の気分としては間違いなくあると思うんです。「正規雇用につかなければいけない」という圧迫は減ってきていると思います。

キム 茂木さんの視点は若者がもっと自分を伸ばしていくための手法の一つとしてデカップルする傾向があるということで、湯浅さんの視点はそこから外れて絶望に陥る人たちへの懸念があるということですね。

湯浅 そうですね。やはり1人ひとりの力が最大限発揮される条件をつくるべきだと思います。

2013年の展望

――課題の多い日本ですが、今年をどんな年にしたいですか?

湯浅 2013年は〝芽を育てる年〟にしたいです。
 震災以降、自分たちで考えて動かないといけないという、主権者としての当事者意識が芽生えてきています。
 その芽が、領土問題に見られるナショナリズムへの吸収に向かってしまうのか、それとも直接民主主義的な要素を入れて自分たちが主役の社会をつくっていくのか。今日本はその分かれ道にいます。
 せっかく芽生えたその芽をよい方向に育てていく年にしていきたいですね。

キム 総選挙で政党が乱立した様相は、1つの正解がない中での模索が生んだ状況だと思います。そしてそれがもっと拡大していけば、1人ひとりが社会の在り方について考えていくきっかけになります。
 混乱し混沌としている社会こそ、ある意味では最も変革しやすい社会です。
3-01 皆が当事者意識と責任者意識を持つことができれば、日本は動きだしていきます。日本の素晴らしさは人々同士の信頼であり、思いやりです。過去に比べて信頼や思いやりが乏しくなっている感もありますが、世界と比べれば、まだまだ日本は信頼に基づく社会です。
 より一層の愛情の連鎖がある社会を築く1年になるよう願っています。

茂木 もはや日本人の問題を、日本人だけで解決できるとは思いません。
 ローマ帝国が繁栄した理由は、ゲルマン民族や新しい人たちをどんどんローマに取り入れたことです。日本もそうやって世界中の人とつながり、お互いに助け合うオープンで多様な社会を目指すべきです。まさに湯浅さんが提案する「共生社会」のビジョンを世界に広げていく時代です。
 とりあえず今日は、この3人がこうして〝つながった〟ことがよかったです(笑)。

<月刊誌『第三文明』2013年2月号より転載>


もぎ・けんいちろう●1962年、東京都生まれ。脳科学者。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て、ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。『脳と仮想』で第4回小林秀雄賞、『今、ここからすべての場所へ』で第12回桑原武夫学芸賞を受賞。著書に『脳内現象』(NHKブックス)、『挑戦する脳』(集英社新書)など多数。Twitterアカウント @kenichiromogi

ゆあさ・まこと●1969年、東京都生まれ。95年よりホームレス支援活動に取り組み、現在、反貧困ネットワーク事務局長、NPO法人自立生活サポートセンター・もやい理事を務める。10年5月に内閣府参与(その後、内閣官房震災ボランティア連携室長、内閣官房社会的包摂推進室長も兼務)に任命される(12年3月に辞任)。著書に『反貧困』(岩波新書/大佛次郎論壇賞受賞)、『ヒーローを待っていても世界は変わらない』(朝日新聞出版)など多数。Twitterアカウント @yuasamakoto

ジョン・キム●1973年、韓国生まれ。作家。元慶応義塾大学大学院特任准教授。アジア、アメリカ、ヨーロッパなど、3大陸5ヵ国を渡り歩いた経験から生まれた独自の哲学と生き方論が支持を集める。著書に『媚びない人生』(ダイヤモンド社)、『真夜中の幸福論』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)などがある。Twitterアカウント @kim_passy