母たちの絶望する戦争を2度と起こすな
私がこれまで常に心のなかで大切にしてきたことは、どんなことをしても、たとえ名誉やプライドをかなぐり捨てることがあったとしても、平和だけは守りたいとの信念です。およそこの世の中で、人間の所業によって人間が苦しむほどの不幸はないと思います。そのなかでも最大の不幸が、人間が人間を殺す戦争であり、とりわけ核兵器の使用こそ人類史上最大の罪悪だと考えています。 続きを読む
私がこれまで常に心のなかで大切にしてきたことは、どんなことをしても、たとえ名誉やプライドをかなぐり捨てることがあったとしても、平和だけは守りたいとの信念です。およそこの世の中で、人間の所業によって人間が苦しむほどの不幸はないと思います。そのなかでも最大の不幸が、人間が人間を殺す戦争であり、とりわけ核兵器の使用こそ人類史上最大の罪悪だと考えています。 続きを読む
1945年8月――。日本が15年におよぶ戦争を終えてから69年目の夏を迎えた。310万人の日本人が犠牲となった先の大戦。東京大空襲や2度の原爆投下などで一般市民も100万人が泉下の人となった。
日本人は「被害者」としての側面もある半面、アジア太平洋地域では「加害者」としての側面を持つ戦争だった。
その中の1つに、1937年(昭和12年)、当時の中華民国の首都であった南京が陥落し、日本軍が入城する前後に行われた虐殺事件がある。 続きを読む
日本が抱えるさまざまな課題。そこにある多くのズレに着目し、そこを浮き彫りにすることで見えてくる変革への道がある。
以前に書いた『絶望の国の幸福な若者たち』という本を出版して以来、僕自身が若者として、いろいろな場所に呼ばれる機会が増えました。若者としての意見を求められる中で、そこで出会った〝大人の人たち〟を不思議な存在だなと感じていました。 続きを読む
5月15日の記者会見で、安倍首相は「限定的に集団的自衛権を行使することは許されるとの考え方」で、与党協議に入り閣議決定をしたいと発言していた。
だが前2回のコラムで検証してきたように、7月1日の安全保障法制に関する閣議決定は、あたかも新たに「集団的自衛権」に踏み込んだかのように見えながら、実際は日本政府がこれまで「個別的自衛権」の範囲としていた領域を出ないものだった。 続きを読む
7月1日(2014年)の「閣議決定」について、田原総一朗氏はこう述べている。
「公明党が強く反対をしたため、政府・自民党は大きく妥協。さまざまな条件をつけるなどして、当初の案を大幅に変更した。その結果なのだろう。できあがったものは、『個別的自衛権』で十分やれるのではないか、という内容なのだ」(田原総一朗公式ブログ 7月23日付)
「解釈改憲だとの批判もあるが、閣議決定を読む限りそれは当たらない」(「平和憲法の基本原則守った 個別法審議でも公明の踏ん張り期待 ジャーナリスト/田原総一朗」公明新聞7月26日付)
今回の閣議決定は、一見すると奇妙である。
メディアは閣議決定を〝集団的自衛権行使が一部容認された〟と主張し、自民党もそのように言って満足し、反対派も同じ認識で憤り、しかし一方の与党である公明党は〝従来の個別的自衛権の政府見解を何も越えていない〟と言い、田原氏ら多くの識者もそう言い始めている。 続きを読む