注目される沖縄伝統空手(上)――「空手」は沖縄発祥の武術

ジャーナリスト
柳原滋雄

世界に広がったカラテ

 2016年夏、2020年東京オリンピックの正式種目に「空手」が初めて選出され、柔道と同じく〝日本発祥の武道〟として注目を集め始めている。東京五輪では、空手競技は型と組手部門に分かれ、柔道終了後、日本武道館で開催される見込み。だがこの空手、もともとは沖縄をルーツとする武術であることを知る人は意外と少ない。
 ことし沖縄県が発表した「沖縄伝統空手・古武道実態調査業務報告書」(2017年)によると、空手発祥の地が沖縄であることを知っているかどうかを尋ねた質問で、沖縄県内の回答者は「確かに知っている」が70%を占め、「なんとなく知っている」の26%と合わせて96%の大多数が認識していたのに対し、日本国内全体となると、「確かに知っている」はわずか13%、「なんとなく知っている」の22%と合わせても計35%にすぎない実態が明らかになった。つまり日本国内では、沖縄県を除けば、空手の発祥地を正確に知る人は半数にも遠く及ばない現実を示している。

沖縄空手会館(沖縄県豊見城市)

沖縄空手会館(沖縄県豊見城市)

 古来沖縄は、中国との貿易で栄え、豊かな独自文化を育んできた。空手もそのうちの一つで、当初は「手」(ティー)と呼ばれていた中国系武術が、その後、「唐手」となり、さらに「空手」へと名称変更された歴史がある。
 かつて琉球武士のたしなみとされた「手」は、師匠から少数の弟子へ秘密裡に伝えられた〝秘伝の武術〟にほかならなかった。明治期に入って体育的効用が注目されて沖縄県の学校体育に取り入れられ、20世紀はじめから広く一般にも普及するようになった。
 日本本土では、慶応大を嚆矢として各大学に空手部が作られて急速に広がり、松濤館流、糸東流、和道流、剛柔流の4大流派が確立され、世界に広がった。極真空手を中心とするフルコンタクト系空手(直接打撃制)が出てくるのはその後で、歴史としてはむしろ新しいほうに属する。
 一方、「元祖」沖縄では、しょうりん(小林、松林、少林、少林寺、一心)流、剛柔流、上地流が3大流派とされ、本土の流派とは異なる構成だ。
 現在、世界の空手人口は5000万とも6000万ともいわれ、家族などの関係者全体を含めると、愛好者総数は1・3億人というデータもある。

沖縄を求めて来日する世界の空手愛好家たち

 そんな空手発祥の地である「聖地」沖縄に、世界の空手家たちが稽古目的で自由に訪れるようになったのは、それほど古い話ではないようだ。一つはインターネットの普及で、情報入手が容易になり、訪れやすくなったことがある。

ミゲール・ダルーズさん

ミゲール・ダルーズさん

 沖縄空手案内センターで広報担当として勤務するミゲール・ダルーズさん(46)はそうした活動に主体的に関わってきた一人だ。14歳のときにフランスで空手を始め、本場沖縄での修行を目的に22歳で来沖。近年は得意の語学を生かして翻訳業で生計を立てるかたわら、沖縄の空手道場での稽古を希望する海外愛好家たちを各道場に取り次いできた。当初はボランティアで活動していたが、今年3月、県の肝入りで豊見城市に「沖縄空手会館」が新設され、その中に案内センターが設置されると、これまでの活動が認められ、臨時職員として採用された。
 2012年から自主的に始めた紹介活動で、これまで5年間にのべ700人以上の空手愛好家たちを海外から受け入れたと語る。国籍は多い順に、米国、オーストラリア、アルゼンチン、フランス、イタリア。2週間以内の滞在が圧倒的に多く、たまに長い人で1ヵ月を超えることもあったそうだ。
 そうした空手目的の沖縄訪問者が全体で年間どれくらいの数にのぼるか。沖縄県内400道場にアンケート調査した冒頭の実態調査からは「5000人」という数字がはじき出されている。
 沖縄独自の文化といえば、空手のほかにも琉球舞踊、組おどり、エイサー、三線など数多く存在する中、2016年4月、県庁内に一つの文化に特化した課が初めて新設された。その名は「空手振興課」。
 従来の文化振興課から独立したセクションで、常勤職員7人と非常勤数人で構成。沖縄空手国際セミナーの定期開催、沖縄空手指導者の海外派遣、「空手の日」記念演武祭の実施、沖縄空手振興ビジョン(仮称)の策定など、多彩な事業に取り組んでいる。
 毎年8月を中心に開催される国際セミナーは、これまで5回開催され、海外24ヵ国・地域から累計400人近くが参加したという。
国際大会の申込開始を発表した記者会見

国際大会の申込開始を発表した記者会見

 さらに今年3月には、「沖縄空手会館」の供用が開始され、研修施設・稽古施設・展示施設をかねた同会館は、「空手発祥の地・沖縄」を国内外に発信するための拠点として活用されている。
 来年8月には「第1回沖縄空手国際大会」と銘打ち、沖縄3大流派プラス古武道(棒、サイ)における国際的な型競技大会を開催予定だ。東京オリンピックで想定される空手競技(型部門)と何が違うかといえば、実践を重視する沖縄伝統空手らしく、動きの派手さよりも実践における有効性という要素が評価の重要基準となる。併せて40種類の各種空手セミナーも予定されている。
 すでに沖縄県では、行政と空手界が一体となった「沖縄伝統空手」振興のための取り組みが着実に進み始めている。

「注目される沖縄伝統空手」シリーズ:
注目される沖縄伝統空手(上)――「空手」は沖縄発祥の武術
注目される沖縄伝統空手(中)――沖縄の空手家・長嶺将真とその時代
注目される沖縄伝統空手(下)――世界から沖縄に集まる空手愛好家たち


やなぎはら・しげお●1965年生まれ、佐賀県出身。早稲田大学卒業後、編集プロダクション勤務、政党機関紙記者などを経て、1997年からフリーのジャーナリスト。東京都在住。