書評『丸山眞男と加藤周一』――戦後を代表する知識人の自己形成の軌跡をたどる

ライター
小林芳雄

芸術への愛好と徹底した読書

 政治学者・丸山眞男(1914-1996)と文学者・加藤周一(1919-2008)は戦後日本を代表する知性であり、ともに著作も多く、実際に日本社会に多大な影響を与えた人物だ。
 本書は、2021年に東京女子大学の丸山眞男記念比較思想研究センターと立命館大学加藤周一現代思想研究センターが行った共同展示の内容を本にまとめたものである。数多くの著作だけでなく、膨大な未公刊の草稿や日記なども丹念に調査し、出生から1945年の太平洋戦争敗戦の年までの2人の成長の軌跡をたどっている。

 丸山と加藤は基本的には自由主義の立場に近く、社会主義に対しても多大なシンパシーをもっていたが、既成のイデオロギーの持ち主として捉えるのはミスリーディングであろう。二人は、出来合いの規準を内面化してそこから自己の判断や行動を割り出していくのではなく、自分なりの独立した判断規準を鍛え上げていくことを課題としていたのである。(本書20ページ~21ページ)

 旧制一高から東京帝国大学へ進学を果たし、エリートとしての経歴を歩んだ2人であったが、模範的な優等生ではなかったという。丸山は授業を抜け出し映画館に通い続けた。また中学生時代の加藤は周囲と馴染めず、友達もほとんどおらず孤独な学生生活を送っていた。その2人が共通して熱中したのが映画やクラシック音楽、演劇などの芸術鑑賞であった。こうした芸術に対する愛好は終生止むことはなかった。
 また、とりわけ情熱を注いでいたのが読書であった。本書によると、洋の東西を問わず、じつに多くの古今の名著を学生時代に読んでいる。こうした経験は、後の著作や研究に生かされることになる。加藤と丸山は他人の言説を受け売りせず、独自の視点からものごとを論じたことで知られる。そうした力を養ったのは徹底した読書なのである。

過酷な戦時下で青春時代を過ごす

「広島体験」も共通する。丸山は一九四五年八月六日に広島市宇品町の陸軍船舶司令部で被爆した。加藤は同年一〇月に原子爆弾影響日米合同調査団の一員として、広島に入り同じく宇品町の第一陸軍病院宇品分院に二ヵ月ほど逗留した。丸山は直接に被爆し、加藤は残留放射能のある広島に滞在した。そしてこの広島体験は二人にとって大きな意味をもち、加藤が医業を廃する理由の一つにもなった。しかも、丸山も加藤も「広島」について長いあいだ語らなかった、というよりも語れなかったという点でも共通する。(本書20ページ)

 丸山と加藤が自己を形成した青春時代は、日本社会全体が戦争へ向け急速に傾斜して行く時期と重なる。国内では要人の暗殺事件が相次ぎ、軍事クーデターも起きる。また諸外国との関係悪化は物資の窮乏を招く。治安維持法が施行され思想統制が強まる。こうした時代の影響は当然のことながら2人の人生にも暗い影を落とした。
 旧制高校時代の丸山は、父の知人である長谷川如是閑(はせがわにょぜかん 1875―1969)の講演会に出入りしたことから特高警察に目をつけられ検挙される。拘留された警察署では暴力をともなう取り調べを受け、以後、特高による監視は敗戦へ至るまで続くことになる。こうした精神的重圧を抱えながらも、丸山は大学卒業後に順調に学者の世界で業績を重ねていく。しかし軍隊から招集を受けた際に広島で原子爆弾によって被爆してしまう。
 加藤は理系の学生であったことから、軍隊に招集されることは免れた。しかし親友を戦病死で失うという不幸に見舞われる。大学卒業後は医師になり、東京大空襲の際には勤務先の病院に泊まり込み火傷を負った人びとの治療に奔走した。また原爆投下直後の広島で調査団の一員に加わり医師として被災者の診断にあたり、核兵器によって生まれた惨状を眼前にする。
 戦争の悲惨さと残酷さは丸山と加藤に多くの苦悩と悲哀をもたらした。とくに「広島体験」からは、言語を絶するような衝撃を受けた。加藤が医師を廃業する要因にもなった。大きな経験であるにも関わらず、長いあいだ2人は「広島体験」を語ることができなかった。丸山が自身の被爆について公の席で初めて語ったのは20年が経過してからであったという。

戦後に2人が問い続けたものとは

 博覧強記の加藤の著作は多岐にわたるといわれる。たしかにそれは間違いではない。しかし、加藤は、生涯、一つの主題を執拗に問い続けたのである。(本書269ページ)

 戦後に丸山や加藤が著わした多くの著作には戦時中の体験が色濃く反映されている。
 加藤が執拗に問い続けた主題の一つは、〈なぜ日本人、とくに知識人が、戦争に引きずり込まれたのか〉というものであった。そこから日本人のものごとの考え方への歴史的な考究が始まる。大著『日本文学史序説』はその成果である。また憲法9条を擁護したことでも知られるが、その際しばしば「裏切りたくない」と述べていた。つねに戦争で失った親友の存在が念頭にあったからだ。
 一方、丸山は、敗戦によって民主主義が海外からもたらされた際、一夜にして多数の国民が「民主主義万歳」を唱えたことに疑念をいだく。そして政治学の立場からこうした現象の基底にある「日本人の精神構造」の分析に取り組み、のちに丸山政治学と称される数々の政治研究を生み出していく。ここから戦後に2人が展開した研究や思想は決して机上の空論ではなく、自身の経験を徹底して掘り下げることによって形成されたものであり、右派や左派といった紋切り型の枠組みでは捉えられないことが明らかになる。
 本書の大きな魅力は、丸山と加藤の知的成長過程とその背景となる時代状況を追体験できる点にある。時系列に即して記述されているので、歴史的事件に対する反応の違いなどから共通点と相違点も読み取ることができる。また、2人が過ごした厳しい戦時下の状況を知ることは、現在、同じく戦火に苦しむ人たちへの理解と同苦へと繋がっていくきっかけとなるだろう。
 自己形成のさなかにある青年世代の人たちや、かつて丸山や加藤の著作に触れたことがある人たちに、ぜひ読んでほしい一冊である。

『丸山眞男と加藤周一』
(山辺春彦、鷲巣力著/東京女子大学丸山眞男記念比較思想センター、立命館大学加藤周一現代思想センター監修/筑摩選書/2023年3月15日刊)


こばやし・よしお●1975年生まれ、東京都出身。機関紙作成、ポータルサイト等での勤務を経て、現在はライター。趣味はスポーツ観戦。