連載エッセー「本の楽園」 第106回 ニートの覚悟

作家
村上政彦

 今の世の中は生きづらすぎる。自分がわかいときはものはなかったが、こんなに窮屈じゃなかった。
 人にはそれぞれ、自分に合った履き物がある。
 なのに、今は既製品の靴に、無理に足を押し込んで履いている。
 だから、歩いているうちにすぐ足が痛くなる。それじゃダメだ。
 靴に足を合わせるんじゃなく、足に靴を合わせなきゃいけない。
 昔わらじを自分で編んだように、自分に合わせた履き物を作る。
 そうすれば、足は傷つかず、どこまでも歩いていける。
 自分専用のわらじをじっくり作る、そのための時間と場所が必要だ

 これは和歌山県の山中にニートやひきこもりの居場所をつくったNPO法人『共生舎』の代表・山本さんの言葉だ。
 ニートもひきこもりも、好んでそうなったわけではない。周りの多くは、本人に問題があるように見るが、どちらかというと、彼らを取り巻く社会に問題がある。
 僕は、中学を卒業したあと、ふたつの高校を中退し、ときどきアルバイトしながら暮らしていた。学校は肌に合わない。会社で働くのも嫌だ。しばらくして、僕のような生き方をしている者が増えると、世の中はフリーターと呼んだ。
 制度に完全なものはない。制度に合わない人や出来事が、必ず、ある。すると、世の中はそれを例外にしてしまう。多くの人や出来事が、その制度にフィットしているのだから、間違っているのは制度ではなく、制度に合わない人や出来事だと判定される。例外は不適合として顧みられないか、場合によっては排除される。
『「山奥ニート」やってます。』の著者である石井あらたは、両親が教師だったので、自分も大学へ進んで教師をめざした。しかし教育実習できびしい指導を受けて、心が壊れる。大学へ行かなくなり、ひきこもりとなった。
 1年もすると、少しずつ外へ出るようになり、居酒屋でアルバイトを始める。しかし失敗続きでシフトが減り、3週目に、「やめる」とLine(!)で伝えた。給料を取りに行ったら、破損した食器などの弁償を求められ、2万円取られた。赤字だった。
 石井は決意する。自分が働くと人に迷惑をかけるから、ニートになる。それも一流のニートに。
 彼はニートが認知される社会を創ろうと仲間を探し始める。出会ったのが年下のジョーくんだった。彼は『共生舎』の山本さんを知っていて、和歌山の山中にある古民家に住む計画を持っていた。石井は、とりあえず様子を見に行って、そこにネット環境も整っていることを確かめ、ジョーくんと暮らし始めた。
 ニートといっても、人間だから食べる。自給自足という手もあるが、そこまで働けるのならニートにはならない。それにネットは大好きだから電気を使う。生活費は必要なのだ。いくら? 月1万8000円。
 いま『共生舎』の営むシェアハウス(無料で譲ってもらった古い小学校の校舎)には15人のニートがいる。彼らがそれぞれ月1万8000円を負担することで、暮らしは成り立っている。月3万円もあれば、余裕のある生活ができるという。
 生活費を稼ぐ仕事も、梅農家の手伝い、花切り(山でサカキやシキビなどを採って来ること)、柚子の収穫・加工、測量の助手、キャンプ場のバンガローの掃除などなど、その気になればいくらでもある。だって、月に2~3万円稼ぐだけだから。その仕事も遊んでいるようにゆるくやれる。
 生活費を稼いでいないときの山奥ニートは、どのような1日を過ごしているのか? 朝は11時ごろに起きる。リビングに行って、食事をとる。基本的に、食事は自分でこしらえるが、気が向けば、ほかの住人の分もつくる。
 昼間は、ギターを弾いたり、鶏を散歩させたり、洗濯したり、何となく過ごす。夕刻になると、誰かが夕食をこしらえる。当番は決まっておらず、つくりたい者が全員の分をつくる。みなが一緒に夕食をとるわけではない。部屋でゲームに夢中になっている者もいる。
 食事のあと、酒を飲む者もいれば、映画を観る者、ボードゲームに興じる者もいる。誰とも話したくない者は、部屋へ戻る。就寝時間は、夜中の3時ぐらい。みなが好きなように暮らしている。
 石井たちが暮らしている集落の人口は5人。平均年齢は80歳を超える。だから、彼らのことを孫のように歓迎してくれる。山奥ニートたちは、土地の人々とうまくやっている。また、石井は、自分が山奥ニートでいられるのは、仲間がいるおかげだ、と何度も繰り返す。ニートであろうが、ひきこもりであろうが、やはり、独りでは生きていけないのだ。
 山奥ニートに興味のある人は少なくなく、この5年ほどのうちに、200人の見学者が訪れているという。
 東日本大震災が起きたとき、石井は被災地でボランティア活動をした。一緒になったNPOのスタッフに仕事を訊かれ、ニートと応えると、やっぱりね、といわれた。

ニートやひきこもりの人は、大きな力を溜め込んでいる。でもそれを活かせる機会がない。でもこういう非常時では、それが何より助かる

 石井は、こんなことを宣言している。

 こんなクソみたいな世界、早く滅びないかな。そう思って過ごす毎日。
 そんなときに、山奥ニート・ひきこもりを集める計画を知りました。
 自分を必要としない世界なんか、こっちから願い下げだ。
 自分で、新しい世界を作ってやる

 世の中の制度に馴染めず、ニートやひきこもりになっている人々は、実は、新たな社会を築くための選択肢のひとつであるのかも知れない。

お勧めの本:
『「山奥ニート」やってます。』(石井あらた著/光文社)


むらかみ・まさひこ●作家。業界紙記者、学習塾経営などを経て、1987年、「純愛」で福武書店(現ベネッセ)主催・海燕新人文学賞を受賞し、作家生活に入る。日本文芸家協会会員。日本ペンクラブ会員。「ドライヴしない?」で1990年下半期、「ナイスボール」で1991年上半期、「青空」で同年下半期、「量子のベルカント」で1992年上半期、「分界線」で1993年上半期と、5回芥川賞候補となる。他の作品に、『台湾聖母』(コールサック社)、『トキオ・ウイルス』(ハルキ文庫)、『「君が代少年」を探して――台湾人と日本語教育』(平凡社新書)、『ハンスの林檎』(潮出版社)、コミック脚本『笑顔の挑戦』『愛が聴こえる』(第三文明社)など。