沖縄伝統空手のいま」タグアーカイブ

rogo

沖縄伝統空手のいま~世界に飛翔したカラテの源流
第31回 (特別編)座波心道流 日本本土に保存された知花系空手

ジャーナリスト
柳原滋雄

大阪で独自に保存された沖縄伝統空手

 日本本土にユニークな知花系流派が継承されている。座波心道流(正式名称は心道流心道会)と呼ばれ、本部は宮崎市にある。
 流祖となった座波仁吉(ざは・じんきち 1914-2009)はもともと那覇市の首里鳥堀町の出身で、鳥堀町、赤田町、崎山町は首里城の城下町として、泡盛製造を認可された酒蔵が集中し、それらを盗賊などから護るために空手の原型である手(ティー)が発達した地域として知られる。いわゆる首里手の本場の系譜である。 続きを読む

rogo

沖縄伝統空手のいま~世界に飛翔したカラテの源流
第30回 古武道(下) 地元で育まれた土着の武器術

ジャーナリスト
柳原滋雄

琉球古武道に取り組んだ上地流空手家

 上地流空手でおよそ半世紀の武歴をもつ上地流久場川修武館の金城政和(きんじょう・まさかず 1952-)館長は、空手と同時期に古武道を始めた。
 自身の上地流空手の師匠であり、古武道では平信賢の直弟子でもあった箕輪剋彦(みのわ・かつひこ 1929-2003)から、「いつか必ず身になるから僕に騙されたつもりで古武道もやりなさい」と勧められたことがきっかけだったという。 続きを読む

rogo

沖縄伝統空手のいま~世界に飛翔したカラテの源流
第29回 古武道(上)沖縄で育まれた土着の武器術

ジャーナリスト
柳原滋雄

古武道の2つの系統

 沖縄において「空手と古武道は車の両輪」とはよく耳にする言葉である。だが沖縄空手と古武道の成り立ちは、歴史的にはかなり異なっている。例えば空手の古流型の名称はサンチン、ナイハンチ、パッサイ、クーサンクーなど多くが福建地方なまりの中国語に由来するのに対し、古武道の型は考案した琉球人の名前または地元の地名など、沖縄固有の名称に由来するものが多いからだ。これらは古武道が純粋に沖縄発祥のものとして定着した経緯を指し示している。 続きを読む

rogo

沖縄伝統空手のいま~世界に飛翔したカラテの源流
第28回 極真から沖縄空手に魅せられた人びと(下)「石本誠」

ジャーナリスト
柳原滋雄

 極真空手がブームとなった背景として、1971年に連載が始まった劇画「空手バカ一代」の存在を抜きには語れない。この中で準主役の一人として描かれて名を知られるようになった人物に、80年に四国・松山で芦原会館を設立した芦原英幸・初代館長(あしはら・ひでゆき 1944-1995)がいる。相手の攻撃を受け流し側面や背後から反撃する「サバキ」技術を体系化した〝伝説の空手家〟として知られる。今回は芦原会館の内弟子経験を持ち、その後、沖縄空手や合気道を取り入れた沖縄空手道松林流喜舎場塾・英心會館の石本誠館長(いしもと・まこと 1964-)に迫る。 続きを読む

rogo

沖縄伝統空手のいま~世界に飛翔したカラテの源流
第26回 極真から沖縄空手に魅せられた人びと(上)「金城健一」

ジャーナリスト
柳原滋雄

 1970年代以降、日本本土を席捲した極真空手――。型よりも組手を重視し、実戦カラテを標榜することで、劇画や映画を通して若者を中心に爆発的なブームを巻き起こした。今回から3回にわたり、フルコンタクト空手を経て沖縄伝統空手に魅せられた3人の空手家を紹介する。1回目は、極真空手がまだオープントーナメントという全国規模の大会開催を行ってまもないころ、沖縄空手の本場から単身で極真に乗り込んだ経験をもつ金城健一館長(琉誠館)に迫る。 続きを読む