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1人ひとりの粘り強い対話が平和の万波を呼び起こす

現代美術・映像作家/芸術平和学研究者
田中 勝

人類は核なき世界を実現できるか。芸術平和学を研究する田中氏に聞いた。

原爆製造の地で平和展を開催

 若いころから「自分だけにしか表現できない作品をつくりたい」と願っていた私は、28歳のとき、サンフランシスコの「国際美術展」へ出展する機会に恵まれました。会場でスピーチを求められた私は、父の被爆体験を語りました。
 スピーチを終えると、1人の女性が涙を流しながら駆け寄ってきたのです。それが、原爆製造計画「マンハッタン・プロジェクト」に関わった父を持つベッツィ・ミラー・キュウズでした。
 彼女は、原爆研究の行われたニューメキシコ州ロスアラモス国立研究所の区域内に生まれ、画家として活躍する傍ら、戦争後遺症に苦しむ人びとへのアートセラピー(芸術を生かした心理療法)に取り組んでいました。世界の平和に貢献することを願い続けてきた彼女は、私に「あなたと出会えたことが不思議です。一緒に展覧会をしませんか」と語ったのです。
 原爆製造に関わった父を持つベッツィと、被爆者の父を持つ私が、今度は2人で力を合わせて「平和」をテーマとする芸術作品を合作しようというのです。こうして私たちの「平和の新世紀」プロジェクトが始まりました。
 プロジェクトが始まって15年、たくさんの人びととの出会いを通じてわかったことは、たとえ人種や国境や文化が異なったとしても、平和を願う人びとの心に違いはないということです。
 たとえばアメリカは、「原爆投下はアジアの平和を守るためだった」との歴史認識を持つ人が多い国です。それでも、私がアメリカ各地を回って子どもたちと交流を深めていると、折り鶴などのメッセージカードに「原爆を落としてごめんなさい」と自らの思いをつづってくれることがありました。自分がした行為ではないのに、他者の痛みを自分のものと受け止めてくれているのです。
 平和を尊ぶ気持ちは大人も同じです。昨年の「広島平和記念日」(8月6日)には、念願がかなって、ベッツィのふるさと、ロスアラモスの地で平和展を開催することができました。一見、のどかなこの町は、今でも核管理と新兵器開発を行う施設があり、住民3000人に対して、1万1000人の軍施設関係者が働いています。
 また町の中心部には、「軍と科学の出合い」を象徴する軍人と科学者の銅像が建てられています。さらに歴史博物館には、ビキニ水爆実験の成功を祝う「きのこ雲」仕立てのケーキを前に、喜び合う関係者の写真が掲げられています。本来、被爆者の体験を訴える展覧会など「ありえない町」なのです。
 しかし、私たちがこの町を訪れると、地元紙が「平和のメッセージを広げる展覧会」との大きな見出しで報じてくれました。また地元高校の生徒たちも、共同展示の形で参加してくれました。ときには涙を流しながら展示に見入る来場者を見つめ、ベッツィがこう語っていたのが印象的でした。
「この町の人びとは、大半が科学者とその家族です。ふだん感情をあらわにしない人びとが、涙を流し生い立ちや体験を語っているのは、平和の芸術が人間の良心に訴えたからではないでしょうか」

芸術平和学の使命

 私は、芸術には人びとの心を触発し、平和を実現するための2つの「ソウゾウリョク」(想像力と創造力)を引き出す偉大な使命があると信じています。
 アメリカの著名な平和運動家A・J・マスティは、「平和への道などない。平和は道そのものだ」と語りました。どこか遠い所に平和というゴールがあるのではなく、私たちの人生そのものの中に、真の平和が秘められているのです。
 1人ひとりが、何のために人間は生きるのか、本当の豊かさとは何か、10年後、20年後の自分や社会がどのような姿であってほしいのかを考え行動していく中に、本当の平和があるのです。
 そして芸術の使命とは、苦しむ人に寄り添い、他人の不幸の上に自分の幸福を築かない心の豊かさを、多くの人びとの中につくることにあると思っています。
 核廃絶を目指す広島では、「悪の連鎖を断ち切る」という言葉がよく語られています。あと100年もたてば、ほとんどの方がこの世を去っているはずです。しかし、100年後に核廃絶が実現しているかどうかは定かではありません。人びとの心にあきらめが存在する限り、この世から核はなくならないのです。つまり、今を生きる私たちの心が未来を左右しているとも言えるのです。
 私たち1人ひとりの力は決して小さなものではありません。予測不可能な現象を扱う「カオス理論」では、たとえば広島のチョウの羽ばたきが巡り巡ってブラジルのハリケーン(竜巻)になりうることが語られています(バタフライ効果)。
 それと同様に、たとえばある人が2人の友人に核廃絶を訴え、その2人の友人が翌日さらに2人の友人に訴える。そうした対話が続くと、理論的には全人類70億人に核廃絶の話が伝わるまでに要する日数は、わずか33日です。チョウの羽ばたきのような地道で粘り強い対話こそ、やがてはハリケーンのように大きな平和のうねりを巻き起こしていけるのです。

世界と連帯する創価学会だからできること

 創価学会青年部のみなさんが、核廃絶・アジア友好・東北復興を掲げ「SOKAグローバルアクション」を開始されたことに深い感銘を覚えています。戸田城聖第2代会長の「原水爆禁止宣言」以来、核は絶対悪であるという立ち位置を明確にし、国連支援を中心とするたゆみない平和への貢献を続けてきた創価学会ならではの運動だと思います。
 同時に今回の取り組みは、非常に時にかなったことだと感じています。広島では、核廃絶への道筋を2020年までにつけたいとの強い願いがあります。平均年齢79歳を迎えた被爆者たちが、日本の平均寿命から見て、元気でいられる時間が限られてきているとの思いがあるためです。
 核廃絶への世論を盛り上げるためには、世界の平和にこれまで関心を抱いていなかった人びとに対し、いかにアピールするかを考える必要があります。私が各地で講演を行っていると、若い人たちから、「ヒロシマの話を初めて聞いた」といわれることがたくさんあります。ぜひ青年部のみなさんには、戦争体験や被爆体験の継承を、全国に広げる取り組みをしていただきたいと願っています。
 また各国のSGI(創価学会インタナショナル)組織と連携しながら実施した「核兵器の非人道性に関する9ヵ国意識調査」のような平和意識調査を、世界規模に拡大して実施していただきたいと思っています。膝詰めの対話に基づく平和意識調査を、全世界で展開されたらどれほどすごいものになるか。学術的にも画期的なデータとなり、世界の学術者が喜ぶでしょう。何より、意識調査の過程で創価学会の平和思想が多くの人びとに伝わるはずです。
 平和への貢献は、有名だから、特別な力があるから行えるのではありません。かつて私たちの「平和の新世紀」プロジェクトに、アメリカ大統領夫人から祝賀のメッセージが贈られてきた背景には、弁護士秘書であった末期がん女性の献身がありました。教科書問題で関係が悪化していた韓国での活動には、ある企業の社長の熱心な応援がありました。
 人はみな、誰もが世界の平和に大きな影響を及ぼせるのです。青年部のみなさんのさらなる活躍を願っています。

<月刊誌『第三文明』2014年3月号より転載>


たなか・まさる●1969年、広島県生まれ。東京造形大学造形学部卒。東北芸術工科大学大学院修士課程修了。現代美術・映像作家。日本平和学会会員。京都造形芸術大学・東北芸術工科大学の共同研究機関「文明哲学研究所」研究員(講師)。専門は芸術平和学。被爆2世として生まれ、芸術による平和の創造に貢献する道を志す。2002年に志を同じくする市民やアーティストたちとNPO法人「ART Peace」を設立し、設立代表者となる。国内外の芸術展に多数出品するとともに、芸術を通じた被爆体験の継承や核廃絶を訴える活動に取り組んでいる。