2015年始動。山口代表が放った先制パンチ

ライター
青山樹人

安倍首相の新年記者会見

 2015年1月5日午後、伊勢神宮に参拝した安倍首相は神宮司庁内で記者会見を開いた。
 会見で原発再稼働や憲法改正、集団的自衛権の行使容認を含む安全保障法制の整備について考えを問われた安倍首相は、慎重な言い回しをした。

 ただいま御質問の中にあった課題においては、いずれも私たちは自由民主党として公約の中に掲げ、そして私たちの考えとして明確にお示しをしています。
 さらに、報道機関の各社のインタビューに対して、あるいは党首討論の場において、今おっしゃっていただいた課題について、私たちの考え方を御説明をしております。
 政党として選挙戦を通じてお約束をしたこと公約に掲げたことについては、実行していくという責任を負っているわけであります。どの党がどういう政権公約を掲げて、何をその任期の間に実行しようとしていくのか、あるいは実行していくのか。それを問うのが選挙であります。
 我々は、その結果として再び政権を担うことになりました。まさに今、課題として挙げていただいた諸課題について、我々が政権公約の中においてお約束していたことはしっかりと実行していかなければならないと考えています。
 同時に、国民の皆様に御理解をいただくための努力はさらに進めていかなければなりません。国会論戦も通じながら、しっかりと丁寧に御説明していきたいと考えております。(平成27年1月5日 安倍内閣総理大臣年頭記者会見

 すなわち、安倍政権としてどうしたいという直接的な言及をせず、あくまで自由民主党の立場としてさらりと質問をかわすにとどまったのである。
 なぜなら、とりわけ憲法改正、集団的自衛権については、いずれも連立を組む公明党との間で考え方の隔たりがあるからだ。その公明党は年末の総選挙でかつてない支持を集めた。事前に官邸スタッフと入念に協議されていたであろう首相の言葉には、あきらかにその部分への配慮がうかがえた。

首相の機先を制した山口代表

 じつはその連立のパートナー公明党の山口那津男代表は、この同じ1月5日、首相の会見に先立つ午前中に党本部で新春幹部会に臨み、報道陣を前に次のように挨拶していたのだった。

 国会後半には安全保障に関する法制の整備という課題が待ち受けております。昨年の政府与党の議論、閣議決定。そしてそれをもとにした衆参の議論。とくにこの衆参の予算委員会集中審議で行われた議論の中で、安倍総理大臣と内閣法制局長官の答弁の一致している部分。ここがしっかりと踏まえられて的確に表された法制が作られていくことが妥当だと考えます。(YouTube―1月5日新春幹部会 山口代表挨拶[10分]新春幹部会 山口代表挨拶【要旨】

 この「安倍総理大臣と内閣法制局長官の答弁の一致している部分」とは何か。
 2014年7月1日の安保法制に関する閣議決定を受け、同7月14日、15日に、それぞれ衆参の予算委員会で公明党の北側一雄副代表、西田実仁参議院議員が質問に立った。
 多くのメディアはこの閣議決定を、憲法解釈を変更し、従来の専守防衛を捨てて〝他国の戦争に参加する〟道を開くものだと批判していた。
 北側氏と西田氏が首相と法制局長官に執拗に確認を迫ったのは、この「他国の防衛」のために自衛隊が派遣されるのか否かということだった。
 これに対し、法制局長官は、

 自国防衛と重ならない、他国防衛のために武力を行使することができる権利として観念される、いわゆるというのが先ほどの72年見解とぴったり同じであるかどうかはあれですが、そのように観念される、いわゆる集団的自衛権の行使を認めるものではございません。(横畠法制局長官/2014年7月14日衆議院予算委員会※傍線は筆者

と、専守防衛を外れて他国の防衛のために武力を行使する「いわゆる集団的自衛権」を認めるものではないと明確に答弁した。この自国の防衛と重ならない他国防衛のための集団的自衛権の代表的な例は、米国がベトナム戦争に参戦したケースである。

 北側副代表は安倍首相にも確認を迫り、次のような答弁を引き出した。

 今回の閣議決定においても、憲法第9条のもとで許容されるものは、あくまでも国民の命と平和な暮らしを守るため、必要最小限度の自衛の措置としての武力行使のみであります。したがって、我が国または我が国と密接な関係にある他国への武力攻撃の発生がまず大前提であります。また、他国を防衛すること自体を目的とするものではありません。
 このように、引き続き、憲法の精神にのっとった受動的な防衛戦略の姿勢であることに変わりはないわけでありまして、政府として、我が国の防衛の基本的な方針として、専守防衛を維持していくことに変わりはありません。
 また、海外派兵は一般に許されないという従来からの原則も全く変わりはありません。自衛隊が武力行使を目的として、かつての湾岸戦争やイラク戦争での戦闘に参加するようなことは、これからも決してないということは断言しておきたいと思います。(安倍首相/※傍線は筆者

 安倍首相は翌日の参議院予算委員会でも西田氏の質問に対し、

 我が国の平和国家としての歩みは今後も変わることはありません、また変えてはならないと、こう固く信じているところでございます。引き続き、専守防衛に徹し、軍事大国とはならず、そして非核三原則を堅持をしてまいります。(安倍首相/2014年7月15日参議院予算委員会※傍線は筆者

と、専守防衛の立場がいささかも変わっていないことを述べ、

 今回の閣議決定により憲法上許容されると判断するに至ったものは、いわゆる新三要件、これは厳しい要件でありますが、この新三要件を満たす場合に限定されており、あくまで我が国の存立を全うし、国民を守るためのやむを得ない自衛の措置としての必要最小限度のものに限られるわけでありまして、他国の防衛それ自体を目的とする集団的自衛権の行使を認めるものではありません。(※傍線は筆者

と答弁した。

4月の統一地方選挙が持つ重み

 山口代表が述べた「安倍総理大臣と内閣法制局長官の答弁の一致している部分」とは、

①閣議決定は1972年政府見解を踏襲するもので、専守防衛に徹することにはいささかの変更もない
②したがって、武力行使は自国の防衛のための必要最小限度のものに限られ、他国の防衛そのものを目的とする行使は認められない

という2点である。
 なお北側副代表は、上述の7月14日衆議院予算委員会でこのようにも横畠法制局長官に問い質している。

 今後検討されてくる法案、法整備の中で、きっちりこの新三要件というのは、条項を条文の中に書き込まれるものだと私は認識をしております。長官、いかがですか。

 これに対し法制局長官は、

 新三要件は、御指摘のとおり、憲法上許容される武力の行使の要件そのものでございますので、実際の自衛隊の行動の法的根拠となる自衛隊法等の中にその趣旨を過不足なく規定すべきものと考えております。

と答弁した。
 これから国会で議論され制定される安全保障法制には、閣議決定が示した「新三要件」の縛りを「過不足なく規定すべき」と法制局長官が言明したのである。
 午前中におこなわれた山口代表の挨拶の内容は、名古屋に向かう新幹線の車中にいた安倍首相にも当然すぐに伝えられたはずである。機先を制したのは山口代表であった。
 山口代表は静かなもの言いながら、今年の国会後半で始まる安全保障法制の審議について、安倍首相と自民党に対し「閣議決定を守れ」「自分の答弁を守れ」とクギを刺したのである。
 昨年末の総選挙で、有権者は安倍首相率いる自民党が勝ち過ぎることを警戒し、また極右政党が台頭することを拒み、「与党内野党」としての公明党に前回を上回る票と議席を与えた。
 安保法制の審議は4月の統一地方選挙のあとに始まる。そして8月には終戦70周年を迎える。その意味で、今年の統一地方選挙はとりわけ公明党にとって、安倍首相にしっかりタガをはめ続けることができるかどうかの正念場となる。

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あおやま・しげと●東京都在住。雑誌や新聞紙への寄稿を中心に、ライターとして活動中。著書に『宗教は誰のものか』(鳳書院)など。