芥川賞を読む 第68回 『ニムロッド』上田岳弘

文筆家
水上修一

文明の行きつく先にある哀惜感

上田岳弘(うえだ・たかひろ)著/第160回芥川賞受賞作(2018年下半期)

収斂していくさまざまな仕掛け

 文明を極限まで進化させて行った時、果たして人間は幸福なのか。文明社会の中で生きる私たちの多くが一度は考えたことのあるテーマについて、論文として〝考える〟のではなく、文学という芸術手法によって〝感じさせる〟作品である。
 上田岳弘の「ニムロッド」の主な登場人物は、3名。多数のサーバーを運用するデータセンターで働く主人公の「僕」。日々サーバーの不具合をチェックする仕事をこなしていたが、ある時期から空いたサーバーを利用して仮想通貨によって金を稼ぐ仕事を任せられた。そんな「僕」の彼女は、外資系証券会社で働く社員、田久保紀子。前の夫との間にできた子どもを出生前検査の結果を受けて堕胎した過去を持ち、二度と結婚するつもりも子どもを産むつもりもない。そして、主人公の先輩である自称「ニムロッド」は、文学賞の最終選考に3度残った小説家志望の男性。世に出ることを諦めたが、自らのために小説を書き続けている。 続きを読む

【期間延長】大垣書店フェアのご案内

 
『心の深奥へ、思考の旅へ。一冬の終わりに「私」を聴く読書』

 大垣書店の京都市内各店舗で、3月31日(火)まで大垣書店フェア『心の深奥へ、思考の旅へ。一冬の終わりに「私」を聴く読書』を開催しています。
 大垣書店は、全国にグループ50店舗以上を展開する創業昭和17年京都発の地域密着型書店で、学術書や人文書をはじめ、一般書、文庫、新書まで幅広いジャンルの本を取り揃えています。

 このフェアでは、京都市営地下鉄烏丸線沿いの店舗である、イオンモールKYOTO店、烏丸三条店、京都本店、イオンモール北大路店、佛教大学店、高野店など6店舗でフェア展開しています。
 興味のある方は、ぜひお近くの大垣書店にお立ち寄りください。 続きを読む

書評『令和ファシズム論』――混迷する令和の日本、その原因を財政史から考える

ライター
小林芳雄

なぜ財政史が重要か

 著者の井手英策氏は、弱者を生み出さない社会政策「ベーシックサービス」の提唱者として知られている。本書は、戦前の日本とドイツの財政史をたどりながら、現在の日本社会が陥っている危機の本質を探り当て、その克服の方途を探ったものである。

 よくおぼえておいてほしい。財政とは社会をうつしだす鏡である・・・・・・・・・・・・・・・・。この本は、経済史でも、政治史でも、社会史でもなく、財政史という一風かわった、そして多くの研究者が使いこなせなかったメスをもちいて、日本社会の病根をえぐりだしていく。(本書13ページ)

 著者はなぜ、ふだんあまり耳にすることの財政史という視点にあえてこだわるのだろうか。そもそも財政という用語はなにを意味するのか。
 現在、世界の多くの国々は民主主義といわれる社会体制のなかで暮らしている。労働の対価として収入を得て、市場からモノやサービスを購入することによって生活を営んでいる。だが得られる収入には格差があり、また病気やケガなどの理由で働くことのできない人も存在する。こうした状況を放っておけば、弱肉強食の世の中になり、共同体は分断され、社会的秩序は崩壊してしまう。 続きを読む

『摩訶止観』入門

創価大学大学院教授・公益財団法人東洋哲学研究所副所長
菅野博史

第112回 正修止観章 72

[3]「2. 広く解す」70

(11)病患境④

 (2)別釈③

 「病患境」は総釈と別釈の二段に分かれている。その別釈は、「病を観ずるに五と為す。一に病の相を明かし、二に病の起こる因縁、三に治法を明かし、四に損益(そんやく)、五に止観を明かす」(第三文明選書『摩訶止観』(Ⅲ)、近刊、頁未定、大正46、106b13~14)とあるように五段に分かれているが、今回は、第五段の「止観を明かす」について紹介する。 続きを読む