連載対談 哲学は中学からはじまる――古今東西を旅する世界の名著ガイド

福谷 茂 ✕ 伊藤貴雄

第2回 哲学を学ぶということ②~本との出会いを語る

(対談者)
福谷 茂(京都大学名誉教授、創価大学名誉教授)
伊藤貴雄(創価大学文学部教授)

名作の「子ども版」「再話本」も大切な読書の入り口

伊藤貴雄 福谷先生が、前回紹介されたトルストイの『人生論』を手にされたきっかけは、何かあったのでしょうか。

『少年少女世界文学全集8 トルストイ著作集』(武者小路実篤編/あかね書房版)の扉

福谷 茂 一番短いからです。伊藤先生が手に取った『オイディプス王』ではないですが(笑)。
 もうすこし真面目に言いますと、どうも自分は人生というほどの手応えを持っていないな、と感じたということがありますね。僕がトルストイの『復活』を読んだのも同じような動機です。
 僕が読んだ『人生論』は、武者小路実篤(※)が小学生向けに書き直した「リトールド・エディション(簡易版)」です。つまり元の話を再話した「再話本」(以後「子ども版」)です。
 武者小路実篤は、ご存じのように文章は伸びやかで、トルストイの原文はもう少し難しいのですが、それをわかりやすく書き直しています。
続きを読む

九州創価学会「世界平和の第九」――31年前と同じ日、同じ会場で

ライター
青山樹人

「人類の宿命転換」への勝負の時

 本年(2025年)11月18日に、創価学会は創立95周年の佳節を迎える。

 池田大作先生(第3代会長)は生前、2020年8月の本部幹部会に贈ったメッセージで、「創立90周年(2020年)から100周年への10年は、一人一人が『人間革命』の勝利の実証をいやまして打ち立て、いかなる『大悪』も『大善』に転じて、いよいよ人類の『宿命転換』を、断固として成し遂げていくべき勝負の時であります」と、全世界の同志に呼びかけられた。

 2020年代の前半は、100年に一度という地球規模のパンデミックに始まり、国連安全保障理事会の常任理事国であるロシアによるウクライナへの侵攻、ハマスを中心とした過激派によるイスラエル奇襲に端を発する、イスラエルからのガザ地区への2年におよぶ徹底攻撃など災禍が続いた。
 ウクライナ侵攻では、核兵器の使用がにわかに現実味を帯びている。
 ガザ攻撃ではパレスチナ人の犠牲者が6万7千人を超えたと、ガザ保健省が発表した(2025年10月4日)。このうち約2万人は子ども、約1万人は女性である。

 学会創立95周年の節目は、池田先生が示された「人類の宿命転換」をかけた10年の〝折り返し点〟となる。
 先生が「いかなる『大悪』も『大善』に転じて」と叫ばれたこと。そして、その「人類の宿命転換」といっても、一切の基軸となるのは「一人一人が『人間革命』の勝利の実証」を打ち立てる点に尽きることを、あらためて肝に銘じたい。 続きを読む

『摩訶止観』入門

創価大学大学院教授・公益財団法人東洋哲学研究所副所長
菅野博史

第100回 正修止観章 60

[3]「2. 広く解す」 58

(9)十乗観法を明かす㊼

 ⑩知次位(1)

 今回は、十乗観法の第八、「知次位」(次位を知る)の段の説明である。「次位」は、修行の階位の意味である。修行の階位を知らないと、まだ悟っていないのに悟ったと思い込む増上慢に陥る危険性があるとされる。したがって、修行者に正しく階位を知らせる必要があるのである。 続きを読む

書評『ローマ教皇』――教皇の言葉を読み解き、その実像に迫る

ライター
小林芳雄

脱色された日本の報道

 ローマ教皇は、世界に14億人の信徒を擁する宗教・カトリックを代表する存在である。
 著者の山本芳久氏は、東京大学大学院の教授で、中世の哲学者・神学者トマス・アクィナス研究の第1人者であり、またアリストテレスやイスラム教、ユダヤ教などの研究でも知られる。
 本書『ローマ教皇 伝統と革新のダイナミズム』は、ベネティクト16世(在位2005年-2013年)、フランシスコ(在位2013年-2025年)、レオ14世(在位2025年-)といった現代のローマ教皇の宗教文書を読み解くことによって、これまで日本で知られていなかった実像に迫るものだ。

我が国のキリスト教の信徒は全人口の一%程度に過ぎないのであるから、キリスト教の根本精神とは何かというような観点が表に出てこないのはある意味当然のことかもしれないが、それでは教皇について的確に理解することはできない。(本書70~71ページ)

 2025年に行われた教皇選挙(コンクラーベ)は、同時期に映画『教皇選挙』が上映されたこともあり、日本でもこれまでにない関心を集めた。またローマ教皇の時局に対する発言がニュースでとりあげられることも少なくない。
 しかし、その発言の根に流れるカトリックの教義や伝統に目を向けられることはない。いわば「宗教的脱色」をされた形でしか報道されることはなかった。これでは教皇の発言の真意は理解されず、ミスリードがおきかねない。 続きを読む

芥川賞を読む 第63回 『しんせかい』山下澄人

文筆家
水上修一

ありきたりの青春小説らしからぬ青春小説

山下澄人(やました・すみと)著/第156回芥川賞受賞作(2016年下半期)

舞台は、実在した北海道の演劇塾

 山下澄人の作品が初めて芥川賞候補になったのは、2012年。その後、立て続けに候補となり、2016年、4回目の候補作「しんせかい」で芥川賞を受賞。当時50歳。その20年前の1996年には「劇団FICTION」を立ち上げ、今に至るまで主宰しているので、小説よりも演劇活動の方が長い。
「しんせかい」は、有名な脚本家が北海道に設立した演劇塾が舞台だ。語り部は、作者と同名の「スミト」なので、私小説と言っていいだろう。作者のプロフィールを見ると、確かに2年間、その演劇塾に在籍している。
 物語は、俳優と脚本家を夢見る若者たちが、何もない北海道の大地の中で、共同生活をするための建物を建て、生活費を稼ぐために農作業に従事し、その合間を縫うように演劇の勉強をする。そこでの生活は、周辺の地元民からは「収容所」と呼ばれるほどの過酷なものだった。
 もちろん小説であるから実体験と創造が入り混じっていることは当然だとしても、実在した演劇塾に対する興味は読者としてかき立てられる。ところが、物語としての本作品は、極めて淡白なのだ。 続きを読む