日本はブラック企業のない社会を目指せ

NPO法人「POSSE」代表
今野晴貴

 ブラック企業はそこで働く被害者のみの問題ではなく、日本社会全体を衰退に導くものと語る今野氏に話を聞く。

若者の使い潰しという経営戦略

 この数年、若者を低賃金で大量に採用し、過酷な労働を強いて使い潰す「ブラック企業」の問題が注目されるようになりました。これらの企業の特色は、若者を長期雇用前提の正社員として採用しながら、短期間で使い潰して利益を上げ続けようとする点にあります。
 ブラック企業をとりまく諸問題は、一部の経営者の陰険さや、やむをえない経営環境の悪化によってもたらされたものではありません。むしろ企業が利益を上げるために、はじめから若者をだまして採用し、不当な労働を強いているのです。いわば悪しき「労務管理」や「経営戦略」の一環だといえるのではないかと思います。
 たとえば、脱法的な「固定残業代」という仕組みでは、低い基本給をごまかすために、数十時間分の残業代を含めて求人票に表示しています。応募する若者は、本来の基本給がわかりにくいうえに、入社後は「給与の中に残業代が含まれているのだから、残業代は請求できない」と思い込まされてしまうのです。
 悪化し続ける雇用環境は、現在ではアルバイトにまで波及し始めています。「ブラックバイト」と呼ばれる労働問題では、大学生や高校生などが、低い時給で、授業に出られないほどの長時間労働を強いられています。
 また「自爆営業」と呼ばれる働き方では、クリスマスケーキやおせち料理などの過大な販売ノルマを押しつけられ、売れ残った商品を買い取らされることが横行しています。1ヵ月に数万円の賃金しか得られない若者が、数千円の商品を何個も買い取らされてしまえば、手元に残るお金はごくわずかです。
 彼らの中には、経済的な事情でアルバイトによって学費を捻出している子もいます。そんな彼らが心身を病んだり、暮らしが成り立たないほどの低賃金や違法な条件で働かされることは、退学につながるリスクもあるのです。

不利益は社会全体に降りかかる

 ブラック企業の経営者たちは、「グローバル競争に勝ち抜くためには長時間労働もやむをえない」とか、「企業が業績を拡大し続けてこそ日本経済の発展につながる」といった主張をします。しかし私は、こういった主張は社会を衰退に導く誤った理屈だと考えています。
 そもそも日本のサービス業の多くは、何の国際競争にもさらされていません。コンビニでおせち料理を売る仕事が、世界的な販売競争を強いられているといえるでしょうか。結局、日本のサービス業は、国内同種の企業としか競争できません。絶え間なく安売り競争を仕掛け、そのしわ寄せを労働者に押しつけて労災を引き起こし、結果として社会の生産性を引き下げているにすぎないのです。いわばブラック企業の存在こそ、日本の国際競争力低下の原因なのです。
 ブラック企業がもたらす不利益は、被害者本人だけではなく、社会全体にも降りかかってきます。
 たとえば、過酷な長時間労働を強いられた若者が、うつ病を発して退職に追いやられてしまえば、その医療費は公的な国民健康保険などによって賄われることになるでしょう。本来なら、働いて税金をおさめ、国の医療・年金制度を支えてくれるはずの彼らが、かえって福祉の支援を受ける側に回ってしまうのです。
 問題はそれだけではありません。不安定な暮らしがいつまでも続けば、若者は結婚して子どもを産み育てることができず、少子高齢化に拍車をかけてしまいます。また仮に結婚していたとしても、生活の破たんによって離婚の危機を迎えてしまったり、わが子への虐待やネグレクト(育児放棄)につながる可能性だってあるのです。
 いくつもの若者の問題にブラック企業が悪影響を及ぼしている現状があるからこそ、社会全体でこの問題に取り組んでいくべきなのです。

学校や保護者の無知につけこむ

 私たちNPO法人「POSSE」では、ブラック企業のない社会の実現に向け、さまざまな取り組みを進めてきました。具体的には、年間1000件を超える労働相談をはじめ、被害者の法的係争を支えたり、個別の相談事例を分析し、研究結果を政策提言につなげたりして、この問題を広く世の中に伝えてきました。
 またブラック企業問題に取り組む支援者ネットワークを構築すべく、2013年には「ブラック企業対策プロジェクト」を発足させ、弁護士、社労士、医師、教師、NPO団体など若者問題の専門家らが集い会える場を設けました。
 すでに対策プロジェクトでは、ブラック企業に関するシンポジウムや学校関係者向けのセミナーを開催したほか、「ブラック企業の見分け方――大学生ガイド」などすぐに使える無料の小冊子を作成し、ネット上に公開しています。
 講演などで各地を回っていて痛感させられるのは、学校や家庭における「正社員」(正規雇用)への期待の強さです。たとえば進路指導の先生が「ハローワークに来る求人票だから心配はないだろう」と思っていたり、ご家族が、「せっかく大学に行かせたのだから正社員として働いてほしい。仕事がつらくても、がまんしていれば、そのうち給料も上がっていくだろう」と考えている場合が実に多いのです。
 ブラック企業はそういった学校や家庭の無知や願望につけこみ若者を使い潰そうとします。だからこそ私たちは、ブラック企業の実態を周知徹底するとともに、若者のキャリアを守るための取り組みをこれまで以上に進めていきたい。そして若者が、自分のキャリアを守ることがひいては家族を守ることにつながり、結果的に地域や社会を守ることにもつながっていくのだという意識を日本全体に広げていきたいと考えています。

労働時間に上限規制を

 これからの日本が、少子高齢化の中で社会の活力を維持していくためには、一人一人の能力を高め、安心して働くことのできる質の高い労働環境を整備していく必要があります。政府も優れた専門性を有する「高度人材」の育成に取り組む方向性を明確に打ち出しています。
 その一方政府は、国際競争力の強化を目的に、産業競争力会議の意向を受け、残業代ゼロ法案と呼ばれる「新しい労働時間制度」の実現に力を注いでいます。この制度では、働く時間と賃金の関係を切り離し、給与を「成果」によって決めるとしています。しかし、これまでのブラック企業のありさまを振り返れば、この制度を悪用し、より安く、より長く労働者を酷使しようとするのは明らかです。
 これまで働く人々の権利について取り組んできた公明党には、冒頭に述べた固定残業代のほか、労働時間の上限規制にも取り組んでほしいと思っています。現状では、労働基準法によって働く時間が規制されていても、労使間で協定を結んで労働基準監督署に届け出さえすれば、いくらでも働かせることができます。これが過酷な長時間労働の温床となっています。そこで働く時間に上限を設けて規制することができれば、労基署も悪質な企業を確実に取り締まることができるようになり、正社員の働き方も大きく変わってくるはずです。
 実際、欧州では働く時間に規制を設けながらも、産業の活力を維持し続けています。労働時間が短くなった分、企業は創意工夫をこらして高い付加価値の商品やサービスを提供し、利益を上げているのです。
 イノベーション(技術革新)は劣悪な環境からは生まれません。ぜひ政治には、人々の暮らしと雇用を守る取り組みを力強く進めてほしいと願っています。

<月刊誌『第三文明』2015年3月号より転載>


こんの・はるき●1983年、宮城県生まれ。NPO法人「POSSE」代表。ブラック企業対策プロジェクト共同代表。一橋大学大学院社会学研究科博士課程在籍(社会政策、労働社会学)。2006年、中央大学法学部在籍時代に労働法を専攻し、POSSEを立ち上げ若者の労働相談に取り組み始める。大学院進学後は、労働政策研究に従事するとともに、年間1000件を超える労働相談に携わり、若者支援の知見を経済誌や専門誌に発表しているほか、国や行政への数々の政策提言を行っている。主な著作に『ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪』(文春新書刊)、近著に『ブラック企業のない社会へ』(共著、岩波ブックレット刊)がある。 NPO法人POSSE ブラック企業対策プロジェクト