連載エッセー「本の楽園」 第62回 金時鐘の戦い方

作家
村上政彦

子供のころ、実家から少し離れたところに青谷(あおだに)という土地があった。町の人々は、あまり近づこうとしなかった。その土地をめぐる怖い噂もあって、なかへ入ると、容易に出ることのできない、異世界のような印象もあった。
中学に入って、青谷の子供と友達になった。恐る恐る行ってみると、ちょっとした山のなかに、木造の古びた平屋がぽつぽつと並んでいる、静かな土地だった。僕らの住んでいるところと、ほとんど変わらなかった。拍子抜けするほどだった。
そこには朝鮮人と呼ばれる人たちが暮らしていた。僕は、なぜ、彼らが集落をつくっているのか、もっというと、朝鮮人という人々が日本にいるのか、それが分からなかった。 続きを読む

未来のつくり手たちのために――書評『デジタルネイチャー』(落合陽一著)

美術史研究者
高橋伸城

疾走する「明るさ」

 批評家の小林秀雄は、あるフランス人の言葉に拠りながら、

モオツァルトのかなしさは疾走する

と書き記したことがある。
『デジタルネイチャー』で疾走しているのは、「明るさ」である。
 テクノロジーへの絶対的な信頼に基づく、驚くべき楽観性。
 追いつこうと思っても追いつけないその速度は、実際に著者のつづる文章を読んでみないとわからないのではないかと思う。 続きを読む

『新・人間革命』30巻完結の偉業(下)

ライター
青山樹人

自分自身の人間革命に挑む

 世の多くの宗教では、人間を超えたものとして神仏が説かれる。聖なるものと人間は「上下」の関係になる。
 聖職者はその聖と俗のあいだに介在することで、やはり信徒に対し、宗教的に特別な地位に立つ。
 ところが、創価学会における「師弟」とは、そのような上下の関係ではない。
 師は権威ではなく、人間としての生き方を示すモデルであり、弟子は理想と責任感を分かちもって、その生き方を継承する。 続きを読む

沖縄伝統空手のいま~世界に飛翔したカラテの源流
第21回 しょうりん流⑤ 首里・泊手としての松林流

ジャーナリスト
柳原滋雄

戦後の沖縄空手界を牽引した長嶺将真

得意技の北谷屋良のクーサンクーを演武する長嶺将真

得意技の北谷屋良のクーサンクーを演武する長嶺将真

 戦後の沖縄空手界をけん引した中心人物、長嶺将真(ながみね・しょうしん 1907-1997)の開いた流派である。
 長嶺は那覇商業時代に胃病を患い、1年ほど病床に臥せったが、友人の勧めで空手を始めるとめきめき健康を回復し、そのまま空手に打ち込む人生となった。
 沖縄の武人には、幼少期に体が頑健でなかったため、空手によって丈夫になった逸話が多く残されている。糸洲安恒、船越義珍、喜屋武朝徳、知花朝信など、いずれも同様の体験が伝えられる。 続きを読む

『新・人間革命』30巻完結の偉業(上)

ライター
青山樹人

 小説『新・人間革命』の掉尾を飾る30巻(下)が、この11月18日に刊行(11月29日発売)される。
 池田大作・創価学会インタナショナル(SGI)会長が、長野の地でこの小説を起稿したのは1993年8月6日。
 当時、会長はすでに65歳であり、1965年1月から新聞連載をはじめた『人間革命』が、28年の歳月をかけて全12巻完結したばかりだった。『人間革命』は、恩師である戸田城聖・第2代会長の生涯を小説という形を借りてつづったものだった。 続きを読む