生みの親と育ての親。子どもを奪われた悲しみと愛を描く――映画『最愛の子』

ライター
倉木健人

アジアを代表する監督ピーター・チャン

 中国では年間20万人もの子どもが誘拐されているという。これは2013年に中国中央人民放送が発表したものなので、実際より控えめな数字ではないかと言われている。背後にあるのは子どもを売買する犯罪組織だ。
 中国公安部には誘拐対策の専門部隊があり、ソーシャル・ネットワークなどを駆使して子どもを捜す市民団体もある。人民警察は2011年だけで8660人の子どもを救出した。
 本作の監督とプロデューサーを務めたピーター・チャン(陳可辛)は、2014年に香港の映画監督として初めて中国の「中華文化人物」賞を受賞し、本作によって同年の釜山国際映画祭では「アジアスターアワード特別賞」に輝いた。すでに50本もの作品を世に送り出してきた、現在のアジアでもっとも輝いている映画人。
 中国版アカデミー賞である金鶏奨、香港版アカデミー賞の金像奨、台湾版アカデミー賞の金馬奨のすべてで最優秀監督賞を受賞したただ一人の監督でもある。

©2014 We Pictures Ltd.

©2014 We Pictures Ltd.

 この映画は実際に中国で起きた誘拐事件――2008年に誘拐された子どもが2011年に両親のもとに取り戻された――を下敷きにつくられた。事件のドキュメンタリーを見たピーター・チャンは、即座にメガホンをとった。
 誘拐犯の妻を演じるのは「中国四大女優」に数えられるヴェッキー・チャオ。地方の貧しい農家の主婦を演じるためノーメイクで撮影に臨んだ。息子を誘拐された父親役には、日中合作の『101回目のプロポーズ』(2013年)で好演したホアン・ボー。今や中国映画界でもっとも集客力が高いと評されるスターである。
 ほかに『レッド・クリフ Ⅰ&Ⅱ』のトン・ダーウェイ、『二重生活』のハオ・レイらが共演。チャン・イーは本作で第30回金鶏奨・最優秀助演男優賞を受賞した。

児童誘拐の背景にあるもの

 信じ難いほど大量の児童誘拐の背景には、中国の抱えるいくつかの問題が横たわっている。大都市部と地方農村部との経済格差。農村住民の都市定住を阻むことでその格差を固定している法制度。第2子の出産を禁止する一人っ子政策(2015年10月にようやく廃止された)の影響は大きい。

©2014 We Pictures Ltd.

©2014 We Pictures Ltd.

 映画の中でも、子どもを誘拐される夫婦は内陸部の陝西省から深圳に出稼ぎにきた男女という設定になっている。また、字幕で見る日本の私たちにはわかりにくいのだが、劇中では登場人物たちの話す〝訛り〟が、格差社会におけるそれぞれの立ち位置を示すものになっている。
 一方でこの作品の味わいは、登場人物たちの内面の描写である。ピーター・チャンは、けっして安直な勧善懲悪ドラマには仕立てていない。子どもを誘拐された親と、誘拐してきた子をわが子として愛し育てている親。被害者と加害者それぞれの運命と悲しみ、子を思う狂おしいまでの愛情を、ピーター・チャンは絶妙に描き出す。
 また〝行方不明児を捜す会〟では、同じ苦悩を持つ親たちが共に祈るように唱和したり励まし合う場面が何度かあるのだが、それらはほとんど宗教的ですらある。苦悩と悲しみの中で、登場人物たちは他者とあらためて向かい合い、手を携え、人として成熟していく。
©2014 We Pictures Ltd.

©2014 We Pictures Ltd.


 2014年にこの映画が公開されると、中国では大ヒットを記録し、児童誘拐に対する厳しい世論を大きく喚起した。その結果、刑法が改正され、誘拐された婦女子を買う者も重罪に問われることになった。
〝子を思う親の気持ち〟という普遍的なテーマを足掛かりに、今の中国を感じることのできる秀作だと思う。
 
 
 

『最愛の子』(原題:親愛的)

2016年1月16日(土)より、シネスイッチ銀座ほか全国順次ロードショー!

3歳の息子は、3年後、〝よその子〟となって見つかった――
中国で実際に起こった誘拐事件を基に、親たちの至上の愛を描くヒューマン・ミステリー

第71回ヴェネチア国際映画祭アウトオブコンペティション部門正式出品
第34回香港電影金像奨 最優秀主演女優賞(ヴィッキー・チャオ)
第21回香港電影評論学会大賞推薦映画・最優秀主演女優賞(ヴィッキー・チャオ)・最優秀脚本賞(チャン・ジー)

監督:ピーター・チャン(『ラヴソング』『ウォーロード/男たちの誓い』)
出演:ヴィッキー・チャオ、ホアン・ボー、トン・ダーウェイ、ハオ・レイ、チャン・イー、キティ・チャン
2014年|中国・香港|カラー|130分
©2014 We Pictures Ltd.

『最愛の子』公式サイト Twitter Facebook


くらき・けんと●1963年生まれ。編集プロダクションで主に舞台・映画関係の記事づくりにたずさわる。幾多の世界的映画監督にインタビューを重ねてきた経験があり、WEB第三文明で映画評を不定期に掲載予定。趣味は旅行と料理。