投稿者「web-daisanbunmei」のアーカイブ

連載エッセー「本の楽園」 第89回 環境と私

作家
村上政彦

 若いころに、ある現代思想の雑誌で、アフォーダンスの特集をやっていた。当時の僕の意識は、ほとんど素通りに近かった。そういうものがあるんだ、ぐらいの受け止め方で、詳しく読みもしなかった。
 それから30年以上を経て、先輩作家と話していたら、アフォーダンスの話題になった。ぜひ、勉強したほうがいい、といわれて、僕はこの先輩作家をとても尊敬しているので、さっそくアフォーダンスの教科書的な本を取り寄せた。
 僕の頭は、典型的な文系である。最近は文理融合などといわれて、理系に強い作家が重んじられる。僕は、だめだ。まず、数学が嫌いだ。数字が嫌いだ。見ていると、眉間に皴が寄ってくる。
 しかしどういうわけか、エヴァリスト・ガロアなんて数学者に憧れた。僕にとって、ガロアは数学者の姿をした詩人だった。彼は、20歳で天才的な業績を残し、革命に関わり、女のために決闘で死んだ。これはれっきとした詩人の生涯ではないか。 続きを読む

「忘れない」の誓い、今こそ――東日本大震災から9年 被災地の今を歩く(下)

フリーライター
峠 淳次

もう一つの風景~福島発~

 原発事故で今なお4万人を超える人々が県内外に避難する福島県。原発周辺の市町村を歩くと、そこには岩手、宮城両県の被災地とは異なる〝もう一つの風景〟が広がっていた。
 3月4日に一部地域の避難指示が解除され、9年間続いていた全町避難の制約からほんの少し解き放たれた双葉町。14日のJR常磐線の全線開通に合わせて再オープンした双葉駅には、先祖のお墓参りで避難先の同県相馬市内から訪れたという母と娘の姿があった。

久しぶりに踏んだ故郷の土だけど、風景は荒れ果てたままで、人もいなくて……

と2人の表情は冴えない。実際、新駅舎の裏に回ると、壁が崩れ、瓦がめくれ、庭に雑草が生え放題の家々が続く。壊れたガレージが風に揺れる地元消防団の建物の姿も痛々しく、壁には地震が発生した午後2時46分を指したまま止まっている時計が掛かっている。 続きを読む

沈みゆく立憲民主党――見放された野党第一党

ライター
松田 明

下げ止まった内閣支持率

 野党第一党である立憲民主党が、危機的状況にある。
 安倍首相が緊急事態宣言の全国への拡大と、一律10万円給付を発表したことを受け、4月18~19日、朝日新聞と毎日新聞がそれぞれ世論調査を実施した。
 内閣への支持と不支持は、朝日新聞が

支持する  41%(41)
支持しない 41%(38)
(「朝日新聞世論調査」) ※カッコ内は前月

毎日新聞が、

支持する  41%(43)
支持しない 42%(38)
(「毎日新聞世論調査」) ※カッコ内は前月

で、支持率が下げ止まり、支持と不支持が拮抗するかたちとなった。所得制限を設けず一律の現金給付にしたことが、やはり国民の理解を得たようだ。 続きを読む

「忘れない」の誓い、今こそ――東日本大震災から9年 被災地の今を歩く(上)

フリーライター
峠 淳次

 かつて仮設のプレハブ住宅が立ち並んでいた宮城県石巻市の「追波川(おっぱがわ)河川運動公園」。ようやく仮設暮らしに別れを告げ、今は隣接する災害公営住宅(復興住宅)に暮らすお年寄りが寂しげにつぶやく。「何だか忘れられ、置き去りにされていくようでね。それが、一番つらく悲しい」――。東日本大震災から9年が過ぎた東北三陸沿岸の街々。道路や堤防などハード面の復興が進み、新しい街の形が姿を現しつつある中、「災後」を生きる人々は何を思い、どう暮らしているのだろうか。光と影が交錯する被災地の今を歩いた。 続きを読む

新型コロナウイルス特集⑥――一律10万円の現金給付へ

ライター
松田 明

「緊急事態宣言」全国へ

 4月16日の夕刻、安倍首相はこれまで7都府県に発令していた「緊急事態宣言」の対象地域を、5月6日まで全国に拡大する旨を発表した。
 現時点で日本における新型コロナウイルスの死亡者数は低く推移してはいるが、まだ感染拡大の初期にあるというのが多くの専門家の認識だ。
 前日の15日、厚生労働省のクラスター対策班からは、かなり衝撃的な数字が発表された。

 新型コロナウイルスの感染防止策を何も行わなかった場合、流行が終わるまでに国内で約85万人が重篤な状態となり、半数の約42万人が死亡するとの推計を、厚生労働省のクラスター対策班が15日、明らかにした。政府は外出自粛要請などの対策を既に取っており、実際にこれだけの死者が出るとは考えにくいが、警鐘を鳴らす狙いがある。(「共同通信」4月15日)

 4月末からの大型連休を前に、「緊急事態宣言」が発令されている地域と発令されていない地域があることは、かえって人々の安易な移動を促し、地方への感染拡大に拍車をかけかねない。 続きを読む