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人口減少社会という希望

千葉大学教授
広井良典

すでに始まった人口減少社会をどう捉えていけばよいのか。日本の未来に向けての新たな視点を語る。

本当の豊かさへの転機

 日本の人口は江戸時代後半、3000万人強でフラットな推移をしていました。それが明治以降、急激に人口が増加し、急勾配のまま伸び続けていきました。そして2004年に1億2784万人に達し、そのピークを迎えます。
 それが2005年からは一転して人口が減少し、急な下り坂になります。今の出生率のままでいくと2050年には1億人を切り、ジェットコースターが落ちていくかのような下降線をたどっていきます。今はまるでジェットコースターが落ちる寸前の状態です。

日本の総人口の長期的トレンド (出所)総務省「国勢調査報告」、同「人口推計年報」、同「平成12年及び17年国勢調査結果による補間補正人口」、国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成18年12月推計)」、国土庁「日本列島における人口分布の長期時系列分析」(1974年)をもとに、国土交通省国土計画局作成

日本の総人口の長期的トレンド
(出所)総務省「国勢調査報告」、同「人口推計年報」、同「平成12年及び17年国勢調査結果による補間補正人口」、国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成18年12月推計)」、国土庁「日本列島における人口分布の長期時系列分析」(1974年)をもとに、国土交通省国土計画局作成

 人口減少社会と聞くと衰退していくようなマイナスのイメージが一般的ですが、私はもう少しプラスに捉えてみることが重要だと考えています。たしかに人口減少社会は、大変な課題を含んでいますが、少し見方を変えると違った様相が見えてきます。
 それは明治維新以降、日本がいかに無理に無理を重ねてきたかという点です。欧米の軍事力を前に頭を殴られたような衝撃を受け、そこから富国強兵に全精力を注ぎながら拡大・成長の道を歩んできました。それは、一定の豊かさをもたらした半面、相当な無理を重ねてきた結果の〝疲労〟がたまって限界に達し、自殺者が3万人近くにのぼる状況や、過労死の問題などさまざまな社会問題として表れてきたのです。
 その意味では人口減少社会への移行は、これまでの無理を重ねてきた方向からの転換のときであり、本当の豊かさを実現していく入り口であるといえるのではないでしょうか。
 とはいえ、人口が減り続けていくことは望ましいことではありません。少子化対策や出生率の増加を考えていくことは必要です。そこで大事なことは「このままでは国力が下がっていく」あるいは「経済成長にとってマイナスになる」といった拡大・成長路線の発想ではなく、肩の力を抜いて、歩くスピードを緩めながら、本当の意味の豊かさを追求する発想に切り替えることが重要です。出生率がもっとも低いのが東京都、逆にもっとも高いのが沖縄県であることにもそれは示されています。

人生前半の社会保障の充実を

 人口減少社会の1つの課題として「分配」の問題があります。安倍政権が進めるアベノミクスにはプラスの面があることは認めますが、注意しなければいけない点もあります。それは、「経済成長がすべての問題を解決してくれる」という発想です。
 この発想は、トリクルダウン理論と呼ばれる「富める者が富めば、貧しい者にも自然に富が浸透(トリクルダウン)する」という考えに基づいています。高所得者層や大企業が初めに恩恵を受け、やがてその恩恵が中所得者層以下にも行き渡り、全体が豊かになるという考えです。
 しかし、これまでの歴史を振り返って見ると、実際にはそうなってこなかったという事実があります。経済格差を示す指標であるジニ係数は、1980年代以降、一貫して増えています。最近では小泉改革で市場政策を重視した時期にジニ係数が特に増え、格差が広がりました。
 つまり経済成長が問題を解決するのではなく、「分配」の問題に対処しなければ格差は増え続けるということがわかります。加えて経済成長に過度の期待を寄せることは大きなリスクがあり、結果的に、1000兆円にのぼる国の借金を将来世代に先送りすることにもなりかねないのです。
 そして「分配」の問題を論じるときに特に重要な視点として「人生前半の社会保障」があります。拡大・成長の時代は、退職後の高齢者に生活上のリスクが集中していました。そのため今の日本の社会保障は全体の7割が高齢者向けなのです。
 しかし、今は10代後半から30代前半の若い世代が、いちばん失業率が高い状況にあります。にもかかわらず日本では、この人生前半の世代への生活保障は不足しています。福祉政党である公明党には、教育の平等を含め積極的にこの部分の社会保障を押し出していってほしいと期待しています。

ローカル人材が日本を救う

 人口減少のテーマはローカル化とも結びつきます。今はグローバル化対応やグローバル人材ということが活発に論じられていますが、これからはむしろグローバル化とは逆のローカライゼーション(地域化)が基調になっていくと考えます。
 なぜなら子どもや高齢者という地域との関わりが強い層の人口は、これまでの50年間は減り続けてきましたが、今後はこの〝地域密着人口〟が増え続けていく時代になります。日本の中で、いや応なく地域との関わりが強い人々が一貫して増えてくることになるのです。だからこそローカルの視点が重要になってきます。
 また、一方では若い世代の地元志向が強まっていることを感じます。たとえば、海外に留学していたが、地元の活性化に関わりたいと、留学期間を半年に短縮して帰国した学生が先日いました。この学生のように、グローバルな視点を持っていた学生がローカル、地域への関心を強く持つようになってきている傾向があります。
「最近の若者は内向きだ」といった批判がありますが、これほど的外れな意見はありません。これからの日本を救っていくためには、例にあげたようなローカル志向の若者こそが、地域の疲弊や空洞化といった問題を解決していく原動力になるのです。最終的な経済システムのあり方としては「ローカルから出発し、地域でヒト・モノ・カネが循環していく社会」を構想し実現していくべきだと考えています。
 そのときに大事なことは、やはり政策的な支援です。地方や農村部では現実として若者が生活していくにはまだまだ困難な状況があるのは事実です。そこはローカル志向の若い世代を経済的に支援する施策が必要になってきます。

精神的なよりどころと地球倫理

 人口減少社会に向かうにあたり、別の課題として「精神的なよりどころの喪失」があげられます。今の日本には雇用の不安定、老後の不安、そして経済や生活のうえで不安を抱える人が多くいます。そうしたことに加え、もっと深い次元での精神的なよりどころ、あるいは土台が失われていることによる不安があると思います。
 江戸時代までの日本には「神仏儒」といった伝統的価値がバランスをとりながら存在していました。それが明治維新以降「国家神道」という突貫工事でつくられた精神的な柱を軸に、富国強兵へと突き進んでいきました。
 そして第2次大戦を終えて国家神道が否定され、その後は拡大・成長路線のもと「経済成長」が人々の唯一の価値のような存在になっていったのです。
 1990年代前後からは、その経済成長も維持できなくなり、その結果、経済成長に代わる価値や土台が見いだせないまま、途方に暮れているというのが現在の日本社会あるいは日本人の姿だと思います。
 そのような時代だからこそ、人々の精神的な基盤、あるいは広い意味での宗教が果たす役割は、非常に大きいといえます。こうした意味では、創価学会が発足以来、展開してきた民衆運動の社会的役割は新たな意義を持つようになっていると思います。
 そのうえで、私はさらにこれからの日本における価値原理として「神仏儒(伝統的な価値)プラス個人(近代的な価値)プラスα(アルファ)」が軸になると考えます。そしてこの「プラスα」を「地球倫理」と位置づけてみました。
「地球倫理」の考えは、仏教、キリスト教などの複数の普遍宗教の根底にある価値、つまり根源的な自然信仰を重視することです。しかし、それによって地球を1つの方向に均質化していくものではありません。むしろ地球上のそれぞれの普遍宗教、そして各地域が持つ風土的な多様性や固有の価値を積極的に評価していくものです。
 人口減少社会に向かっていく今、これまでの拡大・成長の時代が、自然やコミュニティー、精神的な基盤などから〝離陸〟していった時代であったのに対し、これからの時代は、そうしたものをもう一度再発見し、つながりを回復していく〝着陸の時代〟になると思っています。

<月刊誌『第三文明』2013年10月号より転載>

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『人口減少社会という希望  コミュニティ経済の生成と地球倫理』
広井良典
 
 
価格 1,512円/朝日新聞出版/2013年4月10日発刊
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ひろい・よしのり●1961年、岡山県生まれ。千葉大学法経学部教授。東京大学教養学部卒業。マサチューセッツ工科大学(MIT)客員研究員(2001~02)。公共政策、科学哲学。社会保障、医療、環境、地域等に関する政策研究から、ケア、死生観等の主題をめぐる哲学的考察まで幅広い活動を行っている。著書に『日本の社会保障』(岩波新書)、『定常型社会』(岩波新書)、『コミュニティを問いなおす』(ちくま新書、大佛次郎論壇賞)など多数。近著に『人口減少社会という希望』(朝日選書)がある。