軽減税率導入の必要性と改正介護保険制度の問題点

淑徳大学教授
結城康博

消費増税には軽減税率の導入を

 2014年4月から消費税が8%となり、その後、2015年秋には10%に消費税が引き上げられる予定です。その際、軽減税率を導入するかどうかが問題となっています。
 財政学や経済学の視点からは、軽減税率導入という意見はほとんど聞かれません。軽減税率に否定的な理由として①非常に手間がかかる②消費税を10%に上げても軽減税率を導入しては税収が減ってしまう③軽減税率は一部の富裕層を優遇する結果となる――との点が指摘されています。また、低所得者対策として、消費税が10%に上がった場合、現金支給の「簡易な給付」という意見があります。
 しかし、大事なのは、生活者の視点から消費税の性格を考えることなのです。低所得者対策として、軽減税率導入が不可欠であると考えます。
 手間がかかるという問題ですが、税の歴史を振り返れば解決することです。以前、物品税が存在しました。すでに日本でも物品ごとの税率設定を経験しているのです。軽減税率による事務処理も、物品税を経験しているわが国において、そう難しいものではありません。軽減税率の対象と考えられる米、味噌など主食をはじめとする10品目程度でなら、インボイス方式(※1)ではなく、現行の帳簿方式(※2)のままでも可能なはずです。
 また、税収が減るとの批判に対しては、逆に、軽減税率を導入しないことで全体的な消費が縮小し経済が行き詰まってしまい、結果、税収が減る可能性もあるのです。
 そして、富裕層優遇というのも的外れです。こうした層はもともと多く消費し、税を多く負担しているので、優遇とはいえません。
 最後に「簡易な給付」については、給付があったとしても貯蓄にまわし、消費を手控えたり、高齢者は無理をして孫への玩具を購入したりするかもしれません。給付の前提となる申請をせず、結果的に給付されない高齢者や老老夫妻世帯もかなりの数で考えられます。
 したがって、まずは低所得者を優先した施策を講ずべきであり、軽減税率の導入は絶対に必要と考えています。

※1 インボイス方式:課税事業者が発行するインボイス(納品書)に記載された税額のみを控除することができる方式。

※2 帳簿方式:製造元・卸売・小売と商品が流通する間の二重課税回避のため、仕入れにかかる税額を事業者の帳簿上の記録をもとに控除する方式。

福祉政策の視点から考えたい

 福祉政策の視点から今後のわが国を考えたとき、さらに消費税を上げざるを得ません。消費税10%段階で軽減税率を導入しておかないと、今後の増税時に消費税への信頼性も失われることになるでしょう。
 今後は、消費税だけではなく、社会保障全体の負担増、サービスカットも余儀なくされると思います。そうしたことで国民からの不満が噴出するはずです。まずは、生活に必要不可欠な日用品の一定品目については消費税を低く設定してあるというのは、税体系の公平性を図るメッセージとして、きわめて有効になるはずです。
 消費税増税は福祉を充実させるための施策ですので、福祉のための軽減税率という視点を忘れてはなりません。財政学、経済学的な論議に終始することなく、福祉の観点から考えるべきだと思います。
 福祉の党を標榜する公明党は、軽減税率の導入を強く主張しておられますが、与党の立場から、ぜひとも軽減税率導入を実現してもらいたいと強く願っています。国民生活重視の視点で活動され、庶民の声を政策に反映してくれる政党として大きな期待を寄せています。

改正介護保険制度の問題点

 介護保険制度が開始して14年が経過しようとしています。2015年4月から、2度目となる大改正が予定されています。
 ここでは、「要支援」といった軽度者へのサービスシステム(予防給付)の見直しとして、従来の通所系・訪問系サービスが給付という制度本体部分のサービスではなく、市町村が主体となる「介護予防・生活支援サービス(地域支援事業)」に移行される見通しです。
 改正後の1~2年は極端なサービス削減は見られないかもしれませんが、その後、高齢者の増加や財政的に厳しい市町村においてはサービスの削減や、現行の自己負担額1割が、理論上は市町村の裁量で2割負担も可能ということになります。
 つまり、地域による格差は拡大し、年金給付が少ない軽度の高齢者は、自己負担額が増大することでサービスを手控える事態となるかもしれません。
 このことは、社会経済的に大きなマイナスとなります。現在は、「要支援」の高齢者介護をしなければならない現役世代は、現在のサービスを活用して仕事と介護の両立をなんとか図ることができていても、サービス利用を抑制した結果、より重度な支援を必要とする高齢者が急増するおそれもあります。その結果として、現役世代で社会で活躍中の女性が「介護離職」を迫られる事態となりかねません。
 財政効率を第一義に考えた施策は、長い目で見たとき、現役世代の介護負担を大きくさせることにつながってしまうのです。社会保障に占める高齢者施策が現行水準以上に拡充し、コストを要したとしても、間接的には現役世代や若年層にも大きな「シャドーベネフィット(隠れた利益)」となることを見逃してはなりません。これは、経済学や財政学的な数値では明らかにされない利益です。
 老人福祉を「現役世代VS.高齢者」という対立構造でとらえることは大きな誤りといわざるを得ません。
 福祉を充実させることは、労働政策上において有益であるのみならず、マクロ経済的にも、日本全体において大きなプラスとなるものなのです。

<月刊誌『第三文明』2014年2月号より転載>


ゆうき・やすひろ●1969年生まれ。淑徳大学社会福祉学部卒業。法政大学大学院修了(経済学修士、政治学博士)。1994~2006年、東京都北区、新宿区に勤務し、介護職、ケアマネージャー、地域包括支援センター職員として介護系の仕事に従事。13年から淑徳大学総合福祉学部教授(社会保障論、社会福祉学)。著書に『介護―現場からの検証』(岩波新書)、『日本の介護システム』(岩波書店)、『介護入門』(ちくま新書)、『介護と看取り』(毎日新聞社)などがある。